第40話 舞台裏のカーニバル(前編)
前回のあらすじ:邪悪なストーカーたちの狙いはイベント会場のスクリーンにミナミティの処刑を生放送で流す事!そして、その先に待っているのは、映像を見て興奮したストーカーたちによる未曽有の大暴動……彼女たちに為すすべはないのか?この悪夢を止められる者は誰もいないのか?絶望の中、ついにスクリーンに映像が映し出される……
※この回分かりにくいですが段落切り替えごとに、イベント会場→ミナミティサイド→イベント会場→プロデューサーサイド→イベント会場→……と視点が目まぐるしく変わっていきます。
黒い画面に白い文字が浮かび上がる。
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────あなたにとってアイドルとは?
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『…………星座かな』
スクリーンには赤々しいジャケットに緑のサングラス、白いニット帽という派手ないでたちの男が映し出される。
男はソファに深ぶかと座った体勢で遠くを見ながらインタビュー?に答えているようであった。
『夜空に浮かぶ小さな星…………ひとつひとつはちっぽけかもしれないけど、それらが”グループの絆”という線で結ばれると、とても尊くて美しい……掛けがえなのない姿が見えてくるんだ』
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────何故アイドルを好きになったのか?
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『僕は生まれながらの天文学者だから……彼女たちの輝きを観測するのが僕の使命なんだ…………そして、彼女たちを観測している内に、いつしか気づいたんだ。宇宙を彩る星々と地上の人々との距離がもっと近かった太古の時代……僕の魂と彼女たちはとても近いところにあったんだとね』
完全に悦に入ったツウゴのインタビュー?動画が、4万人の観客の眼前に映し出されていた。困惑する観客たちをよそに壮大なクラシックBGMと共に教育テレビの特集番組のようなタイトルが画面に浮かび上がってくる。
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アイドル道 吉本通吾~白狼の聖騎士と前世の宿命~
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「おい!! 何だこれは!! 止めろ!!」
「ダメです!! 画面が消せません!!」
イベントスタッフたちが慌てふためく中、画面にはツウゴの密着取材風動画が流れ続ける。
観客たちはまだ一風変わったイベントの演出だと思っているようであるが、いきなり段取りと違う動画が本番中に流れるなど、企画者側としては心臓が潰れるような思いであろう。
しかし、彼らよりもさらにこの事態に驚愕している者が会場にはいた……
*
「今のって……」
「ツウゴさん……だよね?」
空調機室で拘束されているミナミティのメンバーは本郷の用意したモニターで会場の様子を見ていた。本郷の説明の通りであれば彼女たちがいるこの空調機室がスクリーンに映し出されるはずであった。しかし、実際に投影されたのはツウゴのNHK取材番組風自分語り動画……彼女たちにしてみても困惑の極みであったが、彼女たちよりも本郷の動揺ぶりは凄まじいものがあった。
「な、何だ……こりゃあ?? 何故カメラの映像が映らない?? そもそも、何だあのふざけたムービーは?? 手廻のヤロウは何をやってるんだ!?」
慌てふためく本郷がどこかに電話を掛けようとした時、空調機室の扉が開かれた。
そこに立っていたのは……
「ふうっ、間に合ったか……もしもの為にとあの映像を作っておいて良かった……」
扉の前に立っていたのはツウゴであった。手にはノートPCを持っていて、何やらコマンドを入力しているようである。
「ツウゴさん!!」
ハルヒが叫ぶ。現れた男は白馬の王子様からはほど遠いものの、今の彼女たちからすればこの聖騎士の参戦にはそれ以上の価値があった。
「話はあのエセマネージャーから聞いてるよ」
ツウゴはそう言うと本郷と対峙し、彼をギロリとにらみつけた。
「また邪魔か……さっきのフザけた映像はお前の仕業か?」
「ああ、そうさ」
ツウゴはノートPCをパタンと閉じる。その瞬間、会場で流れていた映像も途絶えたようであった。
「君らの細工……NGだ。さっき君はスタッフがハッキングされるなんて夢にも思ってないと言っていたね? だからハッキングは簡単だと……だが、そのセリフ、そのまま君らに返そう」
「何……?」
ツウゴは何故か本郷がミナミティに説明していた内容を把握しており、その犯行手段について言及した。
「ハッキングする側は常に自分たちもハッキングされる事も危惧しなければならない。警戒さえされていなければ君らの暗号化通信なんて、すぐにハックして設定を書き換えられる。そうすれば端末のコントロールを奪取するなど5分もかからない訳さ」
「すごい! ツウゴさんて一体何者なの!? もしかして凄い人なんじゃ……?」
「でも、だからって映像を自作のムービーに差し替える必要はあったんスか?」
「いや、たぶん、アレは自分が流したかっただけでしょ……」
ツウゴのハッカー技術には本郷ばかりか、ミナミティのメンバーも驚いた。一体この男何者なのか?しかし、今はそんな事はどうでもいい。重要な事は本郷たちの計画を土壇場で狂わせたという事。
そして、淀んだ場の空気を──有り得ない事を有り得ない事でひっくり返すカオスさによって──完全にミナミティの空気に塗り替えた事である。
*
一方会場では予期せぬムービーが終わった事で、一時の混乱も収束に向かっていた。
『えー、すいません。予定していたものとは違う映像が流れてしまいました。大会運営を代表して不手際を深くお詫びいたします……』
まさか外部からのハッキング攻撃を受けたなどとはこの場で発表する事も出来ず、MCがなんとか場を取り繕ってイベントを段取り通りの流れに戻していた。
『……えー、では、気を取り直して!! いよいよ……そう、いよいよ!! いよいよ、アイドル入場の時間です!! 今日集まったのは日本のアイドルシーンを支える超豪華16組ィ!! 日本を、アジアを、いや世界を代表するトップアイドルたちが今年もセカンド・ノアに集まってくれましたァ!!』
そして、一度落ちてしまった会場のテンションを再び煽って点火させる。彼らイベントスタッフもまたプロフェッショナルなのである。
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
MCのマイクに呼応して、観客のボルテージは一気に高まる。
そして、会場に集結しているストーカー達も先ほどの素っ頓狂なムービーで気が抜けてしまったのか、暴動など起こりそうな気配は微塵もなかった。
*
「な、何なんですかこれは一体……」
アキのいるスタッフルームDでも、手廻が予期せぬ事態に動揺を隠せないでいた。
(さっきの画面に映っていたのはツウゴさん……どういう事かはわからないけど……彼が動いてミナミティのために何かをしてくれたって事ね?)
アキもまた予期せぬ出来事に困惑していた一人であったが、なんらかの事情で手廻たちの計画が狂った事を察知。相手の思う通りに事が運んでいないのなら、つけいるスキも出てくるだろうと考え、倒れているミカに目配せした。
(ミカが動けるようになったら、こちらからも反撃の可能性は十分にある………………それに……それに、この気配。ようやく、来たようね…………)
「ここまで不測の事態が続くとは……仕方ありません。さらなるサブプランに移行を…」
「そうはさせないぜ!」
スタッフルームの入り口に……逆光を背負い、ついにあの男が姿を現した。
「ハア、ハア! しかし、スタッフルームってないっぱいあるんだな! 探すのに時間がかかっちまったぜ……だけど……」
男は息を切らしながら文句を述べた。それを見てアキは安堵の表情を浮かべる。
「……何とか間に合ったようだな」
「これで最後のカードが揃った!」
アキが見つめるその先──現れたのはもちろんカジである。
そして、カジの登場と同時に窓から見えるのイベント会場からは大きな歓声が鳴り響いた。
いよいよアイドルの入場が始まったのであるが、彼らの歓声はまるでカジの登場に対して向けられている様であった。
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『さあ、ついにこの時を迎えました!! いざ、刮目せよ!! 世界よ……これがアイドルだ!! これがセカンド・ノアだ!! ………………全 ア イ ド ル 入 場 で す !!!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『トップバッターはこのグループだァ!! 各都道府県の美しい景観をモチーフに組まれたコンセプトアイドル!! 達人・康崎明日志プロデュース"叡景美47"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『続きましてェ……かつて一世を風靡したあのアイドルたちがこのセカンド・ノアに戻ってきた!! 古豪復活!! 名門ハリプロより"3代目・モーニング倶楽部"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『さあ、どんどん行きますよォ!! 3組目はアメリカ帰りのこのコたち!! ブロードウェイで極めた最高峰のダンス!! 帰ってきた舞神・"キッキー・キャッツ"!!』
*
「ふーん、意外と遅かったじゃん」
「すんませんね。何しろランエボとカーチェイスやってたもんでして……」
カジはアキと軽口を叩き合うと鋭い視線を手廻に向けた。手廻もまたカジに視線を合わせると、嘆息してカジに疑問を投げかけた。
「空手使いのマネージャー……何故ここが分かったんです?」
「へへ……何、聞かせてもらっていたのさ。ベラベラとよく喋るおたくのクライアントの話をね……」
*
『4組目はこいつらだァ!! アイドルは楽器ができて当たり前!! 真のロックをしらしめたい!! アイドルメタルバンド"女神デス・メタリ香"だァ!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『5組目ェ!! アニメを制するものが世界を制する!! ジャパニメーションの申し子たちがついにセカンド・ノアにやってきた!! 声優5人組ユニット"ソピア"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『6組目はこの11人!! 変幻自在のフォーメーションでアイドル界のバロンドールを頂きだ!! サッカーアイドル"ラブゴラッソ・イレブン"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『7組目!! 歌劇団で培った本物のエンターテイメント!! 生で拝んで驚きやがれ!! 本場大阪から"宝柄べるさいゆ"!!』
*
「貴様、何故ここが分かった?」
ハルヒたちとツウゴのいる空調機室でも、手廻と同じく本郷が当然の疑問を口にしていた。
すると、ツウゴは返答の代わりに小型音楽プレイヤーのようなハンドサイズの機器をジャケットの内ポケットから取りだす。そして、音量のつまみを最大にしてそこから聞こえる音を本郷たちに聞かせてやった。
「なっ、まさか……!?』
本郷の声がツウゴの手にする機械からも聞こえてくる。
『……盗聴!?」
そう、ツウゴの手にした機器は盗聴受信機──彼は本郷の声を盗聴し、かつ音源の位置を探る事で空調機室を特定したのである。
また、盗聴した内容はカジにも共有され、彼の発した不用意な一言……スタッフルームDに業者=協力者がいるという情報からカジはアキの元にたどり着けたのである。
「という事は……盗聴器はまさか……」
本郷はポケットから怪しげなお守りを取り出す。狼の刺繍と「舞台安全」の文字が書かれたそのお守りはツウゴがミナミティに渡そうとしていた贈り物であった。
「ふう、いやー、念のためね……あくまで念のため……念のために見守り用の盗聴器を贈り物に入れておいて良かった」
「「「 えええええーーーーー!!!?? 」」」
ミナミティのメンバーから驚愕の声が上がる。
なんとツウゴはミナミティを盗聴するために贈り物に盗聴器を仕込んでいたのだ。奇しくも握手会でヒロに贈り物をしようとしていたファンの男と同じ発想である。
「ツウゴさん……さすがにドン引きっすよ」
「ま……まあでも結果オーライというか……ねえ?」
「ハハ……ストーカーVSストーカーか……エイリアンVSプレデターみたいな……もう、めちゃくちゃね」
本郷は善の人格の時にツウゴの贈り物を没収したことが仇となった。ストーカーを倒すために現れたのもまたストーカー。悪を打倒するのは正義ではなく、さらなる悪という訳である。
「なんだよ、これは……ダメじゃないか…………だって……だって、これじゃあまるで……」
本郷は次第に人格が不安定になっていく。本来の本郷隼人の性格が少しづつ表に出つつある様であった。
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『8組目!! 四つ子の姉妹がおりなすシンクロニシティ!! 世界で一つだけの四重奏!! 四つ子アイドル"四つ隅オール90°"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『9組目!! 欧州最強がアイドル最強の証だ!! まさかこいつらが来てくれるとは!! アイドル界の凱旋門馬!! イギリス"オルネーブル"が来てくれたァ!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『10組目は……デカアアアアアアイ!! 説明不要!! 平均身長183cm!! 超長身アイドル"アンドレ・ガールズ″!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『11組目!! 今も昔もギャルがもてるのは当たり前!! プロの接待見せてやる!! 全国の歓楽街より選り抜きのキャバ嬢軍団"夜蝶風月"」!!
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「そういう訳でお前らの計画は筒抜けだったって訳さ」
スタッフルームDでもカジが手廻に対してツウゴと同様の説明を行っていた。
「……ちっ」
ここまで飄々とした態度を貫いてきた手廻が初めて苛立ちの表情を見せた。
「お前、マガハシグループだろ? こんな大規模で何の得にもならない犯罪に協力する業者なんて他にいる訳ないもんな 」
「…………ふっ、ご存知でしたか」
「ああ、ちょっと因縁があってな」
カジは過去のとある事件から彼らの特性を理解していた。マガハシが絡んでいる事件を根底から止めるには彼らを叩くしかない。
その予測から本郷よりもこちらが難敵と見て、ミナミティを(本当に不本意ながら)ツウゴに任せたのであるが、結果として彼の推理は大正解であった。
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『12組目!! 今や韓国のアイドルは世界のアイドルだ!! 韓国数千年?の歴史が今ベールを脱ぐ!! 超A級韓流アイドル"チャンセム"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『13組目!! 団塊の世代人気ナンバーワン!! 鮮烈&至高のノスタルジー!! 昭和歌謡アイドル"電気ブラン"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『14組目!! 歌って踊りたいからここまで来た!! キャリア一切不明!! 孤高のワンマンアーミー"高橋なべ実"!!』
「「「「「 オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!! 」」」」」
『そして、ラストを飾るのは……待ってました、我らがチャンピオン!! 女王たちは、今年は何を魅せてくれるのか!? MVP筆頭候補にして日本アイドル界のクイーン・オブ・クイーン!! 前大会覇者"アメーテルス″だァ!!』
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「これじゃあ、まるでお前がヒーローみたいじゃないか!!!」
本郷が吠えると懐に荒々しく手を突っ込んだ。
「あ、ツウゴさん! 気をつけて! こいつ、拳銃を持ってる!」
ハルヒが叫んだが、時既に遅し。
本郷は拳銃を抜き、ツウゴに照準を定めていた。
「お前はここで死ね!!」
「ふっ、やっぱりお前NGだ!!」
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『…………どーやら、1グループは到着が遅れている様ですが……到着次第、皆様にご紹介致します!!』
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空調機室にて暴力の機運が高まる中、アキたちのいるスタッフルームでもまた戦いの兆しが見えていた。
「どうせ、おたくらの事だ。次の手もまだあるんだろ?」
「……」
実際、この状況にあっても手廻にはまだサブプランの用意があった。ならば、その実行権を握る手廻を取りにいくのが最善の策。奇しくもその戦略はアキの考えと同じであったが、先ほどの状況との違いはそれが可能な戦力が今は揃っているという事である。
「はあッ、はあッ……お嬢様、私も行けます!」
倒れていたミカが立ち上がり戦意を示すと、手廻は挟撃される形となり、流石に形勢不利を悟ったようであった。
「なるほど、今度はそちらの手番という訳だ」
先ほどのアキとは立場が完全に逆転したのである。今度は彼の方が目の前の暴力への対抗策を考える番であった。
「仕方ありませんか……まさか、これは使う事になるとはね……」
そう呟くと手廻は、マガハシ三凶のロゴマークが入ったピルケースからカプセル錠を取り出した。
そのカプセル錠こそ彼の最後の切り札であった。
これでカードは全て場に出揃った。
策謀と心理戦の時は終わり、ここからは純粋な絵柄比べ……
開いたカードは天国か地獄か。
審判と時はすぐそこまで来ていた。




