第39話 開演
前回のあらすじ:ストーカー事件の種明かしを聞いたミナミティ一同。やつらの狙いは会場のアイドルすべて。もはやストーキングの域を超えた邪悪なテロリズムを彼女たちは阻止できるのか……
「さあ説明は終わりです! あなたには最後まで事件を見届けて貰うというシナリオもあったんですが……どうやら、あなたは生かしておくには危険過ぎるようだ!」
手廻は懐から拳銃を抜いて構える。
その時……
「……がっ!? 何!?」
突如として飛んできたパチンコ玉が手廻の右手に当たり拳銃がはじかれる。
「お嬢様に手出しはさせません!」
扉の陰から現れたのは長身とポニーテールに黒いライダースーツというスタイリッシュな姿の女性────山手米洲女学院の卒業式で号泣していたあの若い女性である。
彼女がパチンコ玉を飛ばし、手廻の発砲を阻止したようであった。
「これはまた驚きました……ミナミティには"忍者"がついていましたか」
忍者……ことさらに説明するまでもない。忍者である。
読者の皆様が驚くのも無理は無い。
この世界は忍者がいる世界だったのか……
しかし、忍者というのは今の世にも存在している。要人警護や国の諜報員、果てはハッカーやヒットマンとして。彼らは今も社会の裏側で人知れず暗躍している。そして、これは社会の上流や裏社会では当たり前に知られている事なのだ──
という内容のコンビニの隅で売られているような怪しい本を読んだことがあるだろうか?要はそういう世界観である。
アキは忍者のミカと契約しており、今まで彼女のサポートによりミナミティは数々のピンチを脱してきた。たとえば新藤がラミレプラザを襲撃した時、彼のスペツナズナイフをパチンコ玉ではじいたのは彼女である。また、アキが新藤の家や毛石の素性を調査したときも彼女が裏で暗躍していたのであった。
「あの強面マネージャーの他こんな隠し玉があったとは……あなたの不思議な力と空手使いのマネージャー、そしてこの”くノ一”…………たかがアマチュアのアイドルに三段構えのガードとは恐れ入りました」
この用意周到さこそアキの真骨頂である。さまざまな局面を想定して手札を増やし、必要に応じて場に札を切る。その能力こそ、アイドル活動という複雑なゲームをコントロールする「プロデューサー」としての真価と言えた。
しかし、アキはこれで全てのカードを出しきった。あとは出したカードで勝負するしか手はない。一方、本郷・手廻陣営の手の内はまだ不明な部分が多い。アキもギリギリの判断であるが、果たして相手の伏せられたカードは凶か吉……
「ミカ! こいつ、とっちめて!」
「了解です!」
ミカと呼ばれたくノ一は、手廻に一気に駆け寄る。
手廻を倒し、ミナミティの場所を吐かせる……そして、恐らくは会場のストーカーたちに暴動を起こさせるため準備されているであろう仕掛けを止めること。
ここで、アキが選択すべき行動はもうそれしかない。
しかし……
「くくく、舐められたもんです!」
手廻は迫るミカに対して中腰に構えると、腕をつかもうとしたミカの武術をステップでかわし、右正拳を繰り出した!
「かはっ!」
みぞおちに正拳が命中し、ミカがよろめく。
「私が素手では荒事に対応できないとお思いか?」
「くっ!」
ミカは間合いを離し指弾(パチンコ玉を指で弾く技)で応戦するも、手廻は目にも留まらぬ手捌きでその全てを打ち落とす。そして、手廻は一気に間合いを詰めて左ハイキックを放つと、ミカを2メートルはフッ飛ばし、スタッフルームの壁に叩きつけた。
「私は極彩館空手の緑帯です! 正面からの戦闘ならば野良のくノ一を倒すなど造作もないこと!」
(……ダメなの!? 今のカードだけじゃコイツを倒せない……でもそれじゃあ、どうすれば…………ハッ!?)
手廻がミカを倒した勢いのままアキに迫り、彼女の首を鷲づかみにして締め上げた。
「ぐっ……!」
もはやカードを用意する時間も戦略・戦術を考える猶予もない。
目の前の暴力にこの場で対応できなければそれでジ・エンド。
「くっくっく、これで詰みですね……」
「おっ……お嬢様……!」
倒されて地に伏したミカが叫ぶも、立ち上がることすらできない。
「さて、ではご退場していただこうか……」
その時、イベント会場から大きな歓声が沸いた。
「おや? モタモタしていたら、もう時間か……」
どうやらセカンド・ノアのイベント開始時刻になったらしく、ステージではライトやプロジェクション・マッピングによる演出が始まっていた。
「あなたを先に始末しておきたかったが仕方がない。このタイミングは逃せませんからね」
そう言うと手廻はアキをミカが倒れている方へ払うように投げつけた。
「かはっ……はあー、はあー……」
アキはミカと同じく地に伏せながら息を整える。九死に一生を得たものの、依然状況は変わらず、わずかな猶予が出来ただけであった。
「くっくっく、そこを動かないで下さいよォ」
手廻はスタッフルームの機器を何やら操作しているようであった。
「準備ができました。では、一緒に見物しましょうか…………終末の始まりをね」
*
一方、空調機室でも本郷ことレイガン・ジョーカーが計画の最終段階を実行すべく準備を行っていた。
「ちょっと……何やってるの?」
彼は拘束していたミナミティのメンバーの前にカメラをセットしていた。また、モニターも用意しており、その画面にはイベント会場の様子が映し出されていた。
「会場のスクリーンの映像受信装置に仕込みがある……遠隔でこのカメラから動画を投影できるのさ」
本郷は淡々と自身の行っている作業について説明した。
「仕込みにはなかなか手間がかかったみたいだが、仕込みさえ出来てしまえばあとは簡単だ。イベントスタッフは映像機器がハッキングされることなど夢にも思っていない……私の協力者がいるスタッフルームDの端末を経由してイベントで使っている端末のコントロールを……ふふふ、まあ細かい話はいいか」
「ここのカメラを映して……どうするの? あたしたちを強姦でもするつもり?」
ヒロは強い口調で 本郷に問い正す。
「いやいや、そんなみみっちい事はしないよ。会場のスクリーンに映し出されるのは、もっとショッキングな映像……つまり、君たちの処刑の生放送さ!」
「んな!?」
「こ、殺すって……本当にあたしたちを……こ、殺しちゃうんですか……?」
「そうだ。だが君たちを殺す事はあくまで過程。目的はもっと大きいのさ。まあ死んでしまう君たちに話しても仕方ないんだが、自分たちの死にどんな意味があるかわからぬまま死ぬのも気の毒だから教えてあげるよ」
モニターにはどこにそんなカメラが仕込んであるのか、観客席の何か所かが映し出される。そこには、虚ろな目やサイコな笑みを浮かべ、危険な雰囲気を漂わせる男たちが映っていた。
「この会場のいたるところに危険極まりないストーカーたちがウヨウヨいるのさ。彼らはそれぞれ武器を隠し持っているんだが……ああ、そうそう新藤や毛石の武器を手配したのは我々でね。彼らにも武器をそれぞれ支給してあるんだ」
「そんな……入場の持ち物チェックがあるのにそんな事、不可能よ……!」
「そうだそうだ! デタラメな事を言うな!」
ヒロとハルヒから当然の反論が飛ぶ。
「確かに、彼ら全員が武器を所持して会場に入るのは難しい……だから、中で渡しているのさ。やり方はこうだ。あらかじめ会場内部に武器を搬入しておき、配置した場所を彼らにそれぞれ教える」
一人一人が武器を持って検閲を突破するより、誰かが大量に武器を内部に持ち込み、それを無手で入場した他の人員に与える方がリスクは少ない。テロリストもしばしば採用する方法ではあるが、それを行うには人脈と資金力、そして工作を実行するための裏スキルが必要とされる。
「くっくっく、FPSの洋ゲーみたいだろ! それで、今手元に武器を隠し持っている彼らは既にかなりの興奮状態にある! それがスクリーンにアイドルが殺されるなんていう、サイコ~にヤバイ映像が流れたらどうなる? 他のストーカーがアイドルを殺している……そして、自分たちもそれが実行可能な状況にあると知ればどうする? 最後に残った自制心など吹っ飛ぶに決まっている!! 君らの死が点火スイッチとなりこの会場は殺意の炎に炙られた地獄の釜と化すのさッ!! あ~はっはっは!!」
もはや、本郷の狂気にミナミティのメンバーはことさら驚いたり、怒ったりするような反応は見せない。ただただ、三人が三様に絶望の表情を浮かべるだけであった。
「おっと、そろそろイベントが始まるな! スクリーンの映像が切り替わるのは観客全員がスクリーンに注目している時……つまり、オープニング演出用PVが始まるタイミングだ!」
もはや彼女たちに抵抗する術はない。彼女たちはこの男の……アイドル界に潜むストーカーたちの愉悦のため、生贄にされる運命なのか……
「さあ、いよいよだ……アイドルの処刑!! 最高のエンターテイメントの開演だあ!!」
会場ではライトが消えていき、歓声も静まると、舞台に設えられた巨大スクリーンに映像が映し出された。




