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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
39/45

第38話 正義のヒーロー

前回のあらすじ:ミナミティのストーカーは犯罪代行会社の㈱マガハシ三凶の提供でお送りしております。



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 ある町に正義感の強い少年がいた。


 彼は弱者が虐げられる事を嫌い、強者が悪を為すのを許せない性分だった。


 不正や不平等は例え相手が教師や上級生であっても良しとせず、友人が他校の不良に絡まれていた時には体を張ってかばったりもした。

 少年は殺人事件やテロ事件など凶悪犯罪のニュースを目にした時には身がはちきれるような憤りを覚えた。彼は人一倍強い感受性を持ち、他人の痛みに敏感だった。


「僕はいつかこの国にはびこる悪から人々を守る仕事をしたい」


 彼は常々周囲にそう語っていた。

 やや頑固で融通が利かない面はあったものの、彼の正義感は大人たちからも認められていき、友人たちからは多大な信頼を寄せられるようになっていった。


 そんなある日、彼は事件に遭遇する。


 高校からの帰り道、フェンスに阻まれた線路の向こうで一人の少女が歩いているのが見えた。彼女は少年のクラスメイトであり、彼が秘かに恋心を寄せている相手でもあった。少女はこちらに気付いていないようであったが、彼は悪いと思いつつも彼女の歩く姿に見とれてしまっていた。


 ふと彼女の行く先に浮浪者のような格好の巨漢が立っているのが見えた。ふいに嫌な予感がしたが、その予感は数秒をまたずに的中してしまう……少女がすれ違う瞬間に男が彼女に覆いかぶさったのだ。


 少年は動転し男に向かって叫んだ。


「やめろ! ○○さんを離すんだ!」


 男はその声に気付き、少年の方を見た。しかし、男は少年が線路の反対側にいることを認めると、

にやりと笑い彼女への暴行を再開した。


「この野郎! ○○さんを離せ! ぶっ殺すぞ!」


 少年は怒りにかられ、なおも叫ぶが男は意に介さない。

 少女も少年に気が付き声を上げる。


「××くん! 助けて!」


 少女は必死に少年に助けを求めた。しかし、少年はフェンスを隔てた線路の反対側にいる。折り悪く、周囲には少年以外の人影もない。警察を呼んでもすぐには来ないだろう。彼は今すぐにでも線路を渡って対岸に行きたかったが、線路の対岸に向かうには1キロ以上先の陸橋を渡る以外に手段はない。全力で走ったとしても現場につくには10分以上を擁するはずであった。


 しかし、彼は少女の悲痛な叫びを黙って聞き続けるのは耐えられなかった。


 少年は走った。


 走って走って走り抜けた。肺が張り裂けても構わないという勢いで。ただがむしゃらに、突っ走った。彼の体感では気が遠くなるほど長い10分間を全速力で走り続けた。


「たのむ! たのむ! 間に合ってくれ!」


 彼は人生で一度も祈った事のない何者かにありったけの祈りをこめた。


「正義は必ず実行される! 悪は……悪は必ず報いを受ける! そうだ……きっと間に合う! 間に合うはずだ! 正義は俺が執行するんだッ!」


 彼がたどり着いたとき少女は既に変わり果てた姿になっていた。髪は乱され、服はズタズタ。そして、背中にはナイフが突き立てられていた。男は既にその場から姿を消しており、少女は血だまりの中に突っ伏し動かなくなっていた。


「う、嘘だろ……なあ、こんなの嘘だと言ってくれよ



「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

少年は慟哭し、限界を超えて酷使した肉体はその場にくずれ落ちた。


「ちくしょう!ちくしょう!」


 非常な現実は彼に人生で経験したことのないほど激情を与えた。

 憎悪、憤怒、悔恨、絶望、悲嘆……そしてふつふつと湧きあがる……得も言えぬ快感……



────

─────────

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「クックック! その時本郷少年は誓ったのですよ! 自分は決して悪を許さない! 悪を倒し続けるヒーローになるのだとね! だが、彼が倒したい巨悪は目の前から消えてしまった! 倒すべき悪が無ければヒーローにはなれない! ならばどうする? 自分で作るしかないのですよ……倒すべき(ヴィラン)をね!」


「……」


「彼はその後、自分がヒーローになるため表では善良な警察官として勤め、裏では己が倒すべき悪を自作自演で産み出していった! 空き巣の手引き、詐欺師への情報漏洩、さらには麻薬の横流しにまで手を染めた! しかし、彼は満たされない……ヒーローはそんなものじゃないはずだから……ヒーローはもっと強い快感を得られるはず。そう思っていた時! 彼は見つけた! 何を!? そう君たちを!!」


 手廻(てまわし)はアキのお株を奪うような演説を披露して見せた。アキは不本意ながら彼の回りくどく、芝居がかったセリフで一連の事件の流れを理解していった。


「路上でライブする君たちの健気な姿に、本郷氏は心を打たれた! あの日守れなかった彼女の面影をミナミティに重ね、ミナミティこそ自分が悪から守るべきヒロインだと確信した! そう、ヒーローが真に守るべきはヒロイン! 悪に襲われるヒロインを救うのがヒーローの本領! いや! いや、いっそ…………救う事が出来ず悲しみに暮れる! あの時のように…………それが、悲劇のヒーロー! そう氏が理解した時、稀代の天才ストーカー本郷隼人は誕生したのです!」


「……」


アキが彼の話しに黙って耳を傾けていたのには2つ理由があった。一つは彼の話から本郷とミナミティの居場所のヒントを得るため。もう一つは、彼女自身が本郷の危険性を見抜けなかった事の理由を探るためであった。


(本郷の人格獣(アニマ)は重犯罪者のそれとは違っていた……意図的か無意識かは分からないけど、人格獣(アニマ)をカモフラージュする術を本郷は持っている。私の知らない未知の武器(カード)を持った敵……それなら、本郷と対峙する前に彼の情報は少しでも知っておかないとだ……!)


「そう、そして本郷氏は我々に依頼されたのです。偉大なストーカー事業を成功させるために、我々は最大限の提案(ソリューション)をいたしました……」



               *



「……そして、三人のストーカーを使役して、君たちを襲わせた。本当なら君たちがピンチになった時に、駆け付ける……いや、駆け付けられずに憤る。憤りたいのさ、ヒーローは…………それが、()()()()の望みだった」


 同時刻、幾重のダクトが入り組む地下空調機室。どうやって手に入れたのか、駐車場に隣接するこの部屋の鍵を所持していた本郷は銃を突きつけたまま、ミナミティを連れ込み拘束していた。そして、彼はこの室内で相棒の手廻(てまわし)と同じように、ミナミティのメンバーに事件の種明かしを行っていた。


「そんな……」

「流石に……ちょっと酷いっスよ、それ」


 ミナミティのメンバーはその狂気の計画に戦慄する。


「じゃあアタシらを殺す事がここに来た目的なんですか?」


 ヒロはこのような危機的状況にあっても、臆する事なく言葉を投げ掛ける。


「そうだ。だが、お前たちだけがターゲットじゃない。今回、()()が業者と練った計画はもっと壮大だ」


「なんなんスか、さっきから本郷本郷って!」

「まるで他人事みたいね……!」


己の計画をまるで自分と関係のないTVニュースの事件のように語る本郷の姿は異様であった。


「ん? ああ、すまない。名乗るのが遅れちまったな。俺はレイガン・ジョーカー。本郷のもう1つの人格だ」


「に、二重人格!? 善と悪の人格が二つに分離するって、漫画とか小説だとたくさんあるけど……」

「いやいやいや、流石にフカシでしょ!?」


ショーコとハルヒが驚くのも無理はない。だが、確かに彼の醸し出す邪悪な気配は普段の本郷とは全く違うものに見えた。


「俺は本郷の中の悪を司る人格……俺が活動している時は善の本郷の記憶はない。だから俺はやつが寝てる隙に、やつの“正義”を満たすために陰ながら尽力していたのさ」


 にわかには信じがたい事だが、実際異様な雰囲気の彼を目の前にすればその言葉の信憑性は高いようにも思えた。それに、そういう事であれば彼が今までアキの警戒網から逃れていた事にも納得がいく。


「なるほどね……きっと人格が変わると人格獣(アニマ)も変わるんだ。だから、アキにもこいつの危険性は見抜けなかった……!」



               *



「……さて、ここからが本題だ!」


 アキと手廻(てまわし)のいるスタッフルームDでも、種明かしは佳境に入っていた。


「もともとは新藤や毛石をけしかけてミナミティを襲わせる計画でしたが、あなたたちの思わぬ反抗のおかげで失敗に次ぐ失敗……これでは顧客満足は得られない。依頼は失敗だ。しかし、そこで終らないのが我が社の犯罪コンサルティング部……満足度V字回復プランを立案し、計画を更なるステージに昇華させる事に成功しました」


「それが……あの、観客席の危険人物たちだって言うの?」


「そうです。この計画のために金に糸目をつけず、工作を行いました。この地に集うトップアイドル……そのアイドルたちを撒き餌に集めた超ド級のストーカーたち……全員が毛石に勝るとも劣らない怪物たちです。一度彼らに火が付いたら会場がどうなるかは分かりますよね?」


 アキは彼らの計画の緻密さ、そして悪辣さに震撼した。


(なんとかしなきゃ……ミナミティも……他のアイドルやお客さんも! このままじゃコイツらに…)


「今年のセカンド・ノアはトップアイドルたちの祭典ではありません! この国の闇から這い(いで)し、邪悪なるストーカー達の饗宴なのです!」



(殺されてしまう!!)


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