第37話 ソリスター・クライム
前回のあらすじ:一連のストーカー事件の黒幕は警官の本郷だった!
「こんなところで何をしてるんですか? お巡りさん」
かながわスーパーアリーナの臨時用搬入ゲート。一面コンクリートのうす暗い駐車スペースに男が一人立っていた。ヒロは男に背後から尋ねる。
「…………何って?」
本郷は振り返らずに静かに答えた。何やら機材のような物を手にしているように見える。
「ここは関係者以外立ち入り禁止のはずですが」
「いやあ、道に迷ってしまってね」
「…………何で知っていたんですか?」
「え?」
「私たちが電気屋でストーカーに襲われたって事……誰にも言ってないはずなんですけど。何でお巡りさんが知っていたんですか?」
「…………そ、それは……」
「何を持ってるんですか? こっちに振り返ってもらってもいいですか?」
ヒロが近づこうと一歩前に出た瞬間、本郷はふいに走り出した。
「あっ! 待って!」
ヒロも彼を追って走り出す。本郷はヒロの追跡をかわそうと駐車スペースを駆け抜けたが、曲がり角で出会いがしらに現れた二人に驚き足を止めた。
「あれ!? ヒロに…………お巡りさん!?」
「二人とも何でこんなところに!?」
ショーコとハルヒだ。ヒロを心配して追ってきたところに鉢合わせてしまったのである。三人に挟まれる形となった本郷は逃走を諦め、最終手段に出た。
「ちっ……仕方ない」
「あ、あえ……!?」
黒いL状の金属筒。本郷が手にした威圧感を放つ「それ」は一般人なら誰もが知っており、一般人なら誰もが生で見る事のない──すなわち拳銃であった。
「すみませんね。おとなしく付いてきて貰いましょうか……」
*
「ふっふっふ! いやぁー壮観だなあ!」
かながわスーパーアリーナの臨時用スタッフルームD。音響やステージ演出、空調管理用の部屋とは違い、この部屋はスタッフの詰め所や縁者の控え室としての意味合いが強く、普段は物置としてしか使われない。展望室ほど見晴らしはよくないが、会場の様子をガラス張りの窓から眺めることができるこの部屋に、照明もつけずに男が一人佇んでいた。部屋にはこのサラリーマン風の男が一人──スタッフの腕章と首掛けをつけているが、イベントスタッフらしい雰囲気は感じられなかった。
「そこかしこに名うてのストーカーたち! ここまで凄いメンツが一堂に集まったのは史上初だろうな! …………っと、本郷氏から電話か」
男は携帯を取り出し、通話を始めた。
「はいはい! こっちの方は順調にすすん…………ん? 何ですって? ちょっと落ち着いてください」
電話の内容はあまり好ましいものではなかったらしく、男の声のトーンは低くなっていく。
「ターゲットと接触!? なんとなんと……それは予想外でしたね! ですが、起ってしまったのなら仕方がない……ですがまだ失敗した訳じゃないですよ、本郷さん。ここまで来てしまえば軌道修正は容易に…」
「やっぱりね!!」
男の背後から声がする。振り返ると部屋の扉が開いており、通路の明かりを背に浴びて一人の少女がたっていた。
「本郷という名前……交番のお巡りさんと同じ。これは偶然じゃないね」
アキは鋭い視線を男に向ける。
「うーむ、想定外の事ばかりだ……ええ、こちらも緊急事態です。いったん電話を切りますよ」
男はやや不快そうにそう呟くと、携帯を切って突然現れた少女に相対した。
「やはり警察官の本郷が裏で手をひていた黒幕……」
アキは今までの本郷の言動にわずかな違和感を覚えていた。ゆえに警官の名前についてはひそかに覚えて警戒をしていたのである。不可解というほどのボロを出していたわけではなかったが、微細な事実の積み重ねが彼女をその結論に導かせた。例えば、毛石の襲撃前に学校周辺をパトロールしていたという彼の言動は、新藤の他にもストーカーがいる事をどこか想定しているようであった。アキたちからしてみればストーカーが三人いることはあらかじめ想定されていたが、外部の人間からすればそうでは無いはず。他にも、毛石襲撃時のカジの通報から現着までの時間の遅れや対応のミス、人格獣を見ることができる彼女にのみ微かに感じられる不穏な気配も起因して、本郷に対する疑惑は一層強まっていたのである。
「それにしてもどうしてここが?」
「会場のそこかしこに見える凶悪な人格獣……その中でも一際巨大でどす黒いモンスターを持つアナタがここの部屋に向かうのが見えた。すぐにピンと来たの。そいつが、元凶だって」
「アニマ? 一体なんの事かは分からないが……しかし、どうやらアナタは特別な能力をお持ちのようですね」
アキは少し驚いた様子を見せた。自身の超能力じみた眼力については、人に説明をしても理解されることは少ない。しかし、この男には説明するまでも無く、その能力が存在していることを認めているようであったからだ。
「私は仕事柄、何人か能力を持った人にお会いしたことがありますが、アナタがそうだったとは想定していませんでしたよ。ミナミティのマネージャーさん。今まで、それで我々の計画を未然に防いでいた訳ですね?」
アキが見知らぬこの男が自分のことを当たり前に知っていることにはゾッとする思いを覚えたが、毅然とした態度で彼の悪意に対した。
「何で新藤や毛石を使ってミナミティを襲ったの? 会場にいる凶悪な人物たち何か関係しているの?」
「クックック、質問が多いですねえ。まあいいでしょう。予定とは大分シナリオが違いましたが、もう準備は完了していますし、クライマックスに犯行動機を公開するのも犯罪者としては乙なものです……まずは自己紹介から。私、こういうものです」
男は厚手のプラスチック名刺を手裏剣のように投げてよこすと、アキはそれを見事にキャッチした。そこにはこう記されていた。
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株式会社マガハシ三凶
犯罪コンサルティング部 主任
手廻 六郎
Temawashi Rokuro
〒107-0052
東京都港区赤坂6-66 赤坂ソドムシティビル13階
03-●●●●-××××
r-temawashi@magahashi.co.jp
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「犯罪……コンサル?」
「そう! 依頼成功率95%! おかげさまで顧客満足度業界ナンバーワン! 犯罪代行のマガハシ三凶です!」
手廻はうさんくさい営業マンのように大げさに自社の実績を喧伝する。
「私は本郷氏から依頼を受けてストーカーのお手伝いをしているのですよ」
「依頼ですって??」
「そう、彼の狂気と誇大妄想に満ちたすばらしい夢! その夢のプロデュースをするのが私のミッション! ああ、なんとやりがいのある仕事か!」
「夢? プロデュース……?」
アキの表情が怒りに曇る。父に対した時よりもはるかに強い嫌悪。その激しい怒りを秘めた瞳を見るなり、手廻は道化師のように笑って見せた。
「クハハッ! いい眼だ! それでは、ここからが本題です……彼の……純粋な少年の心を持つ本郷氏が夢想した今回の犯罪……そのあらましを説明しましょう!」




