第36話 そばにいるね
前回のあらすじ:行方不明となったミナミティ。そして、会場のいたるところに不穏な気配……そして、ついに一連の事件の黒幕が姿を現す……
「ハア、ハア……! ようやくついた!」
かながわスーパーアリーナの周囲は美しいケヤキ並木で有名であるが、今日はセカンド・ノア開催の影響でそれらが目に入らぬ程の人でごったがえしていた。その人海の瀬戸際に、男が息を切らせばがら立ち尽くす。ストーカー・赤い貴婦人を撃破し、大急ぎで会場に駆けつけたカジだったが、あまりの人混みで満足に会場まで進めずにいらだちを見せた。
「くっそ! 早くハルヒちゃんたちと合流しないとならないって言うのに……」
携帯が車とともに水没してしまったカジは、ミナミティのメンバーと連絡を取るすべがなかった。状況不明の中、混乱しながらも人ごみを掻き分け関係者用通用口にたどり着く。
「ちょっと、アンタ。そこは関係者以外立ち入り禁止だよ」
「通してくれ! 俺はミナミティの関係者だ!」
「スタッフ証が無い人は通れないよ」
「スタッフ証……!? あっ! 畜生、あれも車と一緒に海か!」
カジは三本の指を頭に額に当て、狼狽する。
「ミナミティなら会場にはいないぜ」
ふいに背後から声がした。振り返ると、そこにいたのはツウゴであった。
「テメエ……!」
「アイドルのそばを離れているのはマネージャーとしてNGなんじゃないのか?」
「んな事よりミナミティが会場にいないってのはどういう事だ? 予定ではとっくに会場に着いているはずだ」
ツウゴはぴくりとも表情を変えずにカジを見つめ返す。
「スタッフが話しているのを聞いた。会場に着くところまではスト……後ろから見守っていたんだが、その後に何かがあったのだ。だから、僕はお前のような無責任マネージャーに代わって彼女たちを探して……」
「クソ! 遅かったか!」
「何? それはどういう意味だ?」
「一刻も早く見つけ出さないとあいつは何をしでかすか分からねえ!」
カジは踵を返して走り去ろうとするも、ツウゴはそれを制止した。
「待てクソマネージャー! どういう事かちゃんと説明しろ! あいつってのは誰の事だ? ミナミティの皆に何が起こっている?」
「そうだ! お前、ヤツを見なかったか! すぐ近くにいたはずなんだ! アイツは…」
カジはツウゴに赤い貴婦人から聞いた事件の黒幕について説明を始めた。
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「あ! ツウさん! ちいっす!」
カジとツウゴのやり取りから2時間ほど前。会場の関係者通用口付近に到着したミナミティ一行は同じく会場に現れたツウゴの姿を発見した。ハルヒがいつもの調子で挨拶する。
「今日も来てくれてたんですね! ありがとうございます!」
「フフフ、ファンとして当然の義務だからね」
感謝の言葉を述べるショーコに、ツウゴは胸を張って答えた。
「ん? そういえば今日はあのDQN野郎……もとい色豚……もといマネージャーもどき色豚DQN野郎はいないんだ~」
カジの不在に気づいたツウゴはここぞとばかりに彼を貶す言葉を並べ立てる。
「カジマネージャーでしたら、今は別のお仕事をしているんですよ」
ヒロにそう説明されるとツウゴは更に気を大きくした。
「はー! ミナミティのこの大舞台に別の仕事だなんてよっぽど信用されていないんだなー! それに、この前みたいなストーカー野郎がまたいるかもしれないというのに、側にいてミナミティを守らないなんてやはりあの男はマネージャー失格で…」
ツウゴのカジへの陰口は次から次に溢れ出てきた。
「あはは(そのストーカーを引き付けてくれてるんだけどな~)」
「ええ、そうですね~(人のこと言えるのか)」
ショーコとヒロが心の中でツッコミを入れる。
「あ、そうそう、今日は皆にプレゼントを持ってきたんだ」
何やら怪しげなお守りを取り出すツウゴ。彼は贈り物勢である。贈り物勢とは…(以下略)
「申し訳ないですが、プレゼントを直接受け取るのは禁止なんです。この前もらった贈り物に盗聴器が仕込まれていた事もあって……」
ヒロの説明を聞いてツウゴは明らかにドキッとした反応を見せた。
「なっ! 僕はそんな事しませんよ? したとしてもそれは護衛のために仕方なくですよ! お忘れですか? 僕は前世であなた方を守っていた聖なるパラディンで…」
「こらあ! 貴様バカモン!」
背後から声が聞こえた、振り返ると、そこにはストーカー事件で毎度現場に駆けつけてきた警察官の姿があった。今日は私服姿であった。
「ぬう!こんなところにまで出たかDog Of 国家め!」
「これは本官が没収しておく! 貴様のようなストーカーは失せろ!」
警察官はそういうといつかの学校前での出来事のようにツウゴを退散させた。
「お巡りさんも来てくれていたんですね! ありがとうございます!」
ハルヒが敬礼ポーズを取りながら警察官に感謝する。
「本官のことを覚えていてくれていたなんて感激です。本官はミナミティの大ファなんですよ。ミナミティの皆さんは我等の町の希望ですからね!」
「確か……本郷巡査でしたよね?」
「そうです! 名前を覚えていてくれたなんて嬉しいなあ」
「いえ、こちらこそイベントにまで来てくれ嬉しいです! それに、いつも学校の周りをパトロールもして頂いていて……本当に助かっています!」
ショーコも丁寧に挨拶をする。
「ええ! また毛石や新藤のような薄汚れたストーカーが出るかもしれませんからね! 私が町を代表してすぐそばで見守っていただけです! 何しろ学校や家電屋にも現れる連中ですから、本当に気をつけないといけませんよ!」
「……」
「あはは、これじゃカジマネのボディーガードも必要ないかもね!」
ハルヒが笑ってそう言うが、ヒロは神妙な表情をしていた。
「それじゃあ、皆さんステージ頑張ってください! 僕は客席から応援してますんで!」
そう言うと警察官はミナミティの元を離れた。
「それじゃあアタシたちも行こっか……って、ヒロちゃんどうしたの?」
ショーコは神妙な顔で佇むヒロの顔を心配そうに覗き込んだ。
「いや、ちょっと……皆、先に行っててくれる? 気になる事があって……」
ヒロはそう言うと、ハルヒとショーコに背を向けて通用口を後にした。
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「警察だ! いつも事件現場に駆けつけていた警察官の本郷がストーカーだったんだよ!」
カジの話を聞いたツウゴは青ざめた。
「そんな!! やつはミナミティの近くにいたぞ!!」
「やっぱりか!! ハルヒちゃん達はやつに攫われたに違いない!! 畜生!! 早くやつを探し出さないと……」
カジがおろおろと、周囲を見渡す。この人混みのどこかにハルヒたちはいるのか?はたまたもう既に会場を後にしたのか。いずれにせよ手がかりが無さ過ぎた。
「落ち着け」
ツウゴが低い声で狼狽するカジを制した。
「ここでまごついていても意味は無い」
「しかし、そう言ったって手がかりは何も……」
「僕に考えがある」




