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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
35/45

第34話 ダイブ・イン・ザ・ブラック

前回のあらすじ:今夜のバトルは伝説になる!! 神奈川公道最速はどっちだ!!


「ちくしょう……振り切れねえ! やっぱり軽でランエボと張り合うのは無理があるか!」

 カジは赤い貴婦人の追跡を受けながら、埠頭周辺の倉庫地帯を走っていた。狭い道なら小回りの利く軽自動車に有利と判断し、複雑な路地に侵入したがそれが裏目に出る形となり、徐々に追い詰められていた。


「しかし……ここまで引き付ければ俺の仕事はもう……」

 カジが車内のデジタル時計に気を取られた一瞬──既に日が落ちてきた事もあって暗い道の先が海べりになっている事に気付くのが遅れた。

「しまった! 海ッ! うおおッ!」


 車体を横向きに急旋回させつつブレーキ!海に突っ込むのを防ぐ。しかし、赤い貴婦人はその致命的なスキを見逃すはずはない。ランエボを急加速させ、ドリフトを掛けながら横向きに体当たりを仕掛ける!


「クソ! 回避が間に合わん! ならば……」 

 ──直後、衝撃と重振動!そして、着水音と巨大な水柱が辺りに拡散する。カジの乗るトゥモローは飛沫と共に夜の京浜運河に沈んでいった。

 数秒の沈黙の後、白のランエボからドライバーが埠頭に降り立つ。彼女は早足で海べりに近づくと、まじまじと水面を覗き込んだ。暗黒の水面には波紋だけが残り、何かが浮上してくるような様子はない。


「…………フ、フフふ……うふふ! あはははッ! 死んだ! 死んだよ! あのクソガキども死んじゃったよォ~!」


 赤い貴婦人は邪気のこもった高笑いを倉庫街に轟かせた。


「ザマあないねえ! 調子こいた罰だねえ! これじゃライブに間に合わないね! 一生ね! ああ、カアイソウ! カアイソウ、カアイソウ……可哀想に……ゴキブリみたいなファンどもが悲しんじゃうね! ワタシ、悪い事しちゃったのかなあっ? あはっ!」


 赤い貴婦人はマスクとサングラスをかなぐり捨て、狂喜乱舞する。その顔立ちはかなり整っていたが、生気の感じられない真っ白な肌とアイシャドーと見紛うほどの目のクマは亡霊を連想させた。


「こっ、これで……これでやっと"彼"も……ワタシを見てくれるはず……!」

 紫の唇を震わせ、独り言をつぶやく。


「でも……万が一生きてたら困るわあ。 うん、それは困っちゃう……面倒だけど、ちょっと待ってましょう~。浮いてきたら、ここでトドメを刺せばいいのだし……」

 赤い貴婦人は高級ブランド品のカバンから包丁を取り出すと、鼻歌混じりに水面を眺め始めた。


「ミナミティならあの車には乗ってないぜ」


 ふいに声がした。赤い貴婦人はギョッとして振り返ると、そこには背の高いくせ毛の男が立っていた。男はズボンの下半分だけが水に濡れていた。


「なあ、これって保険効くよな? 効かなかったらアンタ、弁償してくれる? 俺の車…」

「ああああっ!!」

「ちょま!!」

 カジは放たれた包丁の横なぎ攻撃を難なく回避した。


「はあ、はあ……オマエ……一体どうやって車を抜けた!? ……それに、車にミナミティ(ガキども)が乗ってないって……」

 カジは車の落ちた地点に視線をやる。すると、カツラと空気注入式のビニール人形……所謂ダッチワイフが海面に浮いてきているのが見えた。


「ヒトを4人も載せた車であんなカーチェイスが出来るわけねえだろ? お前が後ろから車内に見えてたのはあの人形だ」



─────────────────

─────────

────


「言われた通りね。最近学校の周りをうろついてる白のスポーツカー……調べたら写真のストーカーの最後の一人、赤い貴婦人の車だったわ」

 数日前のミーティング。アキがカジからの調査依頼に対して回答を述べると、カジは「ビンゴ!」と言わんばかりに指をパチンと鳴らす。カジはミナミティの警護をする中で見かけた怪しい車をピックアップしており、毛石の襲撃に前後してアキに報告を上げていた。


「やっぱり! それじゃ警察に通報しますか? それともスキをみてぶちのめす?」

 カジは威勢よくそう言ったがアキは首を横に振った。


「今はどっちも難しいね。毛石と新藤は直接的に危害を加えてきたから警察も動いてくれたけど、ヤツはまだ直接的な動きはないし……それこそ、こっちから手を出したら下手すりゃ逮捕されるのはアタシらの方よ」

「確かに……でも、それじゃどうするんです? 毛石の時みたく、向こうから攻撃してくるのを待つんですか?」

「基本的にはそのセンね……でも毛石と違って攻撃のタイミングは未だ読めない。最悪なのはセカンド・ノアの日に攻撃を受けて、ライブの邪魔をされる事。それだけは避けないと」

「うーん……」


 カジは腕を組み、眉間にしわを寄せた。アキも顎をさすって考えを巡らせるような仕草を見せるが、こちらは既に一応の策があるようであった。


「……やっぱりアレしかないかァ。カジさん、今日の帰りにソトジマ電気で買い物してきてくれない?」

「買い物? いいですけど……また、機材ですか?」

「いや、お人形を買ってきて欲しいの……空気で膨らませるタイプの……ぶっちゃけダッチワイフってヤツをね!」

「はあ!?」


────

─────────

─────────────────



「……最近のやつはよく出来てるんだよ。遠目で後ろ姿を見ただけじゃ人と区別が出来ないくらいにね!」

 アキの作戦「スケープワイフ大作戦」は見事成功した。実行したカジも、どこか得意げであった。

「く……それじゃあ、あのミナミティ(ガキども)は……」

「ああ、最初からこの車には乗ってない。学校の裏口から出て電車で会場に向かったよ。今頃は会場についてる頃だな」


 カジが説明したのはそこまでであった。彼は車からの脱出劇については、あえて彼女に説明しなかったので代わりに説明しよう。彼は車が衝突する直前、海べり側に面した運転席の扉を開け、外に飛び出した。しかし、すぐ真横は海。




 三【車】 【車】 ☚扉の外は海!  

地地地地地地地地

地地地地地地地地~~~~海~~~~



 また、先に海に飛び込んだとしても落下する車に押しつぶされてしまう恐れが有った。そこでカジは車から出ると、なんと海べりの角に手をかけて蜘蛛男のように波打ち際の塀にへばりついたのであった。




  三【車】【車】  

地地地地地地地地K ☚カジはここにへばりつく!

地地地地地地地地~~~~海~~~~



 直後に激突された車はカジの頭上を通過して着水。




     【車】  三三 

地地地地地地地地K  【車】 ☚ 落下!

地地地地地地地地~~~~海~~~~  

       



 カジのズボンの下半分が濡れていたのは、水面からの塀の高さが足りず足が水に浸かってしまったためであった。




「ああ、ダメよ……ダメなの……アタシがあのガキどもを殺さないと……そうじゃないと……もし"彼"があのガキどもを殺したら……」

 

 赤い貴婦人はうわ言のようにブツブツと呟く。


「あのクソガキどもが"彼"の中で永遠になってしまうじゃない!!」

 赤い貴婦人が包丁を振りかざしてカジに突進した。


「ちょま!! はさー!!」

 カジは包丁攻撃をかわし、間髪入れずにボディブローを叩き込んだ。


「あぐッ!!」

 みぞおちを痛打された赤い貴婦人は包丁を地面に落とし、次いで自身も膝をついた。


「赤い貴婦人、御用だな」

 カジは地面に落ちた包丁を蹴りだすと、へたりこむ赤い貴婦人を見下ろした。

「顔を殴らなかったのは俺が紳士だからじゃないぜ。顔面殴って失神でもされたら困るからだ……ミナミティに殺害予告を出したのはアンタだな?」

「…………ふっふふふふ、うふふ」

「へい」

「あはははは!!」

「おう、いいんだよ! そういうドラマで追い詰められた犯人がよくやる高笑いはさ! 消去法でもうアンタしかいないんだから、自白しなくたって調べは…」

「違うわよ。アタシじゃない」


 そこまでカジが言ったところで赤い貴婦人が言葉を被せるように追及を否定した。


「はっ? うそつけ」

「それは"彼"がやった事よ」

「……まあ別にここで無理矢理吐かせる意味はねえな。とっとと警察に突き出すか」

 赤い貴婦人はカジの言葉を聞くと、殊更に嘲笑して見せた。


「ふふふふ! あたしを、警察にねぇ? ふっふっふ……アンタ、あのガキどものマネージャーなんでしょ?」

「それがどうした? 妄言は裁判の傍聴席で聞いてやるからさっさと…」

「本当にそばにいなくていいの? 大事な大事なアイドルちゃんに危険が迫ってるかもしれないのに……」

 赤い貴婦人は不敵な態度を崩さなかった。 


「まさか……お前まだ何か仕掛けを!」


「だからアタシじゃないって言ってるでしょお? アタシは"彼"の為にずっとやってきただけ……でも、"彼"はアタシを見てはくれなかったの」


「携帯は……あっ、くそ! 車と一緒に海か! おい、その"彼"ってのは共犯者か! まだ何かしようってんなら今すぐ話せ! さもないと……」

 カジは拳を固く握りしめ暴力を仄めかす。しかし、精神的に追い詰められているのはカジの方であった。 


「言え!! "彼"ってのは誰だ!!」


「ふふ……まァ、いいわ。クソガキどもが会場に着いているのなら、どうせもう間に合わないのだし。"彼"の事を教えてあげる」

 赤い貴婦人はゆっくり立ち上がり、よたつく足でカジの方を向く。

「でも"彼"ならアンタも知っているはずよ……何故ならアンタは"彼"に会った事があるのだから……」


「何だとォ!?」


「それも何度かね……今まで事件が起きた時、毎回現場の近くにいた男がいるでしょ? ホラ、思い出してごらん……」


「…………ッ!! ま、まさかッ……!!」



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