第32話 スタンバイ
前回のあらすじ:さらば青春
アイドル部の部室前、一人たたずむ少女の姿があった。
「ミナミティが結成してから2年とちょっと……長かったような、短かったような」
アキは扉に張られたミナミティのステッカーをはがしつつ、しんみりと呟いた。
「色々あったけど……これでようやくアイツと真っ向から戦える」
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「くあ~! 3位かあ~! 惜し~!」
2年と少し前の12月──ドル1甲子園南関東予選大会会場。参加したすべてのアイドルのパフォーマンスが終わり、最終結果が会場にアナウンスされると壇上でそれを聞いていたハルヒが悔しそうに叫んだ。ミナミティの結果は総合3位。この年のドル1甲子園出場はかなわなかった。
「そ……そりゃあ、そうだよ! アタシら初めての参加だったし……ここまでできたら上出来……だよね……」
ショーコは涙を堪えながら、言い聞かせるように呟いていた。
「泣くなショーコォ!」
ハルヒも目を赤らめながら叫ぶ。
「あたしらにはまだ来年がある……そうだよねアキ? ……あれ? アキは?」
先ほどまで一緒に壇上にいたはずのアキはいつの間にはハルヒたちの傍からいなくなっていた。
「納得いかないわ!」
彼女はステージ衣装のまま、どうやってか関係者の控え室に乗り込んでいた。壇上では1位を獲得したアイドルのインタビューが行われていた。
「パフォーマンスは確実にアタシらのが上! それに、オーディエンスの反応だって……実際、途中経過発表ではアタシらが1位だった!」
アキが声を荒げる。大物業界人が居並ぶその部屋の視線がいっせいに彼女に集まる。アキからすればまるで蛇の巣である。それほど邪悪で醜い人格獣を持つものたちばかりであった。
「……で?」
そのうちの一人、恰幅のいい中年男性がアキに言った。
「つまり何が言いたいんだ?」
「投票を操作したよね! パパ!」
「……ああ、そうだが? それがどうかしたか?」
男は事も無げに言い放った。彼はアキの父で、芸能界の超大物プロデューサー・康崎明日志である。ドル1甲子園の運営委員の一人でもあり、審査や広報は彼の意向が大きく反映された。
「アイドルのイベントだぞ? 当たり前だろう」
周囲のいかにも地位の高そうな男たちの何人かはそれを聞いて、小粋なジョークを聞いたかのように笑っていた。
「プロデューサーとして恥ずかしくないの!? アイドルの本当の実力で……本当のパフォーマンスで人を魅了しようとは思わないの!?」
「アイドルの実力? ……ククク、実力ねえ……」
「何がおかしいの?」
「アキ、お前は何も分かってないなァ」
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アキは唇をぎゅっと噛みながら、かつての苦い記憶を思い出していた。
(あんな悔しい思い……もう二度とあのコたちにはさせられない……だから……)
「あーー! やっぱここにいたーー!」
アキの後方から声がする。振り返ると、先頭に小走りのハルヒ、その後ろにショーコ、ヒロ、そしてカジがいた。
「何ひとりで浸っちゃってんの?」
ヒロが穏やかに微笑みながら、アキに話しかける。
「ふふ……2年間、ここで色んな事があったなと思って」
「そうだね。 アキちゃんたちに会ってから楽しい事たくさん有った」
ショーコがそう答えると、ハルヒもそれに応じた。
「辛い事の方が多かったかもだけどね! でも、今まで4人でやってこれて本当に良かったよ」
「ええ、そしてこれからも4人で……」
アキがそこまで言うと、4人はそれぞれお互いに目配せをした。
「いや、これからは4人だけじゃないか」
アキは一歩引いた場所に佇むカジの方を見た。彼女から見える彼の人格獣は心なしか以前より雄々しく見えた。
「さて、と」
アキが一度目を瞑ってからパチっと目を開いた。彼女の目は卒業の感慨にふける当たり前の18歳の目から、敏腕プロデューサー然とした普段の目に切り替わっていた。
「それじゃあ、今日のイベント……張り切って行こうか! カジさん、"例のモノ"の準備出来てる?」
「ああ。だが、今更だけど、ここまでやるか普通?」
カジはやや困惑した表情でそう答えた。しかし、その言葉とは裏腹に「こいつらなら、まあこれくらいやるだろう」という妙な納得感もあった。
「まあ、こっちの事は任せとけ」
「いよし、任せる!」
アキはカジの肩をバシっと叩いて見せた。
「そんでは、会場に行く前に……景気づけに円陣やっとこか!」
「お! いいね、ハル!」
ヒロはそう言うとショーコと共にカジの袖をぐいっと引っ張った。
「えっ? 俺もやんなきゃダメ?」
「当たり前ですよ! カジさんもミナミティの一員なんですから!」
ショーコが満面の笑みを浮かべながらカジにそう答えた。
「おいおい、こんなん誰かに見られたら……って、まあいいか」
カジは照れ臭そうにしながら円陣の輪に加わった。
「何だか道場時代の試合前を思い出すぜ」
5人は部室の前で輪になり左手を前に出して輪の中央で重ね合わせた。そして、彼女たちの掛け声は誰もいない校舎の隅々にまで響き渡った。
*
時刻は午後4時44分──山手米洲女学院の駐車場から一台の軽自動車が発車する。車内には運転席に男が一人、他3人の乗員の姿があった。そして、その十数メートル後ろにピタリと張り付くような車影。真っ白な車体のスポーツカー、その運転席には赤いトレンチコートを着込みマスク、サングラスで顔を隠した女性の姿があった。
二台の車はほとんど車間が変わることなく走り、やがて幹線道路に出る。ここ第一京浜道路はエリア最大の要路であり、走る車の速度も速めでそれにつられる様に2台のスピードは徐々に上がっていく……
首都圏の走り屋たちが噂する都市伝説があった。
年に1度……夕暮れ時のある時間帯。
ここ第一京浜道路のある地点から一定の速度で東京方面に走り抜ければ、すべての信号が青になるのだという。そして、その時間帯にもしも車同士のスピード勝負を行ったのなら、敗北した方が必ず事故を起こす──
そんな逢魔が時があるのだという。
その悪魔の時間を知ってか知らずか、今2台のマシンが第一京浜にエントリーした。先行する軽自動車のドライバーはバックミラーで背後に迫るスポーツカーを見て取る。無論、そのドライバーの顔を認識する事は出来ない。しかし、自身の車に悪霊に取りつかれたように追いすがるその目的が、極めて邪悪なものである事は容易に察する事が出来た。
写真のストーカーその3、「赤い貴婦人」遭遇!




