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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第31話 卒業

前回のあらすじ:卒業式とセカンド・ノアが同日開催

 

 男がリングのような場所に立っていた。いつか見た幻のような光景……


 あの時のように男は何かを訴えるように叫んでいる。


「…………!」 


 しかし、彼の声は聞こえない。男は霞の彼方にいるのだろうか。あるいは自分が霞の中にいるのか。その声がアキの耳に届くことは無かった。


「…………ッ!」


 それでも男は叫び続ける。アキは遠く見下ろす男の姿を見た。輪郭はおぼろげで、何故か顔には影がかかり人相を識別できない。


「……ッ! ……ッ!」


 ついでアキは彼の足元で倒れている男を見た。生きているのか死んでいるのか分からない。うつぶせで倒れているので顔も分からない。そして、ふいにアキは自分の手を見る……その手は大量の血でべっとりと汚れていた。



「ハッ!!」


 アキが飛び起きる。


「ハア……ハア……また、あの夢……」

 アキは自室の机に突っ伏して寝てしまっていたようであった。起動したままのPCのディスプレイを見ると時刻は午前3時を過ぎたところであった。


(……疲れているのかな? しかし、よりによって今日こんな悪夢を見るとは……)


 壁に掛けられたカレンダーを見やる。今日の日付には二つの赤丸に囲われた文字。「卒業式」と「セカンド・ノア」──そして、アキは次いで机にある写真に目を向けた。子供のころのアキと、父親と思しき恰幅の良いメガネの男性が写っている。


「ふふ……待ちに待ったこの日……ようやくここまで来た……! 父さん、これでようやく貴方と…」

 アキはそこまで独白したところで、目をぎらりと光らせた。

「ようやく貴方と対等に戦える!」



               *


 3月某日──数十年に一度の暖冬につき、桜は2月に狂い咲き。満開の桜に彩られる事も無く、雨こそ降らぬまでもどんより模様のやよい空は見渡す限り、文字通りの霞か雲である。とはいえ、卒業式というものはそういった要件でも当然ながら開催される。そして、春色のフォトフレームに彩られる事はなくとも、特別な日の記憶は、いつでも思い返せば綺麗なままにプリントアウト出来るものなのだ。


(まさかこの年で高校の卒業式を保護者席から見るとはなァ)


 山手米洲女学院高等学校の卒業式が粛々と取り行われる中、一人の男がしみじみと感慨にふける。由緒正しき女子高には何とも似つかわしくない風体──だが、今日ばかりは父兄も参列する中であるからして、あまり違和感はない。ミナミティのゴリラマネージャーことカジである。


(しかし……卒業式ってなよくないな)


 カジは周囲を見渡す。涙で目を赤らめる生徒、顔を上げまっすぐ前を見据える生徒。彼女たち一人一人の事情などは無論分からない。しかし、彼女たち全員の行く末が希望に満ち溢れているような──あるいは、そうであって欲しいと願ってしまうような。そんな暖かい光に包まれたような雰囲気があった。


(見てるこっちまで問答無用で感傷的な気分になっちまうぜ……あそこの若いお姉さんなんか卒業生より泣いてるんじゃねえか?)


 見ると卒業する生徒の姉だろうか。20代前半頃の女性がおいおいと泣いているのが目に入った。


「お、おじょうざま……ぐす……ごりっぱになられて……」

「……はて、あのお姉さんどこかで会っただろうか?」


 カジが涙ぐむ女性を注視し、容姿というよりはその気配にデジャブを感じた時、卒業式場の壇上から声が轟いた。


「3年D組!! 浜星遥陽(はまほしはるひ)でっす!! 卒業生代表の挨拶をしたいと思います!!」

 30メートルは距離が離れているにもかかわらず、目の前で話しているかのような声の張り。ミナミティの声出し担当ことハルヒであった。


「ハルヒちゃんが卒業生代表かよぉ……大丈夫かな?」

 カジはどぎまぎしながらハルヒの代表挨拶を見つめる。気分はすっかり親族である。


「えー、本日はお日柄も良く……は、無いか! 曇ってるね! まあ、それはさておき! 我々卒業生のためにこのようなパワーのある式を開いていただき誠に……」

 カジの心配をよそにハルヒのスピーチは意外なほど全うに展開した。ところどころハルヒ節があったものの、これといって大きなやらかしも無く、3分ほどの挨拶は終了した。


(ふう~……上手くやれたか!)


 ハルヒはやや照れた表情で席に戻り、友人たちとハイタッチしていた。カジは安堵すると同時に、自分でも意外なほど彼女たちに感情移入している事に気がつく。


(まだ1ヶ月半……色々あったが、まだ2ヶ月も経ってないんだよな)


 カジがミナミティのマネージャーに就任してから2ヶ月弱。様々なトラブルに見舞われたが、それでも経過した日数で言えばたったの40~50日という事になる。しかし、この短い期間に起こった出来事はカジ自身が成長するきっかけとなり、多少なりとも前向きさを取り戻す事に繋がったのは間違いない。彼なりに彼女たちに対する感謝の意はあり、それが卒業式特有のセンチメンタルな雰囲気も相まってふわふわとした感傷に浸られていた。


(……いかん、いかん。まだ問題は全部解決したわけではないのだ……それに俺はただのマネージャー……別にあのコたちの家族でも恋人でも無いのだから、仕事に集中しないとな!)


 ピアノの旋律に合わせた卒業ソングが流れる中、カジは深く深呼吸し小声で「押忍」と気合を込めた。多くの卒業生にとってはこれで今日のイベントの全行程は終了になるが、ミナミティのメンバーにとっては違う。夕方から開催されるアイドルイベント「セカンド・ノア」に参加しなければならないのである。



 卒業式はつつがなく終了し、会場となった第一室内運動場の前はワイワイとした賑わいを見せていた。学友と学校生活の思い出話に花を咲かせる生徒、記念写真を撮る生徒……中でもミナミティのメンバーの周りには大きなグループが出来ていた。


「ホントによかったーーー!! あの時はどうなるかと思ったけど…」

「いや、ほんとアンタたちがいたおかげで学校生活楽しかったわ」

 その中にはレコーディングの時に集まってくれていた生徒たちの姿もあった。


「そ、そんな……あたしの方こそみんなと友達になれてよかった……」

 ショーコが涙ぐみながら答える。カジはその姿を見ながら「俺にもあんなに友達がいたらな」と自身の悲しい青春時代を思い返してまたもや感傷に浸っていると、どこからかハルヒが駆け寄ってきてフライングチョップをかまされた。


「いって!」

「カジマネーー!! あたしの答辞見てたっすか!?」

「おう! バッチリ決まってたぜ!」

「よかったーーー! で、アタシの親も来てんだけどね! いつもお世話になってるからカジマネを紹介したくてさ!」

 そう言うとハルヒは、カジの腕をがしっと掴み、人ごみの奥にいる両親に手を振った。


「あ? いいよ、別にそんなん……」

「あっ! パパー! この人がカジマネー! いつも朝から夜までアタシを連れ回してる人ーー!」

「言い方! 誤解されるわ!」

 カジがいつものようにハルヒにツッコミを入れると、今度はショーコがカジに絡みに来る。


「カジマネージャー!! これ見てください!!」

 ショーコはペンダントをカジに見せる。


「うちの学校では卒業の時に、生徒ごとに違う種類の花をあしらったペンダントが貰えるんです! 担任の先生がその生徒に送りたい花言葉のものを選ぶんですが、私の花は今まで卒業生でもほとんど出た事がないとされる激レアフラワーなんですよ~!」

 ショーコの持つペンダントには白と濃いピンクの二色の花があしらわれているのが見えた。


「ええと……その花は?」

「え、知らないの? これはシャクヤクと言ってボタン科の花! 美女の形容として有名な立てばシャクヤク、坐ればボタン、歩く姿は百合の花の慣用句としても知られ…」 

「だー、分かったよ! で、その花言葉は?」

「はじらい」

「先生わかってらっしゃるゥ!」

 カジが今度はショーコに突っ込むと、ハルヒも話に混じってきた。


「あー、このペンダントそんな意味があるのか。アタシのやつってなんて花?」

「ハルヒちゃんのは多分サフランね」

「サフラン? 花言葉は?」

「慎みを持て」

「やっぱりね! ツッコミ疲れるわ! …………と、ヒロさんの姿が見えないな?」

 カジが周囲を見渡すも近くにヒロの姿は見えなかった。


「ああ、ヒロならお兄さんに会いに行ってるけど、そろそろ戻ってくるんじゃない?」

「お兄さん?」

「仕事の都合でご両親が来れない代わりにお兄さんが来てくれていたみたい」

 カジはヒロの家に尋ねた時に、インターホンで聞いた男の声を思い出した。


「あのヒロさんのお兄さんか……一体どんな人なんだ?」

「んーアタシたちもよく知らないんですよねー……ヒロも詳しく話してくれないし…」

「ハル!」

 噂をすればである。ヒロがカジたちの前に姿を現した。


「お、ヒロさん、お兄さんとはもう会ってきたの?」

「ええまあ……それよりカジさん。もうそろそろ会場に行かなきゃ行けない時間だと思うんですが」

 ヒロは話をそらすようにセカンド・ノアの話を振る。


「え? いや、まだもうちょっと時間はあるけど…」

「色々準備もありますし! 早めに行かないとさ!」

「ああ、確かにそうだな……それじゃ、プロデューサーと合流して手はず通りに……て、そういやプロデューサーの姿も見ないな?」

 カジが人込みの中をキョロキョロと見渡す。



「あ、ほんとだ。でもアキちゃんなら多分あそこね」



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