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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
31/45

第30話 裏と表

前回のあらすじ: 試合結果 〇カジ VS 毛石親千穂● 19分27秒 KO(正拳突き)


 某私鉄線、某駅ホーム。


これといったオフィスも商業施設も周囲にないこの駅では、乗降客のほとんどが朝夕の通勤通学時間に集中し、昼間のこの時間帯にはほとんど人気が無い。今も辺りを見回してもベンチに座る男が一人いるのみで、周囲は閑散としていた。しばらくして、このゴーストタウン駅には似つかわしくない30代中頃のエリートサラリーマン風男性がホームに現れる。彼は他にあるベンチは素通りし、何故かホーム端のベンチを目指して歩みを進めた。

彼はもう一人の利用客の男性が座るベンチと背中合わせの席に腰かける。 


「想定外の事態が重りましたねえ」

 サラリーマンは男を一瞥する事もなく突然に話し始めた。すると、背中合わせの男は「チッ」と舌打ちを返す。


「他人事のように言いやがって……! お前の作戦は何一つうまくいかないじゃないか!」

 男はやや興奮した様子であった。彼もこれみよがしに背後のサラリーマンを見る事は無いが、二人の間に何らかの関係性がある事は前振りなしに会話が成立している事からも伺い知れた。


「これは手厳しい。確かに当初の計画は立て続けに失敗……この様子では用意していたサブプランも通じませんね」

「役立たずめ! 俺がいくら出してると思ってるんだ!」

 男の言葉に怒気がこもる。大声でこそ無いものの、周囲の空気が歪んでしまうのではないかという程の激情が伝わる。


「いや、返す言葉もない……己の慢心と勉強不足を恥じるばかりです」

 サラリーマンは慇懃な口調で謝罪するが、男の怒りが収まる様子はない。


「何が依頼成功率95%だ! お前らのような連中を信用した俺がバカだった!」

「まあ、そうおっしゃらず。私……いや我が社は、引き受けた仕事は必ず成功させます。ですから今日は汚名返上の新たな提案を持ってきたんですよ」

 サラリーマンはあくまで冷静さを崩さない。


「うるさい! お前のことなどもう信用しない!」

「……では、おやめになるんですか?」

「やめる? やめるだと? ここまで来て……ここまでやっちまってやめられる訳ねえだろ!」

「ふ……くっくっく! そうです! やめるなんてありえない!」

「……」

 サラリーマンが饒舌に話し始める。


「ここまで来たんですから世間に見せてやりましょうよ! あなたの……いや我々二人の! 最低最高の悪意をねえ! ですからひとつ話だけでも聞いてくれませんか?」

 サラリーマンがクリップ留めされた紙束を後ろの男に差し出す。


「企画に変更は加えますが、それはむしろ上方修正……まずは企画案を見て頂きたい」

 男は紙に書かれた内容に目を見開く。


「こ、こりゃあ……」

「どうです? 面白いでしょ? 実はこんな事もあろうかと、粗方仕込みは済ませてあるんですよ」

 男は企画案の分厚い紙束をめくりながらも、半信半疑にサラリーマンに問いかける。


「こいつが出来れば確かに面白いが……しかし、その前に例の計画の失敗はどうする? そっちで足がついちまったら元も子も無いぞ」

「ご心配なく。そっちの後処理も、もう済んでますから」



               *


「みんな揃ってるわね」

 午後4時。アキが部室の扉を開けると、この日の練習を終えたミナミティのメンバー三人とマネージャーのカジは既にテーブルに着席していた。


「今日のミーティングはいよいよ迫ったセカンド・ノアの当日の動きについて打ち合わせ……だけどその前に報告があります」

 アキが4人の顔を見渡す。詰まっていた新曲のレコーディングと、連続殺人鬼(シリアルキラー)の襲撃という目下の二大懸案を乗り越えたはずの彼女たちであったが、4人の表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。


「……もう知ってるみたいね」

「ああ、まさか 毛石の件がこんな事になるとはな……」

 カジは手にした新聞の一面を見ながら言った。見開きのタイトルはこうだ。

【60代男性の水死体!連続殺人事件の犯人か!?】


─────────────────

─────────

────


 さかのぼる事3日前。山手米洲女学院(ベイ高)を襲った毛石がカジに倒されてからしばらくして、おっとり刀で警察が現着した。最寄り交番の警官がミナミティの為にパトロールで遠くに出ていた為、到着が遅れたと言うのだから皮肉であった。カジたちはおよそ2週間ぶり2回目の事情聴取を受ける事になったが、新藤の時と違い一件落着とはならなかった。


「なにィ!? 毛石(ヤツ)がいないだと?? そんなバカな!?」


「本官が駆け付けた時には姿がなく……争った形跡や現場に散乱した道具から誰かがこの場にいたのは推察できるのですが……」


 カジが毛石に与えたダメージは極めて深刻なものである。すぐに目を覚ます可能性は低く、目を覚ましてもまともに動けるような状態でも無かったが、念のためにカジは毛石を椅子に縛り付けていた。当然身に着けていた道具は全て取り上げた状態でである。


「どうやらあの窓から逃げたみたいです」

 拘束していた部屋の窓が開いており、毛石がそこから逃げた可能性が高いことを警官は説明した。


「自力で脱出したのか! しかし、あのダメージではまだそう遠くまでは行けないはず!」

「今我々警察が全力を上げて捜査しております故、どうかご安心を!」

「ええ、頼みますよ……」


────

─────────

─────────────────


 というようなやりとりから2日間、毛石の足取りはつかめず、彼のその後が分ったのは今朝になってからの事であった。


「自殺か事故か……真相は分からないが、いずれにしても自業自得の結果だな」

 当然と言えば当然だが、毛石に致命的なダメージを与えたカジ自身はこの件で悔いる点など微塵も感じていなかった。なので、いちいち口に出して主張する必要も感じていなかったが、彼以上にミナミティのメンバーが後味の悪さを感じている様であることを察して、あえてこの件の正統性を主張して見せた。


「でも……なんだか悲しいです」

「どうして?」

 ショーコは俯きながら言った。


「あの人、ミナミティの曲を歌ってた……あの人もミナミティのファンの一人だったんですよね? それなら、もしかしたら言葉で解決出来たかもしれないし……」

「ショーコさ、それは命がけで戦ったカジマネージャーにちょっと失礼なんじゃないの?」

 ヒロがショーコの言葉を注意する。ヒロがカジに配慮したような意見を言うなど少し前なら考えられない事であった。


「あ、カジさん、ごめんなさい! 私また勝手な事言って……」

「いや、そんなん気にしないって」

「でも、アイツが改心して普通のファンになってれば名物ファンになってたかもね! 特にあの体格とパワーを活かしたサイリウム捌き……見たかったかもしれないね~」

 ハルヒは空気を読めないような呑気な意見を言う。


「あんたたちねえ……まあでも全員ケガする事なく終わったのだし、本当に良かった」

「いや、俺めっちゃ怪我してるんだけど!」

「ああそうでしたね……でも電動ドリルを素手でへし折るゴリラ人間はそんなのケガのうちに入らないんじゃないですか?」 

「ゴリラ人間て!」

「ヒロひどい! ゴリラは心優しい生き物なんだぞ!」

「いやそこ!?」

「え! 知らないの? ゴリラは痛みに弱い生きもので、イメージと違いドラミングは拳ではなく手のひらで…」

「ハイ! 一旦静粛に!」


 脱線した会話で盛り上がる彼女たちを、アキは手慣れた感じで落ち着かせた。


「まあ毛石には色々と聞きたいこともあったけど、こうなってしまったら仕方ない。ヤツの事は忘れて残った課題について話し合いましょう……写真のストーカーもまだ残ってるんだし」

「え!? でも、毛石(アイツ)が手紙の差出人だったんじゃないの!?」

 確かに殺害予告に載っていた荒唐無稽な文章は毛石を彷彿させた。特に間近で彼の支離滅裂な独り言を聞いていたヒロは無意識に彼と手紙を結び付けていた。


「いや、毛石は危険な男だったが……手紙の差出人とは別人だ」

 ヒロにそう言ったのはカジであった。


「何故それが分るんです?」

「確かに奴はイカれていたが、いわく今回の襲撃の目的はミナミティを悪の手から救出する事だそうだ」

「それなら脅迫状にも似たような文面はあったじゃない」

「ああ、だが奴の口ぶりは、邪魔するものを殺す事は厭わないが、ミナミティを殺す事自体が目的では無いようだったぜ……それに」


 カジが一冊の黒い手帳を机に置いた。


「毛石を倒したときにコートに入っていた手帳だ……几帳面に毎日の行動予定が書かれている」


 そこまで話したところで、アキが説明を引き継いだ。

「この手帳には手紙の投函日前後は千葉にいたことが書かれているの。もちろんアリバイ作りの為の偽証とも考えられるけど、筆跡も素人目でも手紙の文字とは違っているし、何より手紙の投函日にヤツの姿が千葉で目撃された情報もあるの」


 カジは毛石撃破後、警察に没収される前に彼の持ち物を回収していたが結果的にこれがファインプレーであった。手帳を元にアキが調査と分析を進めた結果、毛石と殺害予告の手紙が関係無いという事まで判明したのである。


「アキちゃん、探偵みたいね……」

「んんー、ええと……という事は……」

「犯人は残る1人って事ね」

 そう。残る容疑者は1人。写真のストーカー3、赤い貴婦人。必然的に彼女が犯人という事になる。


「いずれにしても今は、何が起こってもいいように出来る限りの準備を進めるしかない」

「そうね……警備については任せるわカジマネージャー。で、話を元に戻しましょう」

 アキがミーティングの本題に入るよう促す。


「そうだよ! 来週はついに待ちに待ったセカンド・ノア! パワーはそっちに集中させようよ!」


「そう、セカンド・ノアの段取りを考えるのが今の最重要課題……しかも、よりによってその日は卒業式……どっちかが裏番組って訳には行かないからね!」


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