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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第29話 死神回廊の戦い③ -Vの軌跡-

前回のあらすじ:毛石の攻撃にダウンするカジ……果たして勝負の行方は?


「ねえ! 今度アイドルの話を聞くんじゃなかったの!?」


 ヒロが瞳に涙を溜めながら横たわるカジに言葉をかける。


「アンタが死んだら誰がミナミティのマネージャーをやるの? こんな所で死んでもらっちゃ困るのよ! だから……」


 その時、カジの身体が微かに動く。


「……カジ?」


 ヒロがカジの顔を見つめる──と、その瞬間カジの両目がカッと見開いた。


「ふふぅーーーーー……ハアッ!!!」

 カジが飛び起きる。残念ながら美女の涙が奇跡を起こしたというワケでは無く、時間が経過して自然回復しただけであるが──ともかくカジは復活した。今度こそ、自分の警護対象が危機に瀕する前にだ。


「カジさん!」

「カジマネ生きてるぅ!」

 ショーコとハルヒも歓呼する。アキは仁王立ちのまま、ニヤリと笑ってカジを見つめる。


「勝手に殺すんじゃねえ! おーー、いてて…」

「あれだけの鉄槌を浴びて生きているとは、なんとしぶとい悪魔か」

 毛石も振り返りカジの復活を確認する。声の抑揚は変わらず動揺した様子はなかったが、わずかに驚いたような表情を見せた。


「へへ、なんてこたねえ。ハンマーを食らう瞬間にな……すこーしだけポイントをずらして威力を殺したんだよ。ダウンしてたのは電撃のダメージが残っていたからさ」

 カジは一歩前に出ると再び毛石と合間見える。


「蝶のようには行かなかったが……あんたの攻撃はかわしていた訳だ」


 カジは後ろをチラッと振り返り、呆然とするヒロに視線を送る。言葉こそ発さなかったが、その力強い目には「大丈夫だ。心配するな」という意思が込められていた。【ラ・ミレプラザ】で新藤に襲われた時とは違う。ストーカーの前に立ちはだかるこの男からは、得も言えぬ安心感を感じられた。ヒロは言葉を発さずに後ろに下がると、カジと毛石の対決を見つめた。


「どうやら【♰白銀の丁字架♰】では殺しきれんらしいな」

 そう言うと毛石はハンマーを投げ捨て、コートの内側に吊られたガンホルダーから二丁のドリルドライバーを取り出して、素早く両手に装備した。


「【最終宝具♰(つがい)のロンギヌス♰】!!」

 彼が装備したドリルドライバーにはそれぞれ30cmを超えるドリルビットが装着されていた。当然その大仰なドリルの目的は木板に穴を開けるためでは無い。


「やはり聖痕は正しい位置に創ることが大切だ……」

「ドリル二刀流か! それが切り札ってワケかい?」

 カジは毛石の武装に対し、左手を手刀の形にして顔の前に構える。しかし、右手はダラっと力なく垂れ下がっていた。電撃を直に受けた右手は未だ回復せず、小刻みに痙攣して用をなさないのだ。毛石はその弱点を目ざとく見つけると、高笑いを上げた。


「ふ……うふははっ! 右腕は【♰裁きのいかずち♰】によって使い物にならんか!」

「爺さん。確かに隠しスタンガンには驚いたが……あんたの動きはもう見切ってるよ」

 カジは静かな声で毛石に言った。その様子を見つめるアキは、彼の言葉がハッタリでも強がりでもない事を理解していた。それはヒロも、遠巻きに勝負を見つめる少女たちも同様であった。


「攻撃はもう受けない。ならアンタを殺すには片手が動けば充分だ」

 静かに、そしてさりげなくカジが放った「殺す」という言葉。その言葉の重みがそこいらに溢れ返る「殺す」とは種類の違うものだと、その場にいる誰もが感じられた。

彼らの戦いは尋常のものではない……そして、その決着の時は迫っている。


「イエスは全人類の罪を背負って死んだ」


 毛石がカジに向かって一歩前に出る。ドリルにはスイッチが入り、激しく電動回転を始めた。


「さて、仕事だ」


 カジもそれに呼応するかのように毛石に対して歩を進める。はじめて両者が同時に距離を詰めた。両者の思惑は、言わずもがな。その目的は──


「エルサレムの丘で磔刑に処され……わき腹に槍を突き刺された……」

「俺の勤務時間中は……」


 相手に必殺技(フィニッシュブロー)を叩き込む事だ!


「さあ、聖痕を刻んでやろう!!」

「ミナミティに手出しはさせないぜ!!」


 両者が同時に駆け出す!毛石は今までの慎重な攻め手とは打って変わった猛突進を見せる!一方のカジも毛石の両手が塞がった事で飛び道具の警戒を解除!全力突進でそれに答えた。


「愚かな悪魔のしもべよ!!! 主の元に返るのだッ!!!」


 毛石は前傾姿勢のままドリルを左右同時に突き出す!両脇腹を狙った二側面攻撃!


「〝螺旋の十字架(ディストグレイヴ)″!!!!!!」


 「「「「  あっ、危ない!! 」」」」


 ギャラリーの少女たちは一斉に声を上げた。生身の身体では防ぐ事の出来ない無慈悲な攻撃。直後、せまる二対の電動ドリルがカジの脇腹を貫通する………………はずであった──


しかし、彼女たちの眼前でイエスの磔刑の再現は起きなかった。


「なにっ!?」

 毛石が貫いたのは虚空の残像。カジは突っ込むと見せかけ、ギリギリのところで高速ステップバック、ドリル攻撃を回避した。

「ひゅうッ」

 同時に手刀の形で高く構えた左手を振り下ろす。しかし、毛石の身体はドリルビットの長さ分間合いの外だ。攻撃はまだ届かない。カジの狙いは……

 突き出され、目前で交差した……2本のドリルビット!!



「〝瓶切り(ビンキリ)=V式″!!!!!!」


 カッ……と乾いた音がした。


 ついで二本の金属が床に落ちる音。


「……………………う、うそっ!???」

「す、すごい……素手でドリルを……」


 ヒロたちは驚嘆の声を上げる。ギャラリーの目にはカジの振り下ろす超高速の手刀は視認できなかったが、彼が素手でドリルを砕いた事はかろうじて理解できた。

 そう、カジはあろうことか電動回転するドリルのクロスポイントに手刀を叩き込み、二本ともを一撃でたたき折ってしまったのだ。


「バカな」


 毛石は目を見開き驚愕する。だが、重要なことは彼が今日はじめて動揺を見せた事ではない。重要なのは彼がドリルを折られた衝撃で前につんのめる姿勢になった事──そして、カジの技がまだ半分までしか終わっていない事であった。

 刹那、毛石は見た。鋭角に振り下ろされたカジの手刀が掌底の形となり、自身の頭部に向かって折り返してくるのを……


「ガハッッッッ!!!!」


 カジの掌底アッパーが毛石の顎先に直撃した。毛石の巨体は衝撃で背後に吹っ飛ばされた。


 カジの〝瓶切り(ビンキリ)=V式″は二段構えの技なのである。


vertical(上下縦軸)に展開する技の特性ゆえにV。

そして、武器破壊チョップから掌底アッパーに繋げる攻撃の軌道を指してVだ!


「……いてえ」  

 カジが左手に目をやる。ドリルビットに触れた部分はえぐれて血が噴き出していた。


「流石に無傷じゃいかなかったか……っと」

 カジが毛石に目を向ける。

「ジ…………ジィザス……クライス…………ト……」

 毛石はのけぞった姿勢のまま天を仰ぐ。意識が飛びかけ朦朧としているが、ギリギリで失神を免れたようであった。毛石はふらついた足のまま未だに攻撃を仕掛けるような素振りを見せる。


「執念だけは認めるぜ」

 毛石はカジに対して再び前進するが、既に趨勢は決していた。彼の両手にはビットが折れて用をなさないドリルが握られたままであり、人体の急所が点在する正中線はがら空き。さきほど電撃をくらったカジとはそっくりそのまま立場が入れ替わった形だ。カジは地の滴る左手をギュっと握り、最後の正拳を作る。


「あ……悪魔よ……滅……びよ……があっ!!!」

 毛石はやぶれかぶれの攻撃で飛び掛かる。が……


「じじい、もう……」

 カジはその攻撃に対して、蝶のように舞う必要はなかった。


「寝る時間だ!!! ハサああああーッ!!!」


 放たれた左拳が毛石の正中線に三度突き刺さる。顔面、顎、みぞおち。全てクリーンヒットだ。

毛石はうめき声すら上げることなく顔から床に突っ伏し、それ以上は動かなかった。


「押忍」


 空手家が敵を倒した後に見せる残心と呼ばれる所作。カジが構えを解くと、止まっていた時間が動き出したかのようにワッと歓声が沸いた。


「カジさあああああああああんん!!!!!」

「すごい!! すごーい!!」

「カジマネ強すぎるぅ~~~!!!!!!」


 少女たちが一斉にカジの周りに集まり、彼の偉業を称賛する。ハルヒなどは駆け寄った勢いのまま彼に抱きついて見せた。


「あてて……コラ、俺はケガしてんだぞ」

 歓喜の輪の中にアキも歩み寄る。


「……やっぱりアタシの目に狂いはなかったみたいね! あなたはとてつもなく強い……!」


 アキが珍しく興奮気味にカジに話しかけると、「へっ」とカジは照れくさそうに笑った。


「でも、戦えない理由があるんじゃなかったの?」

「あ……あー、それは………………〝事情″が変わったのさ」


 カジが苦笑いして、ごまかすようにVサインをして見せた。


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