第28話 死神回廊の戦い② -罠-
前回のあらすじ:カジ、チャンス!
「勝機! オオッ!」
カジは右拳を握りこむと、間合いの半歩先にいる毛石へ攻勢をかけた。毛石に新たな武器を装備させるヒマを与えず、一気に決着をつける算段だ。しかし……
「罠に飛び込むは愚かな獣の習性……」
このカジの攻撃は誘発されたものであった。瞬間──
バチバチバチバチ!!!
耳をつんざく高圧電流の発生音!
「があああーっ!!!!」
毛石の袖下に隠されていたの違法改造スタンガンが発動したのだ。出力は驚異の90ミリアンペア!護身の域を遥かに逸脱した電撃がカジを襲う。
「【聖なる宝具♰裁きの雷♰】」
「ぐうぅ…………く……そっ、油断………」
カジは失神こそしなかったものの、たまらず半歩後退した。だが、電撃のショックで体勢は崩されたままだ。腕のガードも運足もなく、打ち込んでくれと言わんばかりに無防備な頭部が敵前にさらされていた。このスキは実際致命的であった。
「【聖なる宝具♰白銀の丁字架♰】」
毛石はスタンガンとは反対の袖下から長さ40cmほどのチタン製ハンマーを取り出した。
「♰アーメン♰」
慈悲なき祈りを呟くと、毛石は横なぎにカジの顔面を振りぬいた。
ガシャン!とガラスの砕ける音が鳴り響く。
カジは吹き飛ばされ、廊下に面した教室の引き戸に衝突。そのまま引き戸をなぎ倒し、教室内に倒れこんだ。
「ぐ……おぉっ……!」
頬骨に鈍い痛みが走る。また、電撃の影響で身体が痺れ、立ち上がることが出来ない。カジのその様子を見下ろしつつ、ゆっくりと近づく毛石。その口元は邪悪な笑みで歪んでいた。
「悪魔のケモノよ、人の痛みを思い出すのだ。さすればその魂は天に召され救われる事になるだろう」
毛石は胸元で十字を切ると、倒れたカジに馬乗りになった。
「十三回だ。十三回……悪魔の手先の頭部には十三回【♰白銀の丁字架♰】を打ち込む事で汚れた魂は浄化される」
何を根拠に言っているかなど、もはや詮索する事は無意味だろう。ともかく、毛石は彼の信じる悪魔救済の方法に則り、再びハンマーもとい【♰白銀の丁字架♰】を振り上げた。
「おい……やめろ……」
「2!」
「ぐほッ!!」
「3!」
「がァッ!!」
「4! 5! 6……」
カウント共に何かが砕けるような鈍い音が何度も暗闇の教室に響き渡った。
*
某二丁目。深夜0時過ぎだというのに活気を全く失わぬ夜の繁華街──その一角を街のきらびやかな雰囲気に負けぬ派手な風体の男が歩く。男は怪しげなネオン看板のゲイ・バーに入店した。
「アラ~! 倉ちゃん、ひっさしぶりじゃない!」
「やあママ、久しぶり!」
いかつい見た目の男を、これまたいかつい見た目の男(?)がもてなす。
「ようやく面倒な仕事が片付いたんでね! 今日は久しぶりにパーと飲んじゃおうッて思ってさ」
倉原は豪快に笑うと、すぐに出されたジョッキのビールをこれまた豪快に飲み干す。
「あーら、お仕事タイヘンなのねえー。倉ちゃん確か人材派遣の仕事してたわよね?」
ママと呼ばれた熊のような見た目の店主が倉原に話しかける。
「人材派遣……というより、やっかい事を処理するアホを探す仕事だな。いわく付きで受け手のいない仕事を食い詰めてる奴らに捻じ込むんだが、最近は法令も色々うるさくなってきてるから、何かと大変なんだよ」
「まあーあいかわらずアコギねえ!」
「がっはっは! 今回の仕事は飛び切りいわく付きだったんでね! 引き受け手が中々見つからなくて困ったよ」
二杯目のビールを半分まで飲みながら、倉原は上機嫌に話す。
「へえーじゃあ苦労したのねえ」
「まあね。でも俺の人脈もけっこう広くてさ。空手道場時代の知り合いに、ちょうどいいゴロツキがいたんで、何とかそいつを捻じ込めたんだよ! 事後処理も終わって万事解決! ま、これも俺の人徳ってやつです」
得意げにそう話すと、倉原は再びガハハと笑って見せる。
「でも、いいのぉ? その人友達だったんでしょ?」
「いやあ、友達なんかじゃないよ! ただの知り合い! 空手が強いばっかで他に何のとりえも無いクズだったから、少しでも社会の役に立ててよかったんじゃないかな?」
「ふーん……それにしても倉ちゃん空手なんてやってたのね! いいガタイしてると思ってたけど、アタシ強い男大好きよ~」
ママ(♂)は、うっとりした表情で倉原の二の腕に手を回す。
「ぐふふ、まあ昔のこと! 空手なんて実社会じゃほとんど役に立たないし……ま、鍛えた体が二丁目のアニキたちにモテるのは良かったかな」
倉原はそういうと立ち上がり、己の肉体美を誇示するように空手チョップのジェスチャーをして見せた。
「んまあリキザードンみたいねえ(昭和)! 武道家っていいわよねえ! 昔、テレビで見た事あるけど、ビール瓶の首をチョップでスパッと切っちゃうやつ! ああいうの、ほんと男らしくて憧れるわあ!」
「ははは! “瓶切り”ね! 俺もガキの頃は憧れてたけどさ! でも、あんなのは何の役にも立たない子供だましだって分かっちゃったからなあ……」
倉原はかつて己が打ち込んでいたはずの空手を殊更に卑下して話す。カジに対しての話し方もそうだったが、この男には実利にそぐわぬ事や少年のロマンのようなものを見下して話す傾向があるようであった。
「あ、そうそう、さっき言ってたゴロツキなんだけどさ……確かにクズでバカなやつなんだが、空手の腕はもの凄くてさ! その“瓶切り”……」
「え! もしかして出来たの!?」
「ああ、それも普通ならビール瓶の首のとこに横から手刀を打つんだけどさ、何とそいつは……」
そこまで言って倉原は近くにあった酒瓶の真上から直角に手刀を振り下ろすジェスチャーをした。
「縦に真っ二つにしやがんの」
「えーーーーウソだ~!?」
*
「ふむ、まだ12発目だったが、こと切れたか…」
暗がりの教室で動かなくなった人間大のそれを見下しながら、死神のような男が呟く。右手には血の滴るチタン合金製のハンマー。敵を打ち破ったはずの男の表情には勝ち誇りの相はなく、その声には哀愁すら感じさせた。
「アーメン……哀れなケモノも死の瞬間には人間に戻れた事を願うばかりだが……うーむ、とりあえずもう一発打っておくか…」
「きゃああああああああああああああ!!!」
「ん?」
毛石が振り向くと、教室扉の前に数人の少女たちが立っていた。カジと毛石の戦闘の気配は上階にも伝わり、異変に気付いた彼女たちが様子を見るために階下に降りてきたのであった。
「ひ、人殺しっ!!!!」
「やあ、お嬢さんたち、いつからそこに?」
軍用コートに返り血を浴びた不気味な出で立ち。不自然なまでの柔和な態度が禍々しさをさらに際立たせる。
「ち、ち、近づくな! ストーカーやろー! それ以上近づくならあたしのレスリングでぶん投げてやるから……」
「あ、あたしも剣道の有段者だ! この竹刀で脳天叩き割ってやる!」
戦闘要員として召集された二人が前に出て威嚇する。この状況においては臨戦態勢を取れただけでも17、8歳の少女としては立派であった。しかし、その威勢も毛石が一歩近づき、視線を向けると瞬時に霧散してしまう。
「キミたちも……悪魔の手先かい?」
「あ……」
人生で感じたことの無い恐怖。毛石がほんの少しの殺意を向けると彼女たちは圧倒され、まともに動くことすら出来なくなってしまった。まさに蛇ににらまれたカエルという体だ。
「邪魔さえしなければ君たちに危害を加える気はないよ……それより預言者の娘たちは…」
そこまで言いかけて毛石は少女の後ろに控えるショーコに気が付いた。
「おお、今水翔子!」
「あえ……! わ、わたし……?」
ショーコがたじろぎ一歩下がると、そのすぐ後ろからハルヒも姿を見せた。
「おお、デカイ! 噂以上の迫力!」
「浜星遥陽もいたか……」
毛石がミナミティのメンバーの姿を認めると、カジの傍を離れてゆっくりショーコたちの方に歩み寄る。
「ちょっと! またワケわかんない事になってるじゃない……ってカジマネージャー!?」
今度はヒロが反対側の扉から顔を出す。しかし、毛石は最初に見つけたショーコたちに気を取られているのでヒロには気付かなかった。そのスキにヒロは安否を確認するため倒れているカジに接近する。
「ぶつかる二つの太陽は、四角い雲に覆われて♪」
毛石が唐突に歌い始める。
「どちらか沈み、残るは片っぽ、ああ、これって運命なのね♪」
彼が歌いだしたのはミナミティの楽曲“ふたりの場所”だ。彼女たちの楽曲の中でもかなりマイナーな曲である。
「砂にまみれて倒れても、また立ち上がろう、ああ千の秋が過ぎ行くとも♪ ………………この詩は終末の世界を予言した唄だ」
「え!?」
毛石が唐突に語りだす。
「君たちは偉大な予言者だ。太陽が沈み、とこしえの闇に包まれた世界……街も緑も朽ち果てて、砂漠だけになった終末の世で民衆を導くため、君たちは現世で予言を詩に紡いでいる……そうだろう?」
「ち、ちがいます……その歌詞はテレビで相撲の千秋楽の取り組みを見ている時に思いついたんです」
ショーコが恥ずかしそうに歌詞の由来を訂正した。
「番狂わせがあって、座布団が舞ったのを見て綺麗だなーって思って、それで……って、あの……」
「…………どうやら君も既に悪魔の洗脳を受けてしまったようだ」
「ちょっと! ほんとに殺されちゃったわけ? ねえ!」
ヒロはカジの傍に駆け寄ると、出血の跡に動転しつつも彼の身を案じて体を揺らす。しかし、カジに反応は無かった。
「大丈夫……たった13回……13回だけでで治るから」
「毛石親千穂さん!」
毛石が再びショーコたちに接近を始めると、今までどこにいたのかようやくアキが登場した。アキは彼女たちと毛石の中間に陣取ると、毛石に言葉を投げかけた。
「うちのアイドルに何か用かしら?」
「預言者を救う……それが私の使命だ」
毛石は相変わらず、常人には理解できない理屈を並べ立てる。問答の通じる相手ではない事はソトジマ電気での出来事でアキも悟っていたはず。それなのに、今のアキにはあの時には失われていた泰然とした態度が感じられた。
「はあーーー……ま、どんな理由であれうちのアイドルに会いたいんならさ」
彼女の余裕。それは、今の彼女にはソトジマ電気の時には無かった秘策があったからというのもあったが、それ以上に──
「マネージャーにアポを取ってからにして下さい」
倒れたカジの人格獣から力強いオーラが立ち上るのを感じられたからであった。




