第27話 死神回廊の戦い① -ちょまはさメソッド-
前回のあらすじ:カジVS胴長爺さん、戦闘開始!
「いらんわ、んなもん!!!」
カジは叫び声と共にダービー・レースの優駿の如く地を蹴り、猛スピードで毛石にせまる。
読者の皆さまには周知の通りカジは空手家である。近接打撃戦のスペシャリストであり、その技量は一様ではない。毛石との距離は現時点で約25メートルあるが、カジは間合いさえ詰めてしまえば相手がたとえ拳銃を所持していても制圧できる自信があった。
「悪魔の僕よ、懺悔せよ」
毛石はわずかに重心を移動させるだけでその場を動かず、軍用コートの秘密の内ポケットから武器を取り出した。
「【聖なる宝具♰満月のロザリオ♰】」
毛石が手にしたのは拳銃ではなかった。彼が「聖なる宝具」と称して取り出したのは円盤状の極薄金属。金属の円周は鋭利かつ連続した刻み目になっており、窓から差す月明かりに照らされた形状はまるで……
「ただの丸ノコじゃねえか! って、チョマっ!?」
カジは身を翻し、投げつけられた刃を回避した。
「っぶねーな! 図工の授業の時、いたぜ! ふざけて刃物投げるやつ!」
カジは意外な飛び道具に対しても臆した様子を全く見せない。常在戦場を旨とする武芸者の心得だ。そして、そのまま更に距離を詰めるべく前進を再開。だが今度は飛び道具を警戒した小刻みの運足でだ。
「悪魔め、かわしたか……では」
毛石が再びコートに手を突っ込むと、右手に6枚!左手にも6枚!ババ抜きゲームの手札の如く両手に丸ノコ……もとい【♰満月のロザリオ♰】を並べ持った。
「手札はすべてジョーカー…………〝斬身一帯″!!!!!」
毛石は刃を持った両手を逆水平に振りぬいた!丸ノコ手裏剣一斉掃射である!2メートル強ほどの幅しかない廊下はたちまちシュレッダー機の取り込み口のごとく危険な刃で埋め尽くされた。
「ぬうっ!」
カジは瞬時に飛来する斬撃群の入射角を予測し、最適の回避動作を選択する。
「チョマーーーーー!!!!」
珍妙な発声と同時にカジは上半身を旋回させる。ひとさし指を振るかのような速度だ。上段付近に飛来した1層目の斬撃群を回避!
次いで縦軸回転を伴い跳躍。ジャグラーにトスされたジャグリング・クラブのごとき宙返りで中~下段に飛来した2層目の斬撃群もやり過ごした。
そして、着地と同時にすかさず反撃のスタートを切る。ここまでの所要時間はジャスト1秒。神業である。
「イカれたジジイだ! ぶちのめしてやる!」
アクロバットの直後でも息一つ乱さないのは、空手家特有の息吹の呼吸をしているためだ。そう、カジが早朝に訓練しているあの呼吸法である。毛石までの距離は約10メートル。やはり飛び道具を警戒して特殊な運足のまま前進する。
「おお……! 悪魔の正体は地獄のケモノか」
カジの恐るべき敏捷性を目の当たりにしても特にひるんだ様子はない。毛石もまた熟練の戦闘巧者の胆力を持っており、落ち着き払って背面部に手を伸ばす。
「悪しきケモノは世に災いをもたらす……我が手で直接討ち払わなければ」
毛石は忍者が刀を引き抜くようにコートの下に隠して背負っていた長尺の得物を手にした。棒状の得物は先端が湾曲し、二又のフォークのような形状をしていた。
「【聖なる宝具♰ウルバヌスの錫杖♰】」
「バール……のようなもの!」
毛石は新体操のタクトのようにバールのようなものを軽やかに扱う。
「大悪魔バアル・ゼブブの名前を語るとは、悪魔の手先に相応しいな」
カジは警戒しつつも前進速度は緩めず間合いを詰める。毛石との接触まで距離5メートル。4、3、2……
「フンッ!!!」
「チョマッ!!!」
カジはバール攻撃を回避!だが、すぐ様反撃には出ない。毛石のバール捌きが振り回すのではなく小刻みに押し引きするような動きであったため大きなスキは出来なかったからだ。
毛石の攻撃には一撃で致命打を見舞う意図は無い。しかし、それが理解できた故にカジは一層警戒を強めた。
(十鬼流か琉球棒術か……いずれにせよ素人の棒捌きじゃねえ)
狂人のような言動に反して毛石の攻め手は体系化されており、かつ冷静であった。
「ハァッ!!!」
二撃目の横なぎもカジは難なく回避した。しかし、これも大振りでは無い。故にやはり明確な隙は生まれない。小ダメージで体勢を崩させるか迂闊な反撃を引き込むのが狙いなのは明白であった。
(警官隊の包囲を突破して逃げたと聞いたが、やはり闘い慣れてやがる!)
カジは「見」のまま、毛石の間合いギリギリに陣取る。カジの基本戦略は間合いを詰めた状態で時間を稼ぐこと。毛石を打ち倒す必要は必ずしもなく、通報した警察が到着するまで粘るか最悪彼を撤退させれば勝利条件を満たせるのである。となれば、明らかな隙が無い限り攻めるのは愚策だ。
「どうした悪魔よ、避けるだけか?」
毛石もカジに反撃の意思が感じられない事を洞察した。ならばと、すぐさまそれに乗じて更なる攻勢に出た。
一手目。バールの先端を正面に突き出し、ト音記号のような軌道を宙に描く!目にもとまらぬ高速フェイント……からの踏み込み打突攻撃!
「ちょまっ!」
カジは先端の軌道を見切って上半身捻り回避!
二手目。毛石は踏み込んだ体制からバールを水平に持ち直す。直後、狂った方位磁針の様に左右不規則に振り回し前進!横軸ランダム攻撃!
「チョマチョマチョマッ~!」
背面ダッシュとスウェーバックの合わせ技で回避!
三手目。毛石は前進しつつカジを壁際に押し込むと、体をやや横に向けてバールを背負う。出所の見えづらい構え!そこから脳天を狙い振り下ろし攻撃!
「CHOMAAAAAA!!!!」
正面2時方向、毛石の右わき斜め下に飛び込む!前転すり抜け回避!
「むう……」
左右・高低・緩急を使い分けた毛石の猛攻であったがカジはその全てをかわし切った。選択する回避動作の多様さと判断力の高さは日頃の鍛錬だけでなく、実戦経験の豊富さも物語っていた。
「当たらねえ、当たらねえ! 当ったらねえなあ、そんな攻撃はァ!」
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「防御? アタシの流派にそんなんないわよ」
「はあ!? んなバカな……」
「うちは実戦流派だからね。実戦とはつまり日常。日常で迫る脅威に対抗出来なきゃ意味がないの……考えてみ? ナイフ、拳銃、車、爆弾、野生動物……日常で迫る脅威には律儀にグローブをつけた奴のパンチなんて無い。肉体で受けきれるものの方が少ないのよ。だから受け技なんて必要ナッシング!」
「理屈は分かるけどさ……受け技のない空手流派なんて聞いたこと無いぞ」
「さる高名な武術家はその戦い方を〝蝶のように舞い、蜂のように刺す″と評され、攻撃を受けることなく相手を制したと言われるわ。アタシらの目指すところもつまるところはソコね」
「当たらなければどうという事はない……ってやつか? しかし、蝶のように、蜂のようにって、この前は獅子のように力強くとかって言ってなかった?」
「そうだったっけ?」
「うーん、なんだか机上の空論な気もするがな~」
「男が細かいことを気にしない! ハイ! じゃあ反射の訓練続けるよ! 蝶のようにで躱し、蜂のようにで攻撃! 蝶・舞う・蜂・刺す! このリズムで! ハイ! 蝶・舞う・蜂・刺す、蝶・舞う・蜂・刺す……」
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「〝ちょ″うの様に〝ま″い、〝は″ちの様に〝さ″す! 略して“ちょまはさ”! この〝ちょまはさメソッド″を極めた俺には、アンタごときの攻撃かすりもしないぜ!」
カジはかつての師の教えを思い出しつつ、毛石に言い放った。
「悪魔の言葉は理解できぬ……」
毛石は振り返ると再びバールを振りかぶりカジを襲う。しかし、攻撃が当たらぬ苛立ち故か、今までの様な慎重さは無く、その動きは無造作な大振りであった。このスキをカジは見逃さない。
「そこだッ!」
中段回し蹴りが毛石の手をはじく。バールのようなもの、もとい【聖なる宝具♰ウルバヌスの錫杖♰】は毛石の手から落ち廊下に転がった。




