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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第26話 逢魔が刻

前回のあらすじ:深夜の学校、レコーディング中


「撮り終わりましたーーーー!!」


 深夜の音楽室に声が響き渡る。 


「時間は……あう! 23時50分! 1曲撮るのにどんだけ時間かかってんの!」

「アンタがあれこれ文句言うからでしょー」

 レコーディングを首尾よく終え、少女たちから安堵の声が漏れる。


「カジさん、ごめんなさい。こんな時間まで付き合わせちゃって」

 アキがレコーディング中すっと周囲を警戒していたカジに声を掛けた。


「いや、よかったよ。結局ストーカーも来なかったし……あっ、そういえばさっき外でお巡りさんが見回りしてたし、それ見て逃げたのかもな!」

「だといいんだけどね」

 アキの表情にはまだ不安が残っている様だった。


「いい曲が撮れました! カジさんのおかげです!」

 ショーコがカジに感謝の言葉を述べる。


「はは、俺は何もしてねーじゃん」

「いやいや、空手の達人が守ってくれてたから安心してレコーディングで来たんスよ!」

 今度はハルヒがカジを称賛した。


「んな、大げさな…………ちょっと外で一服してくるぜ」

 カジは満足げに笑いながら、扉を開けて廊下に出た。

「あれカジマネ、たばこなんか吸ったっけ?」



 カジは廊下に出ると、月明りが差し込む窓の傍に立つ。

「ふぅ……ミナミティ……アイドルか」

 背広の内ポケットに手を突っ込む。取り出したのは、タバコではなく古ぼけた女児向けキャラクターが表紙に描かれたメモ帳であった。強面のカジには全く似つかわしくないそのノートをめくって行くと、「空手を使う3つのじょう件」と書かページが開かれた。


/////////////////////////////////////////////////////////////////////

空手を使う3つのじょう件



その1、勝負のとき



その2、大切な人を守るとき



その3、



/////////////////////////////////////////////////////////////////////


 そのページには3つのじょう件とあったが、3つめの項目には何も記されていなかった。カジは胸ポケットからペンを引き抜く。

「ミヤコ先輩、俺はまだ言いつけを守ってますよ」

 カジは懐かしむようにノートを見つめながら、虚空に呟いた。

「条件を足していいのは一回だけ……俺は……ん?」

 カジが窓の外に目を凝らす。


「…………あ、あれは……!」


 カジは窓の外、校庭に見えた「ソレ」を認識すると、すぐさま踵を返した。


「カジさん!!」


 大きな声で話しかけられる。振り向くと、そこにはヒロがいた。カジに何かを伝えるために音楽室から出てきた様子であった。


「い、石竹さん……今は…」

「ごめん!!」

「えっ?」

 カジはヒロの意外な言葉に驚いた。


「ふうっ! 先に謝ったんだからあんたよりアタシのが偉いからっ!」

「なんだ、それ!」

「…………その……色々と、言い過ぎました。アタシ、自分の事ばっかで周りの人たちの事見えてなかった……あなたの事も、少し誤解していたかも」

 ヒロがカジに伝えたかったのは謝罪の言葉であった。そして、それはカジも同様であった。


「俺も君たちの事を誤解していたかもしれん……」

 そこまで話し、カジは頭を振る。

「いいや違うな、俺の考えがそもそもねじくれ曲がってただけか……」

 カジはヒロに向かって歩き出し、すれ違いざまに話す。


「思い出したんだよ。誰かが頑張って歩く姿が、進むべき方向を教えてくれることもあるって……今度、ゆっくり話してくれよ。アイドルの事、君たちの事。だけど、今は……」

「ヒロちゃーん!」 

 音楽室から声が聞こえ、ヒロが振り向くとショーコの姿があった。


「今から中で完成版を流してみるから一緒に聴こーよ!」

「あっ、待って今行くから! よかったらカジマネージャーも一緒に……って、あれ? マネージャー……?」


 ヒロが再びカジの方向を見た時、彼の姿は既に見えなくなっていた。


               *


 一歩、また一歩。悪魔は巨大な体を音もなく運ぶ。もたらされるものにとっては不幸でしかない死のリスクを伴って。ゆっくりと、静かに、そして着実に。漆黒の闇を纏い、死神は近づいていた。平穏の夜を突如として阿鼻叫喚で埋め尽くし、所業を聞いたものの心胆を握りつぶすほどの惨事を起こすべく。怪談として語り継がれる暴挙を歴史に刻むべく……


「終末の世が訪れるのだ……その前に希望の子らを救い出さねば」

 山手米洲女学院、校舎1階──胴長爺さんこと、毛石親千穂(けいしちかちほ)は暗がりの廊下を進み続ける。目指す先は当然ミナミティの居る音楽室だ。


「よお……爺さん」


 向かう廊下の先から声がする。


「ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ介護サー()ビス付き高()齢者住宅()にとっと帰りな」


 暗闇から現れたのはカジである。上階の窓から校庭に侵入してきた毛石の姿を目にし、迎撃のために1階に降りてきたのだ。毛石は突如現れたカジに驚いた素振り一つ見せることなくブツブツと独り言を続ける。


「終末の世界に備えなければならない……予言者は聖歌の詞に理を紡ぐ……」

「毛石親千穂だろアンタ? 連続殺人犯の」 

「私がカタストロフィを垣間見ることができるのはほんの一部だけ……世には預言者の力が必要なのだ」

「警報機を作動させずによく侵入できたな?」

「だから私が悪魔の手から……預言者を保護しなければならない」


「それ以上近づくな!」


 会話の全く成立しない毛石に業を煮やし、カジが叫んだ。


「言っとくが当然! 警察には通報してあるッ! ミナミティを襲ったとしても、そのあと逃げ場は無いぜ!」 

 カジの言い放った言葉など全く意に介す様子もなく、毛石は再び歩を進める。


「悪魔の民は悪魔の洗礼を受けた哀れな異教徒……」

「オイ」

「洗礼を解くには宝具によって聖痕を刻みこむ必要がある……」

「オイ!!」

 カジの全身の筋肉が急激に熱を帯びる。避けられぬ対決への備えが、無意識のうちに体内で始まっているのだ。


「私は悪魔の民も救済する……そのために労は惜しまない」


 時刻は深夜23時59分。逢魔が刻に鐘が鳴り響くことはない。戦闘開始の合図は、それぞれの覚悟が心に告げる囁きのみだ。カジは肺に深く空気を送り込むと拳を強く握り込み、重心をつま先へと移動させた。


「……話の通じる手合いじゃないか」

 カジが迫る危険に視線を固定させた時、毛石は邪悪な笑みを浮かべて言い放った。


「聖痕はどこに欲しいか?」


 ──先に廊下を駆け出したのはカジだった。


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