第24話 この期に及んで…
前回のあらすじ:胴長爺さんの襲撃をしのぎ切り、一同は学校へ
「ごめんっ!!!」
学校に戻るなり、ヒロは全員を音楽室に集めて事態の説明を行った。
「そ、そんな……人殺しのストーカーだなんて……」
事ここに至っては事実を隠している余裕はない。ストーカーの正体が指名手配中の殺人犯であることはアキからメンバーに周知された。
「ヒドイ! そーゆー女になら何してもいいって思ってる連中、まじで許せないから!」
レコーディングの為に集まったミナミティの級友たちは口々に憤りの言葉を述べる。
「でも、ヒロたちがそんな危険な目にあってるんならアタシらだって黙ってられないよ!」
「そーだ! そんなヤツにびびる事ないって! レコーディング続けようよ!」
このまま学校にいては危険だという事も十分に説明したはずである。しかし、危険に巻き込まれた事に苦情を言う者はおろかレコーディングから降りたいと言う者さえ一人もいなかった。
「持ち回りで見張りをしよう! ストーカーヤロウだってこれだけ人数がいればそうそう手を出せないはずで……」
「ダメ!!!」
ヒロは勇む彼女たちを一喝した。
「アタシたちのために、皆を危険には巻き込めない!」
悲痛な表情で言葉を絞り出す。ショーコ、ハルヒも同じ表情だ。
「ヒロ……でも……」
「アタシたちがここにいるうちはアイツがみんなの帰り道に向かう事はないはず……だから、お願い! アイツがここに来ない内に早く……!」
「えっ、ヒロたちは残るの!? それじゃ、なおさらアタシらだけで帰るわけにはいかないよ!」
少しでも役に立ちたいという思いなのだろう。級友たちは釈然としない様子でヒロに抗議する。
「みんな、ごめんね……わざわざ時間を作って集まってくれたのに……でも、みんなを危険にさらしたままじゃ、アタシたち歌えないよ」
「たはは……みんな、ありがとう……みんなのパワーだけは貰っとくからさ!」
ヒロに続いてショーコとハルヒも説得に加わる。
「で、でも、今日レコ―ディングしなかったらどーすんの? せっかくセカンド・ノアで新曲を披露する機会なのに……」
「その時は今ある曲を歌えばいいだけだから。人の命に替えられることじゃないよ」
ヒロがそう言うとミナミティの3人は集まったサポートメンバーを強引に帰宅させてしまった。
アイドルのリスクは自分たちだけで背負う──ともすれば傲慢ともとれる程の矜持だが、彼女たちミナミティは全員がその価値観を共有していた。まして、自分たちが原因で友人やファンに危険が降りかかるなど、彼女たちには何よりも許せない事であった。
「これで良かったんすか?」
その様子を後ろから見ていたカジが、同じく静観していたアキに問う。
「……仕方ないわね。胴長爺さん、もとい毛石親千穂……あいつは危険すぎるから」
アキの表情はいつになく硬い。
「それにあのコたちが納得できないのなら、レコーディングも何もないのだし」
平静を装ってはいたが、彼女の言葉には悔しさがにじんでいた。
「…………で、これからどうするんです? 俺らもぼちぼち解散しますか?」
「いえ、しばらく音楽室で対策を考えましょう。下手に外に出れば待ち伏せを喰らうかもしれないし……」
様子見。すなわち現時点では有効な備えが用意されていないという事だ。アキが策を講じるのに熟考を必要としたのは、カジがマネージャーになってから初めての事であった。
「アキちゃん、分かったよ」
「アンタが言うなら待つ意味があるのね」
「アキ参謀! パワーのある作戦を考えてよ~!」
ミナミティのメンバーもアキへの絶対の信頼故か、待機指示に素直に従う意思を示した。
「…………オーライ、分かった……だが結論は早めに出してくれよ」
カジも待機指示に渋々承知する。
確かにこの音楽室は南北2か所に扉があり、ソトジマ電気の時のように入口から追い詰められる事はまず有り得無い間取りだ。また、部屋が廊下のほぼ中央に位置して両側から近づく者を容易に視認できる点、北扉は非常階段に通じる点から、迎撃にも逃走にもうってつけの立地だった。待機するには申し分ない。
しかし、いつ敵が襲ってくるかも分からぬ状況で、ただ待つだけという時間はあまりに長く感じられた。アキは時折天井に目を向けたり、携帯を操作するしぐさは見せたが、黙して語らず、深い思考を巡らせている様子であった。
刻々と時間だけが過ぎてゆく。10分経過、20分経過、30分……しびれを切らしたカジが再びアキに指示を仰いだのは、時刻が20時30分を回った頃であった。
「ふぅー、結局どうするんです? 何にせよ、いつまでも学校に立てこもる訳にもいかないでしょ? 機を見てこのコたちも家に帰さないとさ……」
北扉の前で外部を伺いつつ、カジが問う。
「…………アイツを間近で見て分ったのは、アイツは家にいたってお構いなしに襲ってくるって事。新藤の時とは違う……それほど凶悪な人格獣のカタチだったのよ」
「じゃあ、やっぱり警察を呼ぶしかないんじゃないですか?」
「それも考えたけど…………うん、それよりもやっぱり……今日ここでアイツをおびき寄せてとっ捕えましょう!」
「なっ! この期に及んでまだ……!」
「その方が確実に脅威を取り除ける……! 毛石は必ずまた襲ってくる! それも私の読みでは今日明日のうちにね! 危険だけど、警察を呼ぶのはあいつの姿を確認してからにしましょう……誘い出す前にアイツに警戒されたら意味が無いわけだし」
カジは呆れた顔で何かを言おうとしたが、話を聞いていたヒロがそれよりも先に発言した。
「アタシも賛成ね。このまま断続的に狙われるよりも、今日決着をつけた方が気も楽だわ」
「いやいやいや、ちょっと冷静になれって!」
楽観主義も度が過ぎる。カジがそう考えたのは無理もない。しかし、彼が直後に驚いたのは彼以上の穏便派であるショーコもアキの意見に賛同した事だった。
「みんなゴメンね。もとはと言えばアタシが歌詞を作るのが遅くなっちゃったせいで……これ以上皆に迷惑をかけ続けるくらいなら……あたしも残ります!」
となれば楽観主義の権化・ハルヒが反対するはずもなかった。
「アタシもアキに賛成! こっちには空手の達人がついてるんだしね~!」
危機に瀕してもあくまで結論は急進的。しかして、方法論が曖昧に見えるのは若さゆえの無謀さからか。少なくともカジには納得のできる論理では無かった。
「お前ら正気か!? それこそ新藤の時とは違うんだぜ! 毛石は殺しになれてる! それに警察の包囲網を力づくで突破したって事は、正面から戦った時の強さもあるって事だ! やつを見つけてから警察が来るまで俺一人でなんとかできる保証はないぜ! それに…」
「いいわよ! 命をかけて戦ってもらわなくても!」
ヒロがカジの反論を遮る。
「情熱のない仕事で危険なことするのは嫌だもんね? ましてアイドルなんかの為に体を張るなんてさ……嫌ならアタシらだけで何とかするし、カジさんは帰ってもいいから!」
語気を荒げて一気にまくしたてるヒロ。ソトジマ電気での一件を知らないショーコとハルヒはヒロの態度に驚いた。
「ちょっとヒロちゃん!!」
「ヒロ、どしたん!?」
ヒロの激高にカジも少々面食らうが、努めて冷静に大人の意見を言おうと振る舞う。
「……今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう……なあ、ここは一つ落ち着いて…」
「いいえ、ヒロの言う通りです!」
今度はアキがカジのセリフに割って入る。
「カジさん、あなたにひとつ聞きたいことがあります」
アキがカジに敬語を使うのは重大な事を話す時だけだ。
「あなたは戦えますか? カジさん、アナタの強さは毛石をも凌ぐものだと私は確信しています……でも、それはアナタが強さを正しく発揮できた時に限ってです」
迂遠な言い回しである。ヒロたちは彼女の言葉の意図する事は分からなかった。しかし、カジには彼女の真意が理解できた。
「私はプロデューサーとしてこのコたちを守る覚悟があります……! 身を挺してでもね……でも、カジマネージャー! もしもアナタに同じ覚悟が無いのなら……戦えない理由があるというのなら……アナタの身も危険ですから、今すぐに学校を離れて下さい!」
「………………覚悟も実力も無い奴は必要ないってことか……」
「雇用の時の約束です。雇用者には従業員を安全なところに避難させる義務もありますから」
アキはあえて核心に触れない様に配慮している。ゲームセンター【大龍】の時も【ラ・ミレプラザ】の時も。アキはカジが戦わなかった事に疑問を持っていた。カジ自身が危険にさらされているのにも関わらず──そして、相手を容易に制圧できる戦闘力を持っているにも関わらず、それを実行しなかった。そして、それが彼ののっぴきならない「事情」にまつわる事だとも察していた。アキは始めて会った時にカジが話した「俺には俺の事情ある」事を汲んでいた。その上で今、カジの判断を促しているのだ。
「お……俺は………」
カジはアキの真意を理解した。「この期に及んで」は彼女たちではなく、自分自身の姿勢にこそ問われるべきだと。
「カジマネ……」
「カジさん……」
「…………」
4人の視線がカジに集まる。
「俺が戦うのは……」
カジが己の「事情」について彼女たちに話し始めようとしたその時──南扉から物音がした。




