第23話 ストーカーパニック2
前回のあらすじ:写真のストーカーその2・胴長爺さん現る!
「さあ、どこにいるんだ……? 怖がらなくてもいいんだよ? 私は君たちを救いに来たのだからね」
胴長爺さんは禍々しいオーラを纏い、倉庫の唯一の出入り口に陣取る。幸い数百平米の広さと照明の暗さ、無数の商品ラックに阻まれてアキたちの姿は視認できない。
しかし、奥は行き止まりであり彼女たちが倉庫から脱出するためには彼とすれ違って通用口に向かう必要があった。まさに絶対絶命。さながらギリシャ神話のミノタウロスの迷宮である。
「あ、あいつ……写真のストーカーの……!」
二人は事前にストーカーの侵入を察知したおかげで奥の物陰に隠れることが出来た。ヒロは入口方面を伺いつつ、小声でアキに対応を問う。
「なんとか入口まで行かなくちゃ……! ねえアキどうするの? アキ…………アキ?」
ヒロは返事のないアキの方を見やる。
「周りに人気が無かったおかげですぐ気づけた……でも、学校から尾行があれば気が付いたはずなのに、どうして……」
アキはヒロの声が聞こえていない様子だった。普段見せるような泰然とした余裕はなく、少なからず動揺しているようでもあった。それは彼女の計算通りに事態が運ばなかった事への驚きにも起因したが、それ以上に圧倒されたからでもあった。
胴長爺さんこと連続殺人鬼・毛石親千穂の規格外の人格獣にである。
「血まみれの……顔が半分ただれた……どす黒くて、巨大な虎……こ、ここまで不気味な人格獣は初めて見た……」
ヒロは彼が連続殺人鬼であることは知らされていなかったが、アキの様子から侵入者が常軌を逸した危険性を持っていることをすぐに察した。
「ねえ、今ミカさんは?」
「もしもの事があるから学校の方に待機させてたの……こっちにはカジがいたから」
「じゃ、じゃあ、アタシらだけで何とかするしか無いって事!?」
彼女たちの緊張が最高潮に高まった時、コツッという足音が鳴る。毛石が倉庫の奥へと歩き出したのだ。
*
駐車場──カジは駐車した車の中で暖を取りながら車中のFMラジオを聴いていた。
『湘南ベイベイの耳よりアイドルニュース! まずはヒットチャートランキングから……』
「……またやっちまった」
仕事を始めておよそ3週間──新しい職場で言い争いをし、上司からはお叱りを受ける。一般的な新入職員の立場として見れば、最悪の部類だと言えた。素行不良でクビを言い渡されるケースもあるだろう。
(はあ、今回ばかりはホントへこむぜ……)
ただ、カジにとってはこういったトラブルも珍しい事ではなく、今までほとんどの職場で何かしらの揉め事を起こしてきた経緯があった。全てのケースで必ずしもカジに非があったという訳ではなかったが、この国の企業では和を乱す者は何よりも嫌われる。その結果、短期の離職を何度も繰り返し、「何をやっても長続きしない男」のレッテルを重ね張りされて今に至るのであった。
しかし、カジという男はどうしようもない男である。彼は職務上の意見の衝突や生意気な態度を批判されたとして反省など毛ほどもしない。彼がいま自責の念にかられるのは別の理由からであった。
「俺は夢のために頑張っているのか……だって? …………ククク、頑張ってねーよ」
痛いところを突かれてしまった、とカジは思った。三本の指を額に当てうつむく。
(食いぶちの為に引き受けた仕事……やりたくて始めた訳じゃねー。そんな俺が何を偉そうに人の生き方について語っちゃってんだよ……)
『さあ、1位は三週連続! 破竹の勢いが止まらない! “アメーテルス”の「イザナミプライド」!!』
(湘南ベイベイ……アイドルってやつの事を知るために毎日聞いてたが……正直まだアイドルとかいう職業を好きにはなれてねえ……でも)
初出勤の時。書類を盗まれ途方に暮れていたあの時……彼には逃げるという選択肢もあった。しかし、今この瞬間においては、彼の頭の中でその選択肢は提示されていない。
「謝罪のしるしに缶コーヒーでも買っておくか」
そう思い立ち、カジは財布だけを持って車を出た。助手席に置いたままの携帯が鳴動している事には気付かないまま……。
*
「だめ! 電話に気づいてない!」
アキのSOSサインもむなしく、またしてもマネージャーは自身の護衛対象が危機に瀕していることに気付けないでいた。その間も毛石は一歩また一歩と倉庫を前進してくる。
「悪魔がカタストロフを起こす前に……現世に残る預言者が、道しるべを民衆に示さなければならない……私は神に使命を与えられた使徒……」
誰が聞いても正気じゃない事がすぐに分かるような独り言をブツブツとつぶやく。毛石は倉庫の中頃まで到達。彼の接近にもさることながら、その異常な内容を聞き取れた事でアキとヒロの緊張はさらに強まった。
二人は入り組んだ通路を徐々に行き止まりへと追い詰められていく。このまま行けば狭い袋小路で振り返り、そこには迫りくる殺人鬼……というホラー映画お定まりの構図となるだろう。
しかし、彼女たちが選択した行動はか弱きヒロインのようにヒーローの到着を信じて祈る事ではなかった。
「アキ! 一か八か……アタシに考えがあるの!」
毛石が彼女たちを視界にとらえるまでおよそ数十秒。生死を分ける行動を選択・実行するにはあまりに短い刹那であった。
「この奥にいるんだね……予言のマリアたち……一人ずつ助けて教会に連れて行かないと……おお、神よ」
毛石は一本道の最後の曲がり角を迎えていた。そこは先ほどカジとヒロが言い争いをしていた地点で、更にその先の角を曲がると袋小路であった。ここまでの通路で気付かれずに人がすれ違うだけのスペースはない。必然的にその先に彼女たちがいるのは明白であった。しかし……
「おやあ?」
毛石の視界には彼女たちの姿は見えなかった。代わりに見えるのは布の掛けられた大きなラック。人間二人がちょうど隠れられるほどの幅の……
「そこにいるのかい?」
毛石は信じがたいほど無邪気で邪悪な笑みを浮かべると、通路の最奥まで歩みを進めた。
「最初は肉体的な痛みもある…………でも、怖がらなくていい。私は善き教師なのだから。さあ、非現実の王国の少女たちよ。私と…………カタストロフで踊ろうではないか!」
毛石は布を勢いよくめくりあげる──
しかし、中には扇風機など夏物家電の段ボールが積まれているだけで人の姿は見えなかった。
ガタッ──と毛石の背後で音がした。彼が振り返ると曲がり角に置いてあったはずの等身大の着ぐるみが二体無くなっていた。
「………………ハア、ハア! Chouette! 上手くいった! 死ぬかと思ったけど!」
「はやくカジマネージャーに知らせないと!」
二人は毛石が迫る通路に置いてあった等身大きぐるみ人形に入り、毛石が通り過ぎるのをやり過ごしたのだ。
彼女たちは着ぐるみのまま猛ダッシュで通用口を飛び出すと一目散にカジのいる駐車場を目指した。ソトジマ電気店舗の中を頭部だけ外したきぐるみで走る。その姿は他の利用客の奇異の的になったがそんな事を気にする余裕はなかった。そして、1階店舗エントランスの自動ドアを潜ろうとした時だ。背後から迫りくるであろう毛石を気にして前方注意を怠ったヒロは、入店しようとした背の高い男にぶつかってしまった。
「ぎゃあああああ!」
思わず叫び声をあげるヒロ。
「な!? なんです、そのカッコウ!? 二人とも一体何やってたんですか……!?」
しかし、ぶつかった相手は誰あろうカジであった。戻りが遅い二人の様子を見に来たようだ。
「「 た……たすかったァ…… 」」
彼の姿を見て二人は胸を撫でおろした。
カジはこの二人から事情を説明されると、すぐさま近くの警備員数人に倉庫内を確認してもらうよう依頼。しかし、既に倉庫の中に毛石の姿はなかった。
「警察に通報しましょう! やつはまだ近くにいるかもしれない!」
毛石は指名手配中の殺人犯である。彼が姿を現したのであれば新藤の時とは違って警察も黙ってはいないだろう。しかし、アキは彼の主張に対し首を振る。
「いや……通報はいいわ。それより一刻も早く学校に戻りましょう。ここを襲ってきたって事は学校にみんなが集まっていることも知られている可能性がある……アイツが次に向かうのは学校かもしれない!」
アキの指示で、一同はソトジマ電気をすぐに撤収。当初の目的であったマイクも回収し、山手米洲女学院へと帰還する。闇の迷宮を脱した先に待ち受けるのは光か更に深い闇か──
彼女たちの長い夜はまだ始まったばかりである。




