第22話 暗中模索
前回のあらすじ:家電買うならソトジマ電気
「ねえ、ちょっと……」
暗闇の中沈黙を破ったのはヒロだった。商品棚の向こう側にいるカジを呼ぶ。
「なんですか?」
カジは呼びかけに応じて通路を移動した。
「あっちの方探してくれない?」
あっちと指された方にカジが視線を向ける。
ピンクや肌色のカラフルなパッケージが並ぶ通路。そこにはアダルトゲームやアニメキャラの際どいフィギュアなど、成人男性向け商品が所狭しと置かれており、その一角を抜けなければ奥の空間に進む事は出来なかった。
「ああ、了解です」
以外に可愛いところもあるな……と普通の男性ならギャップに萌えるべきポイントだったが、当然カジにはそんな好意的な感想を持つだけの心の余裕は無かった。面倒そうに持ち場の交換に応じると、一帯のピンクコーナーに目をやる。
「しっかし、何だこりゃ…………下からパンツが見える人形に趣味の悪いエロゲーム……うおっ! アニメキャラの等身大着ぐるみ!? カ~ッ、イイ年した金持ちのオッサンで、こーいうの買うやつがいるんだよなあ」
別にいいじゃ無いか!……と、各方面に怒りを買うような言葉を吐くカジ。そういう不用意な発言の積み重ねが、まさに彼の交友関係の狭さに繋がっていた。
「……カジさん」
「なんすか?」
「前にも言ったけど、気を付けてよ。ファンの人たちにはそういうグッズを持った人も結構いるけど……バカにした態度を取るのは絶対ダメだから」
「ああ、ええ、分かってますって」
「あなたがどう思うかは勝手だけど、リアルでは疎まれるような変な趣味があったり、日常が上手くいってないような人たちにこそアイドルは必要だとワタシは思ってるから……ミナミティはそういう人達に希望を与えていかなければならないと思ってやってるの」
握手会の出来事の続きと言わんばかりにヒロは小綺麗な言葉を使ってカジをネチネチと責めた。
「はあ」
うんざりした顔でカジは気のない返事をする。
「なに? その目は?」
「いや別に」
不満げな態度が気に障ったのか、ヒロはさらにこの件についてカジを追及する姿勢を固めた。
「この前あんな事があったのにって言いたいんでしょ? 確かに、ああいう突拍子もない事に走るヤツも中にはいるけれど……それは一部であって、ほとんどの人は違うから。 純粋に応援してくれてる大多数の人たちのために、アタシらは真摯に対応しなきゃいけないし、そうする事がミナミティの人気の基盤にもなってくるワケ……分かる?」
反抗的な生徒に説教する教師のような構図だが、頭ごなしに説教される側の生徒にも言い返したい事はあった。
「それでCDを買ったりライブのチケットを買ったりしてお金を落としてくれる……ですか?」
あくまで穏やかな口調と態度で話していたヒロだったが、カジのその言葉を皮切りに徐々に言葉を荒げていった。
「そうよ、何がいけないの? もちろんお金だっていただきますケド? あたしらの活動にだってそれ相応の時間とお金がかかってるんだから当然の事でしょ! 集まったお金を使ってパフォーマンスをもっと良くすることも出来るし、そうすればファンの人たちにだってもっと大きな元気を…」
「与えてやれる……てか?」
カジは鼻で笑うように言い放った。
「そんな言い方ッ……!!」
「じゃあ、どんな言い方ならいいんすか!」
カジの声が誰もいない倉庫に反響する。
「純粋な気持ちで応援? んなわけないでしょ! みんな出来るなら君らにいやらしい事をしたがってるに決まってるさ!」
カジはポケットから小さなフィギュアを取り出すとヒロに投げ渡した。
「こ、これは……」
「この前のオタクが置いてった君の人形だ……プロデューサーに言われて調べたら中に盗聴器が入っていた」
「ッッ!? そんな……!」
あまりにあんまりなファンの言動だ。ヒロはショックを隠し切れない様子であった。
「分かったろ? やつらは自分の欲求を満たす事しか頭にないんだ! だから平気でこういう事をしでかす! 確かに君らはファンに元気を与えてやってるのかもな! だが、どうなる? 自分では何一つ成し遂げられないクソみたいなやつらに元気なんか与えちまったらさ……私生活ではどーしょーもない、こういうお人形買って自分を慰めるしかないような連中にだぞ! つけあがるさ! 新藤のようにいつか暴走するに決まってる!」
堰を切ったようにカジは不満をぶちまける。
「何でそんなふうに言うの!! あなた、ファンの人たちを何だと思ってるのッ!!」
「君だって言った事だろ! こういうお人形を買ってる変なやつだとか、日常で上手くいかない連中だとかな! 大事なファンの人たちを指して君がそう言ったんだ!」
カジは更にまくしたてる。
「君らは立派さ! 若いのによくやってる! だが一つ勘違いしているぜ! アイドルでも何でも、他人に依存させられた人間が! 何かにすがるしかない人間が本当の幸せを掴める訳なんか無いんだよ! 自分自身の夢を……幸せを掴むには……他人を応援してる余裕なんて無いはずなんだ!」
カジは叫んだ。彼の言葉はヒロにというより別の何かに対して向けられている様でもあった。積年の不遇を自分に与え続けた世の中に……あるいは神に。そして、その境遇に甘んじている自分自身に対して。言い聞かすかのように彼は言ったのだった。
「……あんたアイドルを否定する気? ……じゃあ何よ? アンタには夢があって頑張ってるから人には何言ってもいいっていうの?」
「ッそ……それは……」
今度はヒロの言葉がカジの胸に突き刺さる。彼自身、己の目標だとか夢に向かってひたむきに生きてなどいないのだ。だから、ヒロの言葉には言い返す事も出来ない。
かつては「そうだ!」と胸を張って答えられただろう時期もあった。しかし、今のカジは当時の情熱などとっくに冷め果てていた。残ったのはかすかなプライドと「夢に向かって努力する事は素晴らしい」という今の自身にはとても不釣り合いな──けれども大切に胸の奥底にしまってあるチンケな飾り文句だけだった。
「それなら、バカにしてるアイドルの仕事なんて辞めてしまえばいいでしょ!! 自分の仕事をそんな風に言う人が誰かに認められると本気で思ってるわけ!?」
もっともである。ヒロの言葉は若者らしく、様々な大人の事情には配慮していない。故に正鵠を得ていた。
「……お、俺だって……」
俺だって好きでこんな仕事やってんじゃねえよ!……その決定的な、取り返しのつかない一言は幸いにも声になる事は無かった。
「コラー!! あんたたち、何またケンカしてんの!!」
遅れてきたアキが倉庫に到着した。彼女の不思議な眼力を使わずとも一目で分かる最悪の空気。彼女は二人の間に割って入る。
「カジマネージャー! あたしらがマイクを探して持っていきますから、車に戻ってて下さい!」
「なっ、でも…」
「いいから戻って!」
「…………分かりました」
カジは雇い主の指示に素直に従い、倉庫を後にした。
(…………ああ、クッソ! 俺はまた何やってんだよ! 畜生ッ!)
その後は、きまずい空気の中アキとヒロの二人でマイクの探索を続けた。
二人とも一切言葉を口にしないまま……
「おっ、あったあった! これね!」
5分ほどしてアキが目当ての品を見つけた。
「これでミッションは完了。さあ、マネージャーの車に戻るわよ……て、どしたん?」
アキが極めて不愉快そうなヒロの顔を見やり言った。
「……アキなら分かってるんでしょ? あいつがアイドルの仕事をバカにしてるって」
「ん? んんー……」
「あいつがどれだけ強いか知らないけどさ…………自分の仕事に誇りを持てないやつなんか、今のうちに辞めてもらった方が良いって」
ヒロは当然、使用期間中ならカジを解雇する事も容易であることも理解していた。アキは苦笑いして、その問いには曖昧にしか返事しなかった。
「まあ、一応考えとくわ。あたしも彼のその辺の意識改善は必要だと思ってるから…………でも、ヒロ。あんたがまさかそんな事言うようになるなんてねえ」
「えっ?」
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「ねえ……アイドルってどうやるの?」
「あ、あえ! い、石竹さん……」
放課後の教室。机を合わせて話し込むアキとショーコの前に現れたのは意外な人物だった。
「あんたたち高校生アイドルってのやってるんでしょう?」
そう問いかけるのは転校生の石竹尋であった。帰国子女で、もといた国のカリキュラム時期が日本とはずれていた関係で1年の2学期から転入となった。ショーコと同じクラスだったが、これまで特段絡みはなかった。
「文化祭のライブに出る予定なんだって? それ、アタシにもちょっとやらしてくれないかしら?」
「え、本当ですか!? ちょうど良かった! アタシたちも今メンバーを募集していて…」
興奮するショーコを隣にいたアキが手で遮った。アキは一見柔和そうな笑顔でこちらを見据えるヒロにまっすぐ視線を向けた。ほぼ初対面の人間にまじまじ見つめられてもヒロは全く物怖じした様子を見せない。
「残念ですが、お断りします」
「え!? アキちゃん!?」
ヒロはアキのきっぱりした物言いに怒った様子も見せず、淡々とした口調で聞き返した。
「……へえ、なんでダメなの?」
「あなたが真剣にやるつもりが無いからです」
これまたズバッと言ってのけるアキ。ヒロはくすっと笑って見せる。
「ふうん。まあ否定はしないけど……でもアタシもワケあってちょっとアイドルやらなくちゃいけないの。やるからには人並み以上のクオリティは見せるつもりだけど……それでもダメ?」
彼女は山手米洲女学院に来る前は音楽専門学校にいたのは広く知られていた。また、バレエの心得もありダンス部からの誘いもあるが断っていたこともアキたちは知っていた。故に彼女の自身が虚栄ではないのは明白だった。
「プロを目指せる?」
「……プロ? プロって……プロのアイドルって事?」
「そう」
アキは芯の通った力強い言葉で、ヒロに問うた。
「プロになる事を今ここで約束しろなんて言わない。志なんてのは生きてる内にどんどん変わるものだし……でも、あなたが選ぶ人生の無数の選択肢の中にアイドルとして生きる道が全く無いというのなら……アタシらはあなたと組む事は出来ません」
「…………変なんじゃないの? たかが学校の部活でプロってさ……ねえ、あなたもそう思うでしょ?」
ヒロがショーコに同意を求める。しかし、彼女の眼鏡の奥の瞳は真剣そのものだった。
「あんたら本気なの?」
「野球部なら野球選手、文学部なら小説家、合唱部なら歌手……実力とか見栄とか打算とか、そういうの抜きにして純粋に生業としてアイドルを目指す余地があるかどうか……つまり、あなたがアイドルを好きなのかどうか? あたしたちはそこにイエスと答えられる人とだけしか組めませんから」
「…………なるほどね……じゃあ、いいわパス」
アキの言葉の前にあっさりとヒロは引き下がる。
「アタシはアタシでやるからさ」
そう言ってヒロは背を向けて出口に向かったが、去り際に一言付け加えた。
「ああ、言い忘れたけど文化祭のライブは人気投票があるんだってね! プロがアマチュアに負けたら恥ずかしいから頑張ってね!」
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「む、昔のことはいいじゃないの!」
「昔ったって、たかが2年ちょっと前のことだけどねえ」
アキはふふっといたずらっぽく笑うと、今度は真剣な口調で続けた。
「ヒロ、ひとつアンタに言いたいことが…」
言葉を言いかけた時……アキの背筋は凍り付いた。あるいは電撃を受けて総毛だつような、とてつもない恐ろしさを覚えて振り返る。
「…………アキ?」
「…………なっ……待って…………そんな!? このカンジ……近くにいるの??」
「えっ!??」
彼女は人のオーラのようなものを読んで特性を察知する眼力がある。そして、その能力の影響か人の気配……とりわけ極端に強大なエネルギーを持つ人物の動向は少し離れていても判別することが出来た。
「よりによってカジマネージャーのいない時に…………でも、どうしてここが!?」
ガチャリと通用口の扉が開く。
入口の白い蛍光灯の光から一つの影が出現する。音もなく現れたのは190cmをゆうに超える巨体。濃紺の旧ソ連軍コートに同じく濃紺のハット。白髪を伸ばした面長の顔には、爬虫類のように無機質な瞳が怪しく浮かんでいた。
「見つけたァ……預言の娘達よ……」
写真のストーカーその2、「胴長爺さん」遭遇!




