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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
21/45

第20話 はじめてのレコーディング

前回のあらすじ:人狼握手会は成功したが……


『はい、どちらさん?』

 ぶっきら棒な若い男の声がインターホンの向こうから聞こえる。


『尋? ああ、尋なら朝から出かけてるけど』

 山の手の一等地。100坪はあろうかという敷地にそびえる、白い3階建ての邸宅には「石竹」という表札が掲げられていた。

「そうでしたか……すみません、失礼します」


 カジが玄関前で男の応答を聞くと、すぐさまヒロに携帯でメッセージを送った。数十秒後、「直接現地に行きます」とだけ返事が返って来る。わざわざ家まで来たカジへの謝罪やねぎらいの言葉は無かった。

「……たく、何がプロ意識だよ……プロなら約束の時間ぐらい守れよな……」

 握手会の後にヒロが言い放ったセリフを思い出しつつ、カジは悪態をついた。カジとて送り迎えなどという面倒な仕事を好んでやっている訳では無い。ストーカーの一人が連続殺人犯(シリアルキラー)であることが分かった今、アキからの指示でミナミティの活動はすべて車での送り迎えをする事になっていたのだ。


「ヒロ、おうちにいなかったのー?」

「ああ……約束ごとは守って貰わないと困るんだがね」

「ヒロちゃんならきっと大丈夫だよ」

「まあ、連絡はついてるんで心配はなさそうだけどさ」 

 先に家から車に乗せていたヒロとショーコはカジの心配をよそに呑気な様子であった。彼女たちには未だストーカーの1人が殺人鬼である旨を伝ていない。とはいえ、新藤の一件があった後とは思えない程に彼女たちの危機意識は低いようにも見える。特にヒロについては、護衛としてのカジの存在そのものを軽んじているのでは無いかという疑念も感じられ、カジにしてみれば不快感を覚えずには居られなかった。


(ま……今は、個人的な感情は抑えよう)


 カジは表立っては苛立ちを見せず、ショーコとハルヒの二人を乗せて集合場所の山手米洲女学院に向かった。


               *


「いやー、今から緊張してきましたなー! 武者震いってやつかな!」

 ハルヒは学校に到着してそうそう、興奮気味に声を上げた。


「ああ、俺も楽しみだよ。レコーディングの現場なんて、はじめて見るからさ」

 今日のミナミティのスケジュールは新曲のレコーディングである。新藤宅で作られた歌詞のブラッシュアップが終わり、いよいよ実際の歌を完成させる段まで来たのだ。


「なんだか時間がかかっちゃってすみません……」

 校舎に向かい歩きつつ、ショーコが申し訳なさそうに言った。

「いやいや! その分納得のできる歌詞が出来た訳なんだし、中途半端になるよりその方がずっと良いよ!」

 カジは【ラ・ミレプラザ】でショーコに話していた時とは真逆な事を話した。彼も大概調子のいい男である。


「あとはその歌詞に歌をつけるだけで新曲完成かァ……ん、歌? アレ?」

 と、ここでカジがある事に気が付く。


「えーと、ひとつ聞いていいかい?」

「なんすかー?」

「作詞は完成したと思うんだけど、メロディがないと歌は出来なくないか?」

「今更!?」

 ハルヒのツッコミが入ると、少し笑いながらショーコがカジに説明する。


「今回はね、既にメロディは作ってあったんです」

「へ? そうなの?」

「作曲する方法は大別して2種類あるんです。ひとつめは詩先……つまり歌詞が先にあってそれに合わせて曲を作っていくケース。で、ふたつめは曲先といって、先に作ったメロディに合わせて詩を作るケースです。ミナミティの楽曲はどっちのパターンもあるんですけど、今回は曲先のケースなんです」

「へえー、そうなんだ!」

 カジは子供のようにウン、ウンと頷く。


「今回は曲をあのTAKANORIに作ってもらったんだよね!」

 ハルヒが得意げにそう話すが、カジはキョトンとする。

「たかのり?」

「そう、TAKANORI」 

「えーと…………おともだち?」

 カジの言葉を聞き、ショーコは困惑した顔を浮かべる。


「えっ? カジマネージャーもしかしてTAKANORI知らないんですか!? あのマシンガンズ98’のギター兼作曲家ですよ!」

 一瞬間を置きカジはハッとした。


「たかのり、タカノリ……ってTAKANORI!? あの“マシナイ”のTAKANORIか!? 流石に俺でも知っているぞ!!」

 マシンガンズ98’はこの国の国民的ロックバンドである。CDシングル累計売上枚数2,000万枚以上。代表曲は「波乗り大魔神」「ホワイトローズ」などである。


「そうなんです! なんでもアキちゃんがTAKANORIに個人的な貸しがあるっていうんで曲を作ってもらったんだよね」

「そんな大物に貸しって……康崎Pおそるべし……ハッ、まさか康崎Pがタカノリとまくら…」

「寝てないわよ!」

 ふいに背後から声がする。


「おわ!? プロデューサー!? なんでいつも背後から出てくるんだよ~!」

「ふふふ、まあ、ちょっとコネは使ったけどね」

 相も変わらず神出鬼没のアキがカジたちの前に音もなく現れた。


「今日はアタシもレコーディングに付き合うわ。ハル、調子はどう?」

「バッチリさー! なんくるないさー! フルパワーでっせー!」

「いつも通り元気ね! その調子で任せたわよ~! ショーコはどう?」

「あたしも今日は気合入ってるよっ!」

「よっし、オッケー! それじゃあ、張り切っていきましょうか~!」

 心なしかアキも高揚しているようで、三人を引率するように先頭で校舎へ歩き始める。


「あ、待ってくれよ! まだ聞きたい事はあるぜ! レコーディングをするのに何で学校集合なんだよ?スタジオとかに行くんじゃないのか?」

 カジは再び彼女たちに質問を投げかける。確かにスタジオに行くのなら一旦学校に集まる理由は無い。学校行事で遠足や社会見学に行くわけでは無いのであるから。


「ん? ああ、それは…」

「はあーーー! にわかすぎるぅ! それでもマネージャーかいキミィ!」

 校庭脇の茂みから声がした。

「あっ! また出やがったなパラディン野郎!」 

 今日も今日とてミナミティを待ち伏せていたパラディン(仮)がカジのにわか発言に反応して姿を現す。

「ミナミティの楽曲のレコーディングは彼女たちの学校の一角で行われているんだよォ!」 

「え、そうなの!?」

 思わず素で驚くカジ。今までそんな事は聞いたことも無かった。


山手米洲女学院(ベイ高)の音楽室には本格的なレコーディング施設があるんですよ……カジマネージャーには確かに説明してませんでしたね」

 ショーコがカジに補足説明をする。

「1年の時にアキが校内に作ってくれるよう働きかけてくれたんだよねー!」

「ああ、校長にちょっとしたギャンブルで勝ってね……そのカタで作ってもらったんだよね」

 アキはさらっと凄い事を言う。

「ギャンブル!? 女子高生が校長とギャンブル!?」 

「ああ、ギャンブルって言ってもそんなに大した事じゃなくて、ただの代打ち同士の賭け麻雀だから」

「いや、割と大したギャンブルやってるゥ!」

 相変わらずの非常識さに呆れるカジ。このご時世に代打ち立てて賭け麻雀などヤ●ザでもしないだろう。ルールを守って楽しくギャンブル。


「ツウさん、ちっす!」

「ど、どうも……」

 ハルヒとショーコはパラディン(仮)を「ツウさん」と呼び、気さくに挨拶する。

「やあ! ハルヒちゃん! ショーコちゃん! この前の配信動画見たよ! いやあ、相変わらずぶっ飛んでいるねえ!」

 パラディン(仮)もそれに気軽に答える。


「ツウさんって……ええー、君らこいつの事知ってんの?」

「ツウゴさんはミナミティが結成した2年前から私たちを応援してくれているの」

 ショーコが答える。どうやらツウゴというのがパラディン(仮)の呼び名らしかった。本名かどうかは不明だが、それよりカジには彼女たちがこの男と面識があった事に驚いた。


「ちょっと思い込みが激しいけど、大切なファンの方なんよー」

「だからってなあ……プロデューサー! こいつは危険なストーカーのリストには入らないんすか?」

 カジが尋ねると、アキは事も無げに答える。


「ああ、彼ね。彼の人格獣(アニマ)は青い犬……青は誠実さを表していて犬は勇敢さと忠誠心……無害そのものね」

「はあ、犬ね……まったく、とんだバカ犬もいたもんだ」

 カジはため息交じりに呟いた。


「はっは! さすが康崎プロデューサー! お前のようなニワカ豚には分からないだろうが、僕はかつて忠義の戦士シリウスと呼ばれ、ある国の聖なる守り手として……って、わわ!?」

 誇らしげに妄言を語っていたツウゴの首根っこが掴まれる。


「部外者がなに勝手に学校の敷地内に入ってるんだい?」

「あっ佐伯さん!」

 山手米洲女学院(ベイ高)の用務員・佐伯だ。首根っこを掴んだまま、校門前に引っ張りツウゴを追い払う。

「ふうー油断も隙も無い……さて、みんな。今日は長丁場になるんだろ?」

 佐伯は振り返り、ミナミティに対して宣言する。 

「今日は及ばずながらあたしも色々サポートさせてもらうわ!」

「おおっ! ありがとうございます!」


(ふう、次から次に色んなやつが現れるなあ)


 カジは思った──矢継ぎ早に現れる人物たちの全てがミナミティに関連した人物であり、皆一様に彼女たちに好意的である。今もどこかで狙っているかもしれないストーカーたちも、元を正せば彼女たちへの好意が狂気の発端のはずである。みんな、良くも悪くも影響範囲の広いミナミティの磁力に引かれて集まっている。しかし、そんな常に誰かが自分たちの周囲にいるという環境は彼女たちにはどう捉えられているのだろうか。疲れはしないだろうか。嫌になる事はないのだろうか。生まれてこの方、まともな団体行動をしてこなかったカジには到底分からない事だった。


(それとも、それも含めてアイドルってやつなのか?)


 カジがぼうっと彼女たちを見つめていると、それに気づいたのかアキが彼の行動の緩慢さを指摘した。


「何ぼさっとしてるの? カジマネージャーも早く行くよ! 他の皆も、もう音楽室に集まってるから!」

「…………え? 他の()?」


               *


   「「「「「 やーーー!! 遅いぞ――!! 」」」」」


 音楽室の扉を開けると、大勢の少女たちの声が反響した。


「こいつぁ、驚いた……」

 カジは嘆息し周囲を見渡す。既に十数人ものベイ高生が音楽室には集まってきていた。音楽室は2部屋構成となっていて、防音ガラスの向こうに見える部屋がレコーディングスタジオであるようで、そちらにも数人がスタンバイしていた。

「みんな! 集まってくれてありがとう!」

 ショーコとハルヒが感謝の言葉を述べると、集まったメンバーたちは彼女たちに歩み寄る。


「演奏は軽音部に任しとけ! 練習もバッチリだから!」

「音響機材は放送部で担当するよー」

「アタシらの調理部もいるから夜食には困んないね」

「生徒会は……今日は特別に夜間利用を許可したからね! ちゃんと責任もって監視しないといけませんから……」

「生徒会長~、素直じゃないんだから~」

「いやっ、私はその……」

 ワイワイと賑やかな雰囲気が辺りを包む。


「何だってんだよ、一体……」


 それはカジには経験したことのない、得も言えぬ空気だった。安心感と高揚感が押し寄せ、魂が揺さぶられる。そして、気恥ずかしさに口角が自然と吊り上がる感覚──

 それが「仲間」というものだとカジが気づくのはまだ先であり、この時はただただ困惑するしかなかった。

「あ、ヒロちゃん!」

 奥の扉が開く。レコーディングスタジオから出てきたのはヒロであった。ギターケースを持った少女が同伴している。カジは彼女の姿を認めると、待ち合わせをすっぽかされた事を思い出して、やや早口でその事を問い正した。


「石竹さん、困りますよ。ちゃんと家で送迎を待っててくれないと。ストーカーに狙われているんだって事をもっと自覚して…」

「ストーカーの一人や二人が怖くてプロのアイドルは出来ないから」

 カジが言葉を終える前に被せるようにヒロはそう言い放った。あくまで穏やかな口調であるが、その言葉には強い意志が込められていた。

「プロ……って」

「言ったでしょ? アタシはプロ意識をもって行動してるの……プロとして最適と思う行動を選択している。あなたにとやかく言われる筋合いはないって事」

 カジがムッとしてヒロに何かを言い返そうとした時、ヒロの隣の少女が申し訳なさそうに二人の会話に割り込んだ。


「ご、ごめんなさい……アタシが今日ギリギリまで演奏の練習をしていて、ヒロはそれに付き合ってくれてたんです」

「演奏練習?」

 カジの頭に疑問符が浮かぶと、横にいたアキがすぐさま解説を入れる。

「ヒロは調律、調整の能力がずば抜けているの。絶対音感ではなく、相対音感が極めて鋭いみたいで……ミナミティの楽曲の演奏はヒロが指導をする事が多いのよ」


(…………なるほど、な……だが……)


 カジはヒロが家にいなかった理由を納得するも、なら最初からそう言ってくれればいいのに……と、あえて自分に情報を開示しない彼女の態度にやはり苛立ちを覚えた。


「必要なタスクよ」

 ヒロはカジに目を合わすことなく、ショーコとハルヒの居る方へ進み出る。

「さあ! 音楽室を貸し切れるのは今夜だけ! 早速はじめちゃいましょうか!」


   「「「「「 おおーー!! 」」」」」


 一言でメンバーをまとめると、彼女たちはテキパキと準備が始めた。ヒロはミナミティのリーダーらしく、彼女たちに指示を出す。カジは棒立ちでそれを見つめるしかなかったが、それが何ともなしに恥ずかしかった。


「不満ありげね?」

 アキはカジの心を見抜いている様だった。

「いや、別にそういう訳じゃないですって」

「……ヒロは時々ああいうトゲのある態度をする事があるのよね。慣れるまでは気に障るのも無理ないけど」

「だから、俺は別に気にしては…」

「ヒロの人格獣(アニマ)もあなたと同じ龍なの」

 アキがおもむろに話始める。


「でもあなたのとは形も色もずいぶん違う……彼女の場合、秀でた特性は統率力。グループを自分の元でひとつにまとめて調和させる能力に非常に長けてるの」

「…………」

「相対音感はその調和の能力の一部に過ぎない。独創性は無いけどプロジェクトを辣腕で指揮する技量と仲間から慕われる度量の両方を併せ持つ稀有な存在……平たく言えばカリスマね」

「……確かに」

 確かに目の前の彼女の仕事ぶりを見るに、そのリーダーシップは認めざるを得ないところであった。ショーコやハルヒに限らず、他の少女たちの反応を見ても彼女が慕われていることも明白だった。しかし、そういうカリスマ、誰もが認める賢人から邪険にされるという事は疎外感をより一層と強くするものである。カジにとってもそれは同じであり、頭では理解していてもリーダーとしての彼女の采配を素直に受け入れる心境にはなれなかった。


(……分かってはいるさ。変わらなければいけないのは俺の方だってな)


「あっ! ヒロさんちょっと!」

 準備をしていたメンバーの一人がヒロを呼び止める。


「えっ、マイクの故障? 予備は無いの?」

 どうやら機材の一部に不備があったようだ。レコーディング用の機材が用意されているとはいえ、スタジオではなく学校の一設備。管理が完璧であろうはずもなかった。


「仕方ないわね……マネージャーに代用品を車で買ってきてもらうか」

 ヒロがすぐさま対応策を考えてカジに指示を出そうとした時。


「ちょっと待った!」

 アキがヒロを制止する。


「買いに行くんならヒロも一緒に行くわよ!」


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