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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
19/45

第18話 人狼握手会

 前回のあらすじ:写真のストーカーその2・胴長爺さんの正体は連続殺人鬼だった


 【ハーパー本牧】は山手米洲女学院の最寄り駅、そのロータリーに面した商業ビルだ。テナントは洋服店やレストラン、本屋などで休日には中所得層の家族連れでにぎわう。【ラ・ミレプラザ】とは比べるべくもないが、開業以来45年地元の人間に愛用されてきた。

 この日は平日の夕方ながら客足が多く、普段は主婦や学校帰りの学生が多いこの時間帯に何故か20~40代の男性客が大半を占めた。そして彼らは一様に屋上を目指し、もくもくとエレベーターで最上階に運ばれていた。屋上に設置された「プリンセス・キューアール・カード」(ダイバン発売)の筐体で遊ぶ残念紳士であろうか?いや違う。残念紳士である事には変わりないが──

 彼らは今日この施設の屋上で行われる、あるイベントに参加するため集まっていたのだ。


「おおぅ、これは田代氏久しぶりでござる」

「およよ、山下氏ヌシも久しぶりだの。近頃は仕事が忙しいと聞いておりましたが……」

「ええ、でもなんと言っても今日は握手会ですからな」


 そう、あるイベントとはすなわち握手会である。【ハーパー本牧】の屋上では今時あまり見かけなくなった子供向けの着ぐるみショーや地元商工会主催の物産展などが度々行われていたが、今日はここで「ハーパー本牧開業45周年記念」と称し、ミナミティの握手会が行われる事になっていたのだ。


「ミナミティの握手会は随分久しぶりですので、拙者気合を入れてきて候」

「オフゥ! オヌシまさか、(よこしま)な仕込みをしてきている訳ではなかろうな!」

「いやいやいや! そんな事は断じて! あ、断じてござらん故!」

 自然とファンのテンションも高まる。握手会はファンがアイドルと物理的な接触を得られるほとんど唯一の機会であり、それを楽しみにするファンも多いのだ。行う事を義務付けられている訳では無いが、アイドルと名乗るほぼすべての団体が取り行う、アイドルの必須タスクとも言えるだろう。その起源は古く、古代ローマの剣闘士と市民たちとの腕力の違いを知るために当時の皇帝トラヤヌスが発案した「腕コロッセオ」であり、意外にも腕相撲の起源と同じであるとされている──というのは、まあ嘘である。


「はーーい、押さないでー! 私の指示に従って、3列になって並んでくださーい!」


 真っ黒スーツに迷彩コート。屋上の握手会場で声を張るのはミナミティの強面マネージャー・カジだ。落ち着きのな残念紳士たちに整列を促す。


(にしても、こんな時によりによって握手会なんてなァ……)


 カジはどこから殺人ストーカーが襲ってくるかも分からないこの状況で、よりによって不特定多数の人間と接触する握手会を開く事に不安を覚えていた。しかし、アキには「逆にあれだけデカイ男が近くに来れば見つけることも容易い」と諭された。まあ確かに一理あるなとはカジも思ったのだが、カジの他には年老いた警備員が一人だけという状況で、警察の囲みを破る程のモンスターを止めることが出来るかは疑問だった。


(それに……やっぱりあのコたちには胴長爺さんの事を伝えた方が良い気もするが……)


 ミナミティのメンバーにはあえて胴長爺さんが連続殺人犯(シリアルキラー)だとは伝えていなかった。変に心配をかけずイベントに集中してもらいたいから……と言う理由もあったが、その事を伝えてしまうと破天荒な彼女たちが何をしでかすか分からないからというのもあった。しかし、下手をすると命に関わる案件。カジとしてはアイドルとしての使命より安全を優先すべきでは?という思いがあった。

 新藤の時にしても、彼が【ラ・ミレプラザ】を襲撃した時は何者かの助太刀があって事なきを得たが、今回もそのような幸運が続くとは限らない。


(俺が空手を使うための“条件”を満たせれば良いが……そうでない時は……)

「ちょっとお兄さん」

 カジはふいに話しかけられ思案を止められた。ふり向くとファンの一人が不審そうな顔で尋ねて言った。

「並ぶ場所は本当にここで合ってるのか?」

「ええ、そのはずです」

 カジはそう答えて、ちらりと彼らの待機列の先を見やる。握手会にも様々な形式があるが、概ね折り畳み式の細長テーブルをはさんで立ったまま対面するという形式が多い。しかし、彼らの並ぶ先にあるのは8~10人掛けの会議用丸テーブルとパイプ椅子。そしてテーブルの中央にはなにやらカードケースが置かれていた。カジも握手会なるイベントにはテレビで見る程度の知識しかなかったが、その備品の配置にはやや違和感を覚えていた。


(うむ、設営の時にもちょっと思ったけど、やっぱりこれって変だよな?)


 見渡すと同じように感じているファンが多いのか、ざわつきが絶えず異様な雰囲気を醸し出していた。


(まあ、始まればどう使うか分かるか)


 そうこうしている内にアキが会場に現われ、注意書きと何やら広告のチラシをファンに配って回る。カジの心配をよそに客足も順調に伸び、「プリンセス・キューアール・カード」で遊ぶ女児たちやその保護者達が奇異の視線を向ける中、ついにイベント開始の時刻となった。


『はーい、お集りの皆様ちゅうもーく!』


 舞台袖……というのは憚られるほど簡素なパーティーションの裏からミナミティが登場した。彼女たちの代表曲がBGMとして流れ、会場のファンたちのボルテージも一気に高まる。


  「キターーーーーーー!!!!」

  「おお! ハルヒちゃん! 待ってましたぞお!」

  「ワッショイ! ワッショイ! ヒューー!!」


『あ、それではこれより~……ミナミティー☆人狼握手会をはじめまーす!』


 会場がどよめく。人狼握手会──まったく聞き慣れないフレーズである。カジもまったく聞かされておらず、集まったファンと同じように唐突に始まった謎の企画に困惑し、三本の指を額に当てる。


(お……おいおい、また何か妙な事をするんじゃないのか!?)


 壇上ではそんなカジの不安をよそにミナミティのメンバーが交互にマイクを持って淡々と人狼握手会なるイベントの説明を始める。唐突な説明でカジもファンも頭が追い付いていなかったが、要約するとこういう事らしい。



・ルールは基本的には通常の人狼ゲームと同じ。村人側と人狼側に分かれ、昼パートで話し合いと告発、夜パートで人狼の襲撃を繰り返し、最終的に生き残った側が勝利しミナミティと握手する権利が得られる

・占い師の役が与えられたプレイヤーは1ターンに1度指名した人物が人狼かそうでないかが分かる

・各テーブルにはミナミティのメンバーが1人入り、特殊な役を演じる

・告発パートは多数決で行い、最多票が同票の場合はミナミティのメンバーが独断と偏見でその中から一人を選ぶ

・ゲームが終わると、そのゲームの参加者から一名次のゲーム進行役としてテーブルに残る

・5分以内に決着がつかない場合は全員失格とみなす



 人狼ゲームのルールが分からないという読者諸氏は別ブラウザを開き、Googleで調べて頂ければと思う。


「この前、話していたのはこれか……」

 カジは先日の部室での彼女たちの談合を思い出していた。


『えー、アタシたちは各テーブルで"巫女"の役を担当します! "巫女"は村人にも人狼にもカウントされません! また、告発には参加しますが、人狼の襲撃対象にはなりません! 告発パートでは"巫女"を指名する事も出来、生き残っている全員の意見が一致すればそこで生き残っている全員と握手してそこでゲームは終了します!! ただし……』

『"巫女"への指名が全員一致でなかった場合は"巫女"への指名者全員が失格!! また、"巫女"への指名が1名ないし、指名しなかったプレイヤーが1名で、かつそのプレイヤーが最多得票者でなかった場合……』

『そのプレイヤーはミナミティのメンバーとハグができます♡』


  「「「  ウオオオオオオオオオオオッ!!!! 」」」


 大きな歓声が沸く。握手だけでもファンたちのテンションがあれだけ上がっていたというのにハグ出来るかもしれないともなれば、その興奮は計り知れない。


「なあ、おい、本当にいいんすかこれ? せっかく平日にまで来たのに握手できない可能性もあるってことですよね?」

 カジが会場の端で様子を見ていたアキに問い合わせる。


「まあ、いいんじゃない? アタシも驚いたけど……ミナミティのファンはこういうサプライズを粋に感じてくれる人たちが多いから」

「はあ……」

 確かに周囲のファンたちを見ると唐突なイベント内容の周知にも関わらず、文句を言う人間は見当たらなかった。むしろ、意気込んでいる風にも見受けられたのはカジにしてみれば不思議であった。


『ちなにみにゲームの1回目の参加は無料ですが、再参加費を希望される方は500円になりまーす!』


 壇上でヒロがそう付け加えると、ミナミティのメンバーはそれぞれのテーブルに移動した。テーブル中央のカードケースから特注の人狼カード(物販にて限定販売中・税抜き3,000円)を取り出すと、列の先頭から8人を招き入れて人狼握手会が開始された。


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