第17話 怪人注意報
前回のあらすじ:裕太くんは逮捕された
カジたちが集合場所の部室に到着すると、まだ誰の姿も見えていなかった。今日ミナミティは外出の予定はなく、部室に集合して数日後開催するイベントの打ち合わせを行う事になっていた。
「ふう、集合時間5分前になったが……まだ石竹さんの姿が見えないな」
「ヒロちゃんはねー、お客さんいない時はいつも来るのギリギリなの」
「一度も遅刻したことはないんですけどねー」
ハルヒたちの言葉通り集合時間の10時に時計の針が達するか否かのタイミングでヒロは部室に到着した。
「ういーす」
気だるげな声。中途半端な化粧。眼をこすりながらヒロが入室してくると、早速ハルヒが反応した。
「コラー! ヒロー! 遅刻だぞ~!」
「遅刻って……ちゃんと時間通りに来てるじゃん」
「5分前に来なきゃダメなのー! 魂が遅刻してるの~!」
日本特有のローカルルール「5分前行動」。約束の時間に間に合えばいいじゃん……という派閥からの批判は常に絶えないが、この国においては絶大な支持を得ている慣習だ。類似した慣習で「10分前行動」、「新人は集合場所に一番乗りしろ」などがある。
「あーもーうっとーしい~、そういう体育会系のノリは苦手なの!」
「ムー」
バリバリの体育会系かつ5分前行動の支持者であるカジとしても、ヒロの態度はやや不遜に見えた。
そのカジの不満そうな態度に気付いたのか、ヒロは彼に向かって言った。
「心配しないで。私は遅刻は絶対しないから。私は、私なりのプロ意識を持っているの」
髪をかき上げ、流し目気味にカジを見る。その仕草の美しさは、彼女の言葉に有無を言わさぬ説得力を持たせた。ミナミティのメンバー石竹尋は三人の中でもっとも芸能人然とした佇まいで、他を寄せ付けないオーラがあった。クールで理知的なミナミティのリーダーで、凛とした美しさの裏には誰よりも熱いハートを秘めている──というのがファンが運営するサイトの彼女の紹介文である。
「プロ意識、か」
カジは18歳の少女からその言葉が出たことに少し驚いたが、水族館でのショーコの話を思い出し、彼女たちのアイドルへの想いを改めて認識した。
ヒロは鞄を机の上に置くと、ショーコとハルヒに視線を向ける。
「頼まれてた例のやつ、出来たよ」
ヒロはバッグから何やらプラスチックのカードケースを取り出す。
「オオ! 間に合いましたか!」
「ヒロちゃん! ありがとう!」
ショーコとハルヒが嬉しそうに言うのと対照的に、ヒロは疲れの色が見える顔で「なんとかね」と答えた。
「ごめんね、いつも色々お願いしちゃって……」
「ううん、いいのよ……あんたたちが面白い事を考えるなら、あたしは出来る限りそれを実現する為の段取りを組むのが役目だから」
どうやらヒロの手にしているカードは、かねてよりミナミティで作成を計画されていたブツらしい。ミナミティのメンバーは完成した“ソレ”に対して、わいわい寸評を述べている。
「いやー、思いついたのはギリギリだったからなー、まさか本当に間に合うとは……」
「この絵柄、すごくカワイイね!」
「ああ、デザインは知り合いにお願いしたの」
カジは彼女たちだけの盛り上がりに、年甲斐もなく疎外感を感じた。
「ちょっとちょっと、なに皆して盛り上がっちゃって? 俺にも教えてよ!」
女子高生のトークに割って入る29歳のセリフがこれだ。もしもカジが自身の行動を傍から見ていれば、「オッサン痛すぎるぞ」とツッコミを入れた事だろう。
「ウフフ、ひ・み・つ♡」
カジの問いにいたずらっぽくハルヒが笑って答えた。
「ちぇー、仲間外れかあ」
「……カジさん」
ヒロがカジに話しかける。
「ウス」
「これからアタシたち三人で明日のイベントの打ち合わせがあるので……」
部屋から出ていて欲しいという事だろう。
「ああ、了解です。じゃあ俺、部屋の外にいますんで」
カジは彼女の示唆に従い、部室の外に出た。すると、廊下の向こうからちょうどアキがやってくるのが見えた。
「あら、外で何してるの?」
「ああ、プロデューサー、どうも。3人だけで打ち合わせたいことがあるってんで、俺は外に出されちゃったんすよ」
「ふーん、まだまだ完全に信頼されてるわけじゃないわね。まあ今はそっちの仕事の方は期待してないけど……もうひとつの仕事の方で話があるわ」
もうひとつの仕事。すなわちストーカーとの対決。カジの表情が切り替わる。
「伺いましょう」
カジとアキは部室からやや離れ、廊下の隅に寄った。
「残り二人のストーカーのうち一人の素性が分ったの」
そういう事をいちいちどうやって調べてくるのか、とカジは興味を持ったが、あえてその事には触れなかった。
「どっちのやつです?」
アキは手にしていた茶封筒から一枚の紙を取り出し資料をカジに手渡す。そこには背の高い壮年男性の写真があった。
「胴長じいさんの方か……で、神妙な顔してるってことはこのじいさん、タダものじゃないってことですよね?」
アキは黙って頷くと、カジに資料の2枚目を見るように促した。カジは資料をめくると、2枚目に載っていた新聞の切り抜き、その見出しを見て仰天した。
「オ、オイ!? これってまさか……」
「ええ。胴長爺さん……こいつは…」
*
千葉県某市某教会──荘厳なオルガンの音と聖歌隊の純朴な歌声が礼拝堂に鳴り響く。
「ハイ! もっとお腹から空気を吐き出すように、力強く歌ってください!」
礼拝堂では老牧師が少年少女たちに歌の指導している様であった。老牧師は2メートル近くあろうかという長身から声を張り、熱心に聖歌隊に教示する。
「やあ、最近元気そうですね、チカさん!」
礼拝に来たと思しき30代くらいの男性が牧師に話しかける。
「これは、どうも!」
老牧師も明るい声で挨拶する。
彼の名前は毛石親千穂。三年前にやってきたこの教会の牧師で、人柄の良さと信心の深さで教会に通う町の教徒たちから大いに慕われていた。
「表情も何だか楽しそうですし、何か良いことでもありましたか?」
男性はニコニコ笑いながら、毛石に世間話のような会話を続ける。
「ああ、ええ、そうなんです。実は最近、素晴らしい若者たちに出会いましてな……その若者たちの健気で快活な様子を目の当たりにしていると なんだかワタシも活力が湧いてくるんですよ」
「ほう! 若いですなあ! まさか恋人って訳じゃあ無いですよね?」
毛石は頭を横に振る。
「まさか! でも、ある意味恋人や家族よりも大切な存在です」
毛石は穏やかに笑って言った。
「ただ今は、悪しき人びとと繋がりがあって……主の意思に反する生き方になってしまっているのです」
「ほお、それは心配だ」
毛石はにこやかな表情のまま、慈愛に満ちた言葉を述べる。しかし、彼のくすんだ鉛のような瞳は焦点が定まっていないようでもあった。
「あの娘たちは特別なんですよ……主に選ばれし、世界を救う使徒なんですから……」
「え? 何ですって?」
「でも、今はその事を自覚していない……由々しき問題だ……終末が訪れてからでは遅いのだ……だからその前に私が……」
「チカさん?」
「教えてあげなくちゃあ、いけないですよね」
*
「この男、毛石親千穂は……逃亡中の連続殺人鬼よ」
カジは絶句したまま手渡された資料を見つめる。「女子高生連続殺人事件」「全国指名手配」「房総の吸血鬼」……目の端に入るセンセーショナルな文章の数々に思わず唾を飲んだ。
「こいつは、よく覚えてるぜ……俺が中坊の頃起こった事件だ!」
十数年ほど前、社会を震撼せしめた大事件は当時多感だった少年の心に深く記憶されていた。ただの連続殺人事件でも相当にショッキングなのだが、さらにこの事件を強く印象付ける要素があった。
「ニュースでも大きく取り上げられていた……確か現行犯で逮捕しようとした警官も殺して逃げたっていう……」
犯人は7人目の殺害現場で急行してきた警察官に包囲された。しかし、なんとそこで反撃に撃って出て警察官1人を殺害、2人に重傷を負わせて堂々と逃走せしめたのだ。そして警察の必死の追撃も振り切り現在も行方知れず。まさに都市伝説の怪人、巷では人知を超越した“鬼”とさえ評された。
「そう、その警官殺し……殺人愛好家と、ミナミティは相対することになる」
「オイオイ……マジで勘弁してくれや」
カジは天を仰ぎ、己の運命を司る何某かに暴言を吐きたかった。いっそ暴言でこのゲームから途中退場させてくれないだろうかと。
しかし、この人生にはタイムも反則退場も無い。
川の流れを誰にも止められない様に、木の葉はどこまでも流れて行く運命なのだ。




