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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第16話 不安の種

前回のあらすじ:結局裕太くんはどうなったの?



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 ストーカー宅への逆ストーカー動画配信──あの混沌とした状況は、近隣住民の通報で警察が到着し一応の収束を見た。


ミナミティのメンバーは事情聴取と相当のお叱りを受け、色々な誤解があったものの【ラ・ミレプラザ】襲撃時の防犯カメラの映像(アキが事前に準備していた)が決め手となり裕太は無事逮捕される運びとなった。裕太は意外にもおとなしく警察の指示に従い、特段暴れるような様子もなかった。彼が捕縛される様子をカジが眺めていると、ふとアキが彼に尋ねて言った。


「ねえ、あのナイフはあなたが買ったの?」

 裕太は意外な質問にギョッとした顔をした。また、カジにとってもそれは意外な質問だった。


「なんだよ、お前には関係ないだろ」

 裕太は憮然とした表情で答えた。


「誰かに犯行を示唆されたんなら罪が軽くなるかもよ? だから正直に答えてほしいの」

「おいおい、どういうことだよ?」

 彼が購入した以外に何があるというのだろうか?共犯がいるかもしれないということだろうか?カジは質問の意図を計りかねたが、裕太は神妙な顔でアキの問いに答えた。


「……し、信じられないかもしれないけど……あれは、おれが買ったんじゃないんだ」

 アキは「やっぱり」といった表情で頷き、裕太の言葉に耳を傾けた。


「俺宛に送られてきた小包に入っていたんだよ。手紙と一緒にさ。誰からかは分からないけど……」

「へえ……」

「最初は誰かのいたずらだと思ったんだ。でも、手紙の内容通りに動いたら君たちが男といるのを見つけられたし……」

「その手紙にはどんな事が書かれていたの?」

「ミナミティはファンを裏切って男とみだらな関係にある……弄ばれたファンは立ち上がり天誅を下すべし……って」

「ふうん、なるほど」

 アキは手で顎を触る仕草を2、3度しながら、難事件を推理する名探偵(コナンクン)のように何かを思案している様子であった。


「コラ! 無駄口叩かず、きびきび歩かんか!」

 警察官に促されると、裕太はそのままパトカーに乗せられて連行されて行った。


 アキと彼とが交わした会話はこれだけだった。


「何か気になる事でもあったんですか?」

 事件が一段落したのち、カジがアキに質問する。


「どうやら殺害予告の手紙の主は彼じゃないみたいなの」

「え? そんな事何で分かるんです?」

「さっきね、ハルが彼のお母さんに聞いてくれたんだけど……脅迫状の投函日前後は彼は家から一歩も出ていないんだって」

「はあ……?」

「手紙は切手も宅配会社の送付状もついていなかった。つまりポストに直接投函したって事だけど、その日のアリバイがある以上、彼はあの手紙とは無関係……それに」

 アキは少し溜めを作り、ゆっくりと言葉を続ける。


「もっと違う何か……漠然としてるんだけど……今回の件には、なんとういうかもっと大きな闇が裏で動いているように感じるの」

「おいおい、なんだよ大きな闇って……」


 カジはそう言われた事がきっかけではなかったが、ふと背後の新藤邸を振り返る。一瞬、何者かの気配を感じたように思ったのだ。新藤家の人間は裕太に連れ添い警察に向かったので、邸内には誰も残っていないはずだった。視線の先に誰かの影を捕えることは出来なかったが……


「どうしたの?」

「…………いや……何でもないです」

「いずれにしても調べなくちゃいけない事が多いみたいね。写真のストーカーもあと二人残ってるし。マネージャーは警戒を怠らないようによろしくね!」

 

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 朝のファミレス。爽快な朝の陽気とは裏腹にカジの胸中は濁った沼のように不明瞭であった。


(ハア……俺はこのままこのコたち引っ張られていって本当に良いのだろうか? 芸能界への挑戦というより……もっと別の深い闇に足を踏み入れてしまってるんじゃないだろうか?)


 相変わらず談笑を続ける二人の少女に視線を向けつつ、カジはため息を飲み込む。


(俺はまた不条理な責任を負わせられてまた職を失ってしまうんじゃないか? 派遣元の事務所からは今のところ何も言われて無いが……)


 この件はカジの派遣元のパークス・アミューズメントincにも知られたが、特にお咎めは無かった。「意外にも」ではなく「当然ながら」ではあるが──


 さてここで、改めてパークスアミューズメントincの紹介をしておこう。

 同社はアメリカに本店を置く大企業であることは先に説明したとおりであるが、特筆すべきは芸能事業について一風変わった経営方針を採る事である。同社は契約した芸能人に対してああしろ、こうしろという指示はせず、代わりにプロモーションも給金の支払いもしない。専属マネージャーの派遣と、ネットワークを介したゲスト業の斡旋に手数料(マージン)を得るというだけの契約形態なのだ。「芸能ギルド」と揶揄される事もあった。また、不祥事その他の不利益には一切関知しない、という文章も契約書には抜かりなく添えられている。この契約形態は無責任にも見えるがメリットもあり、特に日本企業とのしがらみがなく、ある程度以上の信用が得られる会社との契約は現状ミナミティにとってはベストな選択といえた。


(しかし……)


 しかしカジにとっては違う。彼は遅まきながらこの契約の不気味さに気が付いていた。そして、ミナミティが向かう先の不穏な傍流にも。今のカジは川の小岩にひっかかった小さな木の葉だ。動き出した流れにあらがう事も身を委ねることも出来ないでいた。


(いや、考え過ぎるのはよそう……今は考えても分からないことだらけだ。プロデューサーも何やら事態を調査しているようだし、今は目の前の仕事に集中するしかない……っと、そろそろ)


 「さてお二人とも、時間だぜ!」

 腕時計の時刻は9時30分を回っていた。今日の集合時間は10時であるので、そろそろ集合場所の部室に向かわなければならなかった。


「えー、もっとお喋りしたいー」

 ハルヒは不満そうにカジに言った。


「スケジュールを守ってもらうのが俺の仕事だからな」

 カジはそう答えると会計をチャチャッと済ませ、二人を連れて学校に戻った。



 この時、カジはまだ自覚していない。いや自覚してはいるが、それが大きな問題では無いと考えてしまっている……と言った方が正しいだろう。

 むろん、彼がアイドルのマネージャーという仕事に迷いが捨てきれない理由にはミナミティ固有の危険な事情が絡んでいるのは間違いない。

 しかし、彼が彼女たちに感じる隔たりの根底には、アイドルそのものへの侮りがあるのだ。その彼女たちの活動を一段低く見積もる心根が、彼女たちの熱意との温度差になって不和とは行かないまでも違和感として彼の胸に滞留していた。


彼がその事を自覚した時には改めて向き合う事になる。己の()()とマネージャーという仕事、そしてミナミティに対してどういう態度を示さなければならないか──


 そして、彼がその違和感の正体に気付く時は、すぐそこまで来ていた。



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