第14話 マイホームはダンステリア
前回のあらすじ:ストーカーに逆ストーカー!からの炎上動画配信!
「ざけんな!! パリピの陽キャどもがよお!! また……また俺を、晒しものにする気かよ!! 中学ん時みたくまた……ふふ、ふふざけやがって……ふざけやがってよォっ!!」
裕太が悪態をつきつつ寒空の下に飛び出した時、路上に停まる軽自動車の陰から一人の男が現れた。
「ヘイ、どこに行くってんだい?」
焦げ茶の癖毛、迷彩色のコートに黒スーツ。長身かついかにもな強面。カジである。
「あ!? ふぁ、ふざけんなよ……なんだよお前ら……お前ら、こりゃあどういう事だぁ?」
興奮した裕太はカジに食って掛かる。
「ハハハ! まさか、ストーカーが逆ストーカーされるなんて思わなかったか?」
心中で「俺も思わなかったよ!」とノリ突っ込みをしながらもカジはタンカを切って見せた。
「勝手に……勝手に人の家に入って来て……プライバシーの侵害だぞ!!!」
「お前がプライバシーを語るたー……あ! 100年早いわあ!」
歌舞伎のようなに大見得を切る。カメラに映る時は「暗殺仕置き人」のノリとアキに指示されていたカジだったが時代劇は「ミッド黄門」くらいしか知らなかったため、微妙にずれたセリフ回しとなってしまっていた。
「まだまだ慣れてないねぇ」
同じく車の脇で待ち構えていたアキが苦言を呈する。
「え、何か俺変でした?」
「恥じらいが感じられる。こーいうの恥ずかしがってやると、視聴者がしらけちゃうから……てか、今はカメラに映ってないから別にやんなくてもいいし」
「あっ! そうか!」
「ふふ、さて……新藤裕太29歳!」
突然フルネームで呼ばれた裕太はびくつく。
(同い年かよ……)
カジも別の意味で微妙にショックを受ける。そして、二人の反応を楽しむように場の支配者は演説を開始した。
「あなたの人格獣! 黒く巨大な蛇! 凄まじい恨みのエネルギー感じます! 今にも何人か殺しちゃいそうな程の凄まじいパワー!」
「ア、アニ……? 何言ってんだ!? 頭イカレてんのか! 畜生、ああ、そうだよ! 今すぐ殺してやるよ、クソアマども!」
怒りが再燃したのか、裕太は大声で喚き散らす。だが、動転して飛び出してきたためか例の武器は所持していなかった。
「そう! そのエネルギー! 守るべきものがある人間には死ぬまで出せない出力よ! あんただけの特別な力! 悪事にも……偉業にも! 大事を成す為には必ず必要になる要素があるの……それは捨て身になる事!」
徒手空拳の裕太などは全く意に介した様子もなく、アキは演説を続けた。
「あなたのその迸る捨て身のパワーは何を成すにも十分すぎる力を秘めている!」
「ば、馬鹿にしてんのか……」
「とんでもない! 褒めてるのよ! でも、今のまんまじゃあ、ダメね」
裕太は一周り年の違う小娘の流儀にまともに応対してしまっていた。完全にアキのペースである。
「あんた、ガチ恋勢なんでしょ」
「ああッ!? ななな、なにを言ってる!? 俺はこんな中古の売女どもにゃ興味が…」
「人をストーキングするって結構エネルギーがいる事だと思うの! 仕事をするにもアイドルを応援するにも……話し合ってお互いを理解し合うにもエネルギーがいる。そして恋をするのにもね!」
カジもアキの言葉には思うところがあり、裕太と同じように演説を黙って聞き入っていた。
「勇気を出す必要はないの……ただ己の欲望に従って叫んでみてみ? エネルギーは貯めるだけじゃダメなの! 言いたいことがあるなら……やりたい事があるならさ! 恋も悪事も! 一歩踏み出さなきゃ始まらないよ!」
アキは練習していたのか?と思うほど芝居がかったセリフをスラスラと並べ立てる。説教というより、もはやプロレスラーのマイクパフォーマンスの域である。お前もリングに上がれと言わんばかりだ。
「おいおい、あんまり刺激すんなよ! また、こいつが暴れだしたらどうするんです……!?」
いくら武器を持っていないとはいえ、ここまで挑発を繰り返せば悪役レスラーでなくても暴力に訴える事はあるだろう。ましてや、相手は危険なストーカーである。
「んー? そん時は……まあ、そん時はそん時ね」
「そこはノープランなのかよ!」
カジがアキにダメ出しを入れるが、時既に遅し。裕太はあまりの屈辱と敗北感に肩をわなつかせながら怒りの矛先をカジたちに向ける。
ただし、向けられた刃の形状は武器ではなく、言葉であった。
「……なめんなよ」
裕太はこもりがちな小さな声で呟く。
「えっ? なに? 聞こえない」
アキは煽るような口調で聞き返す。口元は笑っていて、心底楽しそうである。
「あああああああァ~! 舐めんなよ! お前らに何が分かるんだよッ! 苦労知らずのお前ら陽キャには分からねえだろうがなァ! 俺だって小学校の時まではお前らみたいな連中とも普通に遊んでいたんだ! でも頭も悪くて、運動神経も悪い俺は中1ン時にはもうクラスに居場所が無かった! 女子には無視され、DQNどもにはいじめられ、挙句に担任からも疎まれる……小学生の時の同級生にまでいじめられるんだぜ? 信じられるか? そんな男が中2になったらどうなる? エエッ? 中2の時には林間学校もあるんだぜ? そうさ、当然俺は班分けで一人ぼっちさ! そんな中で鈴木の奴が俺になんと言ったと思う? あろうことか奴は…」
裕太は堰を切ったように貯めこんだ怨嗟の感情をありったけのエネルギーでぶちまける。
「おおい! 何か身の上話的なの始まっちゃったぞ!? どうすんの?? どうすんのコレ?? 聞かなきゃダメなやつか!? なあプロデューサー! これ、聞く!? 真冬の夜に……路上で!!」
カジは右手の指を三本額に当てながら、おろおろと不測過ぎる事態への対処を上司に求めた。
「…………ホッカイロあるけど」
愉悦の表情を浮かべつつ、裕太の恨みつらみを聞き続けるアキ。小悪魔的というには憚られるほど魔王然とした佇まいである。
「ああ! それは準備があるのね! OK、聞こうか! ナイスプラン! いいね!」
半ばやけくそに吠えるカジ。そして、裕太の独演は続く。
「……ジジイもババアも俺がいじめられてる事に気付いてるくせに助けるそぶりも無い! あいつら俺の話なんか聞く気もないんだ! だから引き籠ってやったんだよ! そうするしか無いだろ!? 分かるか? いや、分からねえだろな! お前らのようなクソパリピどもには俺の苦労はよ! で、形だけでもとか言って通信制の高校がどうとか言ってきやがるが、それもまた苦痛でしかねえのは分かり切っていた! 例えば…」
良くも悪くも魂のこもった彼の恨み節は、聞く人の心に響くものであった。まるで名曲の歌詞のように……
*
『あの、どうも……裕太の母の尚子です。裕太が、ストーカーされてたなんて私、全然知らなくて……中学の時も、クラスでいじめられていたのに気づいてあげられなかったし、ほんと私は母親失格ね……』
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:ファッッ!??
:お母さんキターーーー!!!
:この展開は予想外w
:お母さんいくつ?さすがに若すぎひん?
:尚子さん、すこなんだw
:ええい、熟女はいい! ハルヒちゃんを映せ!
:あれ?この人昔どこかで見たことあるような……
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一方、新藤邸内では動画の配信が続いており、どういう訳か裕太の母親へのインタビューが始まっていた。
『でもこんなに人と楽しそうに話してる裕太ちゃんを見るの久しぶりで……アラいけない……涙が……』
「お母さんも大変だったんですねぇ……うんうん」
ハルヒはタブレットのカメラを裕太の母に向けつつ、他人事のように感想を漏らす。
『さて! ここいらでハルヒちゃん! そんなお母さんの辛さをふき飛ばすために一曲歌っちゃいたいと思います! 視聴者の皆さんには元気の出るナンバーのリクエスト募集してまーす!』
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:人んちで歌うなwww
:ご近所迷惑すぎワロタ
:これは通報やろなあ…
:ゆうたくんち、悲惨すぎひん?
:生でミナミティの曲聞けるとか近隣住民ラッキー過ぎじゃん
:お母さんとセッションまであるで
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邸内でも着々とカオスが深度を増す中、玄関前の路上でも裕太の自分語りは延々と続いていた。
「学もなく職もなく、ただ家でむせび泣く日々、どうして夢など抱く? 誰にも見向きもされない人生……惰性で生きてる今この時……」
「だんだんラップみたくなってきたっ!!」
カジのツッコミをよそに彼の半生を振り返る演説は、中学編、不登校編、第一期ニート編を過ぎ、バイト面接挑戦編に差し掛かっていた。
「それで……途方もなく街を歩いてたら……いたんだよ! ミナミティ! お前らがさあ! こっちはバイトの面接に落ちて苛立ってる時なのに……路上でてめえらがヘラヘラ笑って歌ってやがったんだよォ!」
裕太の言葉に一層熱がこもる。
「雨も降ってて……2、3人くらいしか聞いてないのにさ……頑張って健気に歌っててさ……通り過ぎる奴にはちゃかして笑ってる奴らだっていたのに……そんなの関係ないって熱さで場を盛り上げようとしてさ……それで気づいたら最後まで聞いちゃっててさ……そしたら、わざわざ聴いていた人全員に感謝して回って……こ、こんな俺にまでありがとうって……俺が聞いててくれたから最後まで歌えたって、握手までしてくれてさァ……」
いつの間にやら車から出てきたヒロとショーコも裕太の演説に聞き入っていた。
「ヒロちゃん、この人……」
「……うん」
彼の言葉には人生すべてが込められていた。どんな人間であれ、己の想いを必死に伝えようとする言葉は人の心を打つ。そして、そのような魂の表現を──様々な感情が煮詰められた密度の濃い言葉の連なりを──人は“詩”と呼ぶのである。
*
『え……歌!? 歌とかあるんですか!? 困りますよ、わたし……歌なんて大学時代から全然歌ってないし、最近の歌だって本当に分からないのよ』
「あの……誰もお母さんに歌えとはいってませんけどー」
その頃、邸内の動画配信は思わぬ方向に進んでいた。
『ほんとにこういうの苦手なの……勘弁してくれないかしら? ほんとに最近は歌わないし、楽器もやらなくなったし、全然練習もしてないし、そりゃ下北のシンディ・ローバーと呼ばれていた時代はあったけれども……今じゃ単なる主婦だし……』
「ええと……お母さん?」
*
「……だけど頑張ろうって気になってもやっぱりダメで……家族もカウンセラーの奴らも……誰も俺の事なんて分かってくれやしなくて……誰も俺を応援しないんなら……それなら、せめて……お、僕が誰かの応援を……そしていつか僕も誰かに……うう……フゥ、フゥ……」
フェードアウトするように裕太の言葉は途切れた。裕太はいつの間にやら涙を流し、その声は嗚咽交じりであった。裕太は十数年分の声を一気に出しつくしたかのように疲弊し、その場にうなだれた。
「あなたの気持ち、よく分かりました」
ぱちぱちと拍手しながらアキが彼に近づいた。
「あなたは人生でずっと誰かに支えてほしかった。そして自分も同じように誰かを支えたかった……そうですね?」
ようやくのターン交代だ。アキの問い掛けが始まると、それまで雰囲気に飲まれっぱなしだったカジも彼女の意図が理解出来た。
「そうか……奴にエネルギーを放出させて戦意を削ぎ、説得しやすくするためにわざと感情が爆発させたんだ……」
カジはアキの深慮遠望に感服した。
「ミナミティはあなたのようなファンに支えられてここまで来られました。あなたは今までも十分誰かに必要とされていたんですよ?」
「で……でも結局ミナミティは俺なんか眼中になくて……お、男がいたなんて……俺はただ金を出すだけのピエロだったんじゃないか……」
意中の女性の周囲にいる男性……特にカジのようなイケイケの見た目(と裕太には見える)の男性は全て怪しい関係があるように見える。このような被害妄想で、あらぬ失敗をした経験は読者諸兄にもあるだろうか?
「ふふふ、違うのよ? この男は本当にただのマネージャーで、ミナミティの誰かと付き合ったりとか、ましてや男女の関係ってことは絶対にないから……これを見てみ?」
アキがカジのマネージャー契約書とスタッフ証を裕太に提示する。
「これは……ホ、ホントなのか……?」
「本当よ、だから安心していいの。つまり、これであなたがミナミティを襲う理由はなくなったよね?」
「ホントに……ホントに良かった……じゃあ」
裕太は心底安堵したような表情を見せ、泣きっ面がみるみると晴れていった。
「そう、で、あなたには一つ聞きたいことが…」
「じゃあ、俺がミナミティと付き合ってもいいって事だね!!」
「……え??」
これまで、完璧に場をコントロールしてきたアキが、最後の最後に詰めを間違えた将棋棋士のような表情を見せた。「いくら相手がどんな人間か分かっても言動をコントロールする事は意外に難しい……特に複雑な性格や極端な自我を持った人間は」とはアキ自身が言った言葉である。
「だって俺はずっとミナミティを支えてきたんだから!! ミナミティだって俺を支えてくれなきゃ割に合わないよなァ!!」
「あ……いや、でもそれとこれとは…」
「恋をするには一歩踏み出せとアンタが言ったんだろ? 今がその一歩踏み出す時なんだ! 勇気をもって動き出す時は今だったんだ!」
「…………ふっ」
喜び勇む裕太をよそに、アキは後ろを振り向きカジの肩にポンと手を置いた。
「やっぱダメだコイツ」
「ええええーーーーーー!???」
アキの戦略の緻密さに感嘆していた矢先の、まさかのサジ投げである。驚愕するカジ。やれやれといった表情のアキ。そして、先ほどまでの幼稚さが嘘のようなキリリとした男の顔を見せる裕太。
「石竹尋さん!!」
裕太は車の傍に立っていたヒロにズンズンと近づく。裕太が最初にミナミティを見た時に握手してくれたのはヒロだった。それゆえに彼はミナミティの中でも特にヒロに好意を抱いていたのだ。
「……はい、なんでしょ」
ヒロは無表情で彼の問い掛けに応じる。
「は、は、はじめて見た時から……す、す、好きでした!!」
裕太は今まで貯めこんだありったけのエネルギーでエンジンを吹かし、告白するが……
「いや普通に無理っ……きもいから」
そのまま壁にめり込んで玉砕した。
*
『ピイーーーーーーン』
動画配信中の邸内ではどこからかアンプの音が響く。
「こっちのチューニングは終わってるぜ……久しぶりに演るかい、ママ?」
この家の家主であるところの、裕太の父がどこからともなく楽器セットを用意して裕太の部屋の前に現れていた。
「あなたったら……リハもせずにいきなり本番だなんて。ふふ、でもあの頃を思い出すわ!」
「あ、あのー」
既にハルヒは完全に蚊帳の外であった。意気揚々と家に乗り込んだ彼女であったが、若造の未熟なイキりが眠れる老獅子を目覚めさせてしまったのだ。
『ジャッジャッジャーン!! ジャッジャッジャジャーン!!!』
尚子の合図で、邸内にハードなリフが流れる。
「70年代洋ロック!?」
「フフフ、驚いた? 新藤家秘蔵の音響機材よ。ミニライブくらいならいつでも出来るってワケ」
「いや知らんわ!」
*
邸内から流れる重低音は、路上にも響き渡る。しかし、今カジたちに邸内の様子を気にする余裕はなかった。
「ふざけんな! ふざけんな! 結局お前も俺を見捨てるんじゃないか! なんだよ……クソォ!」
「ウルさい、黙って! てか、なんで私がアンタと付き合う理由があるの? ねえ、なんで付き合えると思ったの? アンタは私に何してくれるわけ? ねえ!!」
「ああああああああああーーーーー!!!!」
「うっせーな、いちいち叫ぶなよ!」
ヒロと裕太は言い合いに発展していた。
「オオーイ! やっぱ収拾付かなくなってんじゃねえか!」
カジがアキを問い詰めようとしたその時。
「新藤さん!!!」
今まで黙って事の経過を見守っていたショーコが声を上げた。大音量で流れるロックサウンドにも負けないほどの声の張りであった。
「あなたの気持ち分かります!!!」
ショーコの目にはかすかに涙が滲んでいた。
「誰にも相手にされず……誰にも理解されない日々……アタシもずっとそうだったから!」
「今水さん……」
水族館でショーコの過去を聞いたカジは、彼女の言葉が本気であることを理解した。
「でも! アタシがそうだったみたく、あなたを理解する人が必ず現れます! いや……出来る事ならアタシがあなたを理解して…」
「ショーコちゃん! じゃあ俺と付き合って!」
「え!?」
「そしたら俺、頑張れるから!!」
「そ、それは……」
あまりに節操の無い主張である。ヒロに告白した数分後に、今度は別の女性に告白する。アイドル相手でなくても、ドン引きする程醜悪な言動だ。しかし……
「ちょっとあんたショーコにまで何言ってんの!」
「うるせえ黙れビッチ!」
破壊や殺戮に向かうはずだったエネルギーはどんな形であれ別の方向に向かうようになっていた。そして、人に非難されても、己を変化させる痛みを感じながらも、確かに彼は行動していた。それを良い変化と呼ぶには疑問符が付くし、変化しない方が良かった可能性すらあるが、とにもかくにも裕太は一歩前進していた。それだけは間違いのない事実なのであった。
「今水さん……気にするなって」
カジが呆れつつもショーコにフォローを入れる。手を差し伸べようと仏が垂らした蜘蛛の糸をネットオークションで転売するかのような非礼である。ショーコは酷くショックを受けたのか下を向いて黙ってしまっていた。
「君が悪いわけじゃ無い。世の中、こーいう手合いもいるのさ。だから……って、ん?」
しかし、彼の心配は的を外していた。
「失恋……ストーカー……70年代洋楽ロック……」
「あれ? 今水さん……?」
「浮かんだ! 歌詞のインスピレーション! 何か書くもの!」
「ええええーーーー!!!!!!」
カジは本日何度目かも分からない驚愕の声を上げた。
「ああ!! アイデアがどっか言っちゃうわ~!! 早く書くものを……あ! そうだ、家の中になら!」
そう言うや否や、裕太の家に飛び込むショーコ。2階からエレキギターと尚子のシャウトがより一層大きく響き渡ると、彼女に更に大きなインスピレーションを与えた。
「歌うまっ! ギターもすごっ! お母さん素敵すぎです~!」
2階から聞こえるハルヒの素っ頓狂な声を耳にしつつ、ショーコは1階のリビングに駆けこんだ。すると、食卓テーブルの脇にメモ用紙とボールペンがあるのを発見した。
「あったっ! 書くもの!」
それは裕太と家族がコミュニケーションを取るためのメモ用紙であった。しかし、そんな事情などお構いなくショーコは思いついた歌詞をメモ用紙に書きなぐっていった。
「何だよこの音! 今何時だと思ってんだ!」
「おいおい、新藤さんちでまた騒ぎか!」
「ちょっとうるさくて眠れないわよー!」
騒ぎに気付いた近隣住民たちも裕太の家の周りに集まってきていた。
「あらら~、アタシ知ーらないっと」
アキは他人事のような態度でそっぽを向いた。カジは立ち尽くしながらも周囲の状況一つ一つに確認するように目を向ける。
「このアバズレどもがよォ! 俺の事を弄んで楽しいか畜生!」
「ハア!? アンタの事なんて知らねーよ!!」
自らストーカーの家に来てストーカーと言い合いするアイドル。
「どんどんアイディアが浮かぶ~! これは名曲キタで~(関西弁)! ふん、ふん、ふふーん♪」
人の家に勝手に上がり、もくもくと作詞をするアイドル。
『I come home in the morning light my mother says~♪』
「お母さんの懐かし洋楽ナンバーも4曲目に突入だァー!」
大音量で鳴り響く歌と炎上確実のDQN映像を楽し気に実況するアイドル。
「もしもし、そう……予定が狂っちゃってね。今日はもう撤収して明日は予定通りに……うんうん。いやーもう大丈夫でしょ」
自分の企画が元で起こった目の前のトラブルをよそに、誰かと事務的な電話をするプロデューサー。
「ちょっと! 新藤さん! 今日という今日は我慢ならないよ! もう警察を呼びましたからね!」
騒ぎに抗議する近隣住民たち。遠くから聞こえるパトカーのサイレン。集まる野次馬……炎上、苦情、騒音、罵声──
カジはふと空を見上げる。うっすらと雲がかかる半月の美しさを、地上の醜悪さがコントラストで際立たせた。
「倉原よお、やっぱ俺まっとうに生きるの無理そうだわ……」
この一連の生配信動画は瞬く間に数万再生を稼ぐが当然のごとくすぐに削除された。ミナミティの存在自体を半ば無視する大手メディアもこの一件を報じず、記録にもほとんど残らなかった。しかし、この夜のミナミティの蛮行は怪しいコンビニ本では代々語り継がれる都市伝説として、一部マニアの心にだけ深く刻まれる事になったのであった。




