第12話 志望動機は何ですか?
前回のあらすじ:ショーコは解説病だった……
「昔から人と話すのが苦手で……自分が夢中になると周りのことが見えなくなって、気が付くと自分が話したい事ばっかり話してるんです」
ショーコは落ち着きを取り戻すと、自身の悪癖についてカジに話始めた。
「一人で本を読んだり何かを調べたりするのが好きで、新しく知った事は無性に人に話したくてしょうがなくなっちゃうんです……」
カジは彼女の話を黙って聞いた。
「でも、その度に周りの人に煙たがられて……ウザがられて……学校でも避けられて、無視されるようになっていって……」
(「おーーい! お前か、一人でマンガばっかり読んでるいじめらっれこってのは!」)
(「あ!? バカにしてんのかよ? 女はすっこんでろ!」)
カジはショーコの話を、自身の過去の出来事と重ね合わせていた。
(「ねえ、アタシが友達になってあげましょうか?」)
「それが解説病……ですか」
ショーコがこくりと頷く。
「だから、高校ではなるべく人に話さないようにしようとしてたんですけど……でもアキちゃんが話しかけてくれて……ヒロちゃんやハルヒちゃんとも友達になって……あたしは今のままでもいいって言ってくれて……それが嬉しくて……ホントは自分が変わらなきゃダメなのに……その言葉に甘えて結局、アタシ……」
「……なるほどな」
「あっ! ごめんなさい、あたしまた自分の話ばっかり! こういう所ですよね……ホント、ダメだあたし……」
再び下を向いてしまったショーコを見やると、カジは静かに口を開いた。
「俺も空手をやるまでは独りぼっちだった」
「えっ?」
「ま、今も友達なんてほとんどいないけど……それよりさ! あの試合の事を知ってんなら格闘技詳しいんだろ? じゃあさ、総合格闘技の桜畠選手って知ってる?」
「え……あっハイ! もちろん! 日本総合格闘界のレジェンドで、日本人初のミドル級世界トップ10入り、身長180cm、通算戦績は…」
「そ、そう! その桜畠! 実は俺、以前あの人とジムで一緒になってさ。その時、体の動かし方とか武術のアドバイスして貰ったんだぜ? 凄くない?」
「え! スゴイです!」
「だろ~? サインもその時貰っちゃってさあ……あ、それと大相撲は分かる? 史上最高の取り組みと名高い海雄山VS阿慈欧の…」
「伝説の立ち合い! 10年前の秋場所千秋楽ですね!」
「おう。その試合なんだが実は俺、現地で観戦しててさァ」
「そうなんですか!! 羨ましいです!! アタシも格闘技は観に行く事あるんですけど、最近は超日本プロレスばっかり観ていて…」
「おっ! 超日とは渋いね~。じゃあさ超日の選手だと誰が好き?」
突然始まった格闘技トーク。なんの事はない、趣味の合う友人同士の他愛の無い日常会話だ。愛や運命や世界平和について語り合う訳では無い。これと言って建設的な内容もない。ただ、そこに不和や気まずさの類も無かった。カジはいつの間にやら敬語をはずし、二人は共感の赴くままに話し続けたのだった。
「おおっと、もうこんな時間か」
気付けばあたりは既に暗く、閉館時間も近づいてきていた。
「プロデューサーたちも待ってるだろうし、そろそろ帰らないとな」
カジが帰宅を促すと、ショーコは少し残念そうな表情を見せた。カジとの“デート”も満更ではなかったという事だろうか。少なくとも、わだかまりが解消できた事は鈍感なカジにも理解できた。帰り路、それを証明するようにショーコはカジに感謝の言葉を述べた。
「あ、あの……今日はありがとうございました…。なんというか、その……すごく楽しかったです」
ショーコは心なしか表情が明るくなっているようにも見えた。
「歌詞作りは進まなかったですけど、リフレッシュはできました! 色々な話を聞けて、インスピレーションが湧いてきそうな感じもします!」
「そいつは良かった!」
カジも職場の仲間と少しでも打ち解けられた事に安堵した。職場の飲み会、ゴルフ、バーベキューetc。とかく現代人には忌避されがちな仕事仲間とのコミュニケーションだが、相互理解を深める機会という意味ではあながちバカに出来たものではないのかもしれない。
「今日カジさんと話すまで歌の詩って何なのかよく分からなくなってた気がします。最近色々な事があったせいか、アイドル活動も歌詞作りも難しく考え過ぎていたのかもしれません……それで自分が本当にやりたい事を見失っていたように思うんです」
18歳という年頃は己の人生について深く考える事の多い時期だろう。大学に進学するのか、就職するのか、はたまた別の道か。しかし、自分の“やりたい事”を“やる事”に定め、自分の意志で道を歩み出して行ける者がこの年齢で果たしてどれだけいるだろうか。ショーコはアイドル活動に対して真摯な姿勢で取り組み、それ故歌詞作りにも真摯に思い悩んでいるのだ。カジはそう納得した時、感心と同時に羨望の感情が湧いた。
「ひとつ、聞いてもいいかい?」
「なんですか?」
「今水さんは何でアイドルになろうとしたの?」
カジの質問を聞くと、ショーコは少し考えてから静かに答え始めた。
「……もともと人を驚かせたり楽しませたりするのが好きだったんです……ただ、最初はアイドルなんて私には出来ないし、関係ないものだと思ってました……でもアキちゃんがアイドルやろうって誘ってくれて…」
─────────────────
─────────
────
「やっぱりアナタだったのね」
「はっ?!! こここ、これはその……」
夕暮れ時の図書室。ショーコは背後からアキに話しかけられ狼狽した。ショーコは白地のカバーの無機質な本を本棚に並べようとしているところであった。タイトルは【アイドルソング歌詞の作り方】。
「出版元の記載がない著者・小泉昌磨の謎の本……小泉昌磨は今水翔子のアナグラムだし、人知れず本を増やすなんて図書委員じゃなきゃ出来ないし……名探偵じゃなくても、誰がやってるか分かるって……なんでこんな事してんの?」
ショーコは絶望した。最も知られたくない事を最も知られたくない相手に知られてしまったのだ。このような奇行を知られれば、普通の感性の者ならば嘲笑し嫌悪するだろう。少なくとも今まで通りの友情を保つのは難しいのではないか。とショーコは恐れたのだった。
「ねえ、なんで?」
しかし、それ以上に嘘をつく事が友情を損ねる事だと感じ、ショーコは正直に動機を吐露する。
「……何かに熱中すると我を忘れて文章を書いちゃう癖があるの……最初は1,000文字くらいだったのが段々文字数が増えていって……気が付くと1日で本にできるくらいの文章量になってて……」
ショーコは消え入りそうな声を絞り出すように話す。
「さ、最初は恥ずかしかったから人には見せたくなかった……でも、しだいに誰かに読んでほしい気持ちが強くなっていって……製本して本棚に置いたら誰か読んでくれるんじゃないかと思って……わ、悪いことだと思ってはいたの……でも…」
それは歪んだ承認欲求の現われであった。つまるところは、普段馴染めない周囲の人間たちに対して己の存在を認めさせるための精一杯の代償行為なのだ。彼女は口には出さなかったが、彼女の行為にそのような意図もあった事はアキもすぐに悟った。しかし、そんな些細な問題よりも彼女が気になったのは別のポイントであった。
「ねえ、この本さ……ざっと6、7万文字くらいはあると思うんだけど……さっき1日で書いたって言ったわよね? それは本当?」
アキはショーコの顔をじっと見つめる。
「…………嘘じゃないみたいね」
ライターが1日に書く文章量は限界でも2万文字程度と言われている。その3倍以上の文章量をたった1日、しかも製本するに差し支えない程まとまった文体で書くことの難しさをお分かり頂けるだろうか。みじめなオタク女の奇行というだけでは済まされない。その異常な営為を支えるのは知的好奇心と集中力、そして何より──
「ねえ、ショーコ! あなたって人を楽しませるのが好きなのね!」
「えっ!?」
ショーコは驚いた。一体突然何を言い出すのか、と。この流れでアキが何故そう思い至ったかまったく謎でしかない。しかし、ショーコは自身ですら気付いていなかった己の本質に気付かされたような気がして、不思議な高揚感を得ていた。
「だったらさ……わたしと一緒にアイドルをやらない!?」
これまた、まったく謎めいた提案だ。どうして、自作本をせっせと作って図書室に無断で置くことがアイドルに繋がるのか。支離滅裂とはまさにこのことであった。
「ええ、そんな……どういうこと?」
「いやさ、この学校でアイドルグループを作ろうと思っていてメンバーを探してたんだけど……こんなにアイドルに詳しいって事はそれだけアイドルが好きって事でしょ? だから、ショーコならやってくれるんじゃないかと思って……」
「だからってアタシがアイドルをやるなんて……無理だよ! 運動神経もよくないし、歌もそんなに上手くないし、だいたいアタシそんなカワイクも…」
困惑しつつもショーコはアキの荒唐無稽な言葉が、今まで無軌道だった自身の情熱の方向性を集約させてくれているように感じていた。アイドルになるという、今まで考えもしなかった道が現実味を帯びている様に何故だか感じられたのだ。
「ダンスや歌の才能……確かにアイドルとして重要な資質ね! でも、それ以上に重要な資質がある。それは、人を楽しませるのが好きってこと!」
アキはショーコの瞳を見つめつつ、熱っぽく語る。
「歌の才能を活かすなら歌手になればいいし、ダンスの才能を活かすならダンサーになればいい。わたし、アイドルって人を楽しませることのプロだと思うの! 歌もダンスもその方法の一つにしか過ぎない……だから」
アキは満面の笑みを浮かべる。
「ショーコは人を楽しませる才能を持っている! あとは、アナタがアイドルをやりたいかどうかってだけ!」
「………………ア、アタシは……」
────
─────────
─────────────────
ショーコはカジに自身のアイドルを目指すに至った経緯を話した。
「アタシ、一度集中すると時には一日中周りが見えなくなっちゃう事があるんです……これって凄く変ですよね? だから、最初は人には言えなかった。でも、アキちゃん達はそれを特別な個性だって言ってくれて……アイドルとしてそれを活かす方法も教えてくれて……最初は半信半疑だったけど、アタシの考えた歌詞や衣装で色んな人が喜んでくれたり驚いてくれたりするうちに……アイドルがどんどん好きになっていって……それでプロのアイドルとして頑張っていこうと思うようになったんです。やっぱり、アタシ変ですよね?」
「変じゃないって……たぶん、それゾーンだ」
「ゾーン?」
「一流のスポーツ選手や芸術家なんかが、極度に集中した時にだけなる一種の覚醒状態……でもゾーンが1日中持続するなんて聞いたことが無い。凄い才能だ」
「あ、ありがとうございます……」
ショーコは照れつつもカジにそう答えた。
「あ、あの……あたしも聞いていいですか?」
「なに?」
「カジさんは何でミナミティのマネージャーになろうと思ったんですか?」
「あ……お、俺は……」
ショーコの問いにカジは言葉を詰まらせた。彼がミナミティのマネージャーを志した経緯は夢や情熱に準じたものでは無く、打算と妥協に準じたものであった。真摯に己の生き方に向き合う彼女に比べ、あまりに恥ずかしく、あまりにみっともない理由だ。カジがどう言葉を絞り出すかに苦心している時、助け舟を出すかのように前方から声がした。
「二人とも遅い!!」
水族館の出口にはアキとヒロの二人の姿があった。ハルヒの姿はない。どうやら既に【ラ・ミレプラザ】を後にした様であった。
「がっつりデート楽しみ過ぎでしょ!」
「すみません……で、そっちのプロモーション企画の準備とやらはもう終わったんですか?」
「ええ、段取りも済んだわ。なので早速企画を始めたいと思うの」
「えっ! 今からっすか!?」
「アキちゃん、そんな急な……」
ショーコとカジはまたも唐突な指示に困惑する。
「そう! 善は急げってね! ……という訳で、二人にも今回のプロモーションの内容を伝えます!!」
そういうとアキはA4ペラ1の雑な企画書を二人に手渡し、テストで100点を取った子供が母親に自慢するように企画内容の説明を始めた。
「…………という訳! どう? なかなか面白そうでしょ?」
話し終えたアキは得意満面のどや顔であったが、反対にカジは青ざめ、恐れおののいた表情で彼女に問いかけた。
「な……なあ、正気か!? それ……正気で言ってるのか!??」
「オフコーーゥス!」
アキが親指を立てる。カジは三本指を額に当て反対の手で冷や汗をぬぐった。
「ミナミティ……俺はなんて連中に関わっちまったんだ……」




