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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第10話 ストーカーパニック

前回のあらすじ:写真のストーカーその1・角刈りリュック現る!


「な、なあ、なんで男と一緒にいるんだあ……?? お前たちも俺を裏切るのか…??」


 角刈りリュックがどもりがちにミナミティに問い正す。


「ど、ど、どれだけぼ、俺が……君たちの事を好きで……君たちの曲を聞いたか……そ、それを、それを……」

 その右手には刃渡り20cmはあろうかというセラミック製のナイフが握られていた。明らかに殺傷目的の道具──しかし、相対するヒロは冷静さを失うことなく、逆に男に質問し返す。


「ミナミティのファンの人ですか? 話があるのならお聞きしますが、まずはそのナイフをしまってくれませんか? だって話をするのにそんな物騒なものは必要ないでしょ?」

 たとえ相手がどんな危険人物であっても、ファンに対しての対応は礼節を保つ。まさにアイドルの鑑であるが、その凛とした姿勢は角刈りリュックをより一層不快にさせた。


  「お、おい……あれって……!」


 当初はカジとパラディン(仮)の言い争いに注視していた他の客たちも、更なる異常が発生している事を察する。


  「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!」


 【ラ・ミレプラザ】に悲鳴が鳴り響くと、決壊したダムのように周囲の人々が四方に逃げ惑った。


「なっ!? しまった!! アイツは角刈りリュック!!」

 そしてカジもここでようやく異変に気が付く。カジはパラディン(仮)との言い合いに気を取られ、迂闊にも彼女たちに近づく脅威を察知できなかったのだ。


「ざけんな……ざけんなよぉ……ライブに行ったりCDやグッズを買うために……やっとバイトも……は、始めようと思っていたところだったのに……それなのに……」

 角刈りリュックはナイフを両手で握り、身体の前に突き出す構えを見せる。それは明らかに攻撃準備のための態勢だった。


「そこまでだ!! 俺の勤務時間中はミナミティに手出しはさせないぜ!!」

 カジが角刈りリュックの背後に回り、肩を掴む。すると角刈りリュックは鳴り響く目覚まし時計のように突如体を震わせ奇声を上げた。


「アアァウワヲォッ!!!!」


 デタラメに振り回したセラミックナイフの先がカジの頬をかすめると、薄皮一枚が切れて血が滴った。


  「うわあああっ! 人を切りやがったぞ!」

  「け、警察! 誰か警察をおおおおおお!」

  「うっひょうスゲエ! 写真! いや動画を撮って配信だ!」


 周囲は大混乱に陥る。平和なショッピングモールが一瞬にして血なまぐさい戦場に変わってしまったかのようであった。

「お前だよお前えええええ!! お前さえいなけりゃよぉおおお!! ぜ、全部うまくいくのにさあ!!」

 角刈りリュックの怒りの矛先は今度はカジに対して向けられた。


「だ、大体お前は何だよ!? いきなりミナミティの周りに現れて……ミナミティの誰かの……かかか、彼氏なのかァ!?」

「はあ!? 何でいきなりそうなんだよ! ただのマネージャーだ俺は!」

「嘘つくなァ! ただのマネージャーが何でミナミティと楽し気に買い物なんかしてんだよォ!」

「お前みたいな奴がストーカーするからボディーガードしてんだよ!!」

 カジは反論するが、角刈りリュックは聞く耳を持たない。


「ああああああああ~ッ!!!!! ミナミティは女の子だけの世界で良かったのに……男なんていらないんだ!! お前みたいなのはいらないんだよ!! ミナミティの世界を汚しやがって!!」

 一段と大きな声で奇声を発すると、角刈りリュックは再びナイフを前に構えた。


「ちっ! 結局荒事か!」

 カジは距離を保ちつつ、角刈りリュックの動きを伺う。


(ナイフを持ってるが動きはド素人……空手を使えれば容易に倒せるだろうが、今は条件が揃っていない。攻撃回避に専念して警備員か警察が到着するまで時間を稼ぐしかないか……しかし、俺じゃなくてミナミティのコたちを狙われたら守り切れるか?)


 カジがミナミティのメンバーに視線を向ける。

「ちょっとアンタ、有名な空手家なんでしょ!? 何とかならないの!?」

「カジマネ! 今こそ朝練の成果を見せる時だよお!」

 ヒロたちが、カジに声をかける。


「ちょっと静かにしててください! 今はとにかく俺の後ろに!」

 カジはミナミティの3人の2メートルほど前に陣取り、視線をにじり寄る角刈りリュックに固定する。


「あ……カジさん……あの、その……」

 ショーコは混乱のさなかカジの背中を見つめる。しかし、どう声を掛けるべきか分からず、怯えた表情で事態を見守る事しかできなかった。


「ああ……もうダメだ……お前らホントダメだ……殺す……殺してやるよ……」

 ぶつぶつとうわ言のように独り言をつぶやく角刈りリュック。カジは彼に対して、ゲームセンターでクロヌキに問いかけた時と同じく、奇妙な質問を投げかけた。


「なあアンタ、俺と勝負しねえか?」


 この期に及んで何とも間の抜けた質問。誰がどう見ても命の危機があるこの状況に勝負も何もあったものでは無いはずだ。


「はあ!? あんた、こんな時に何言ってんの!?」

「もう真剣勝負は始まってるッスよ~!」

 ヒロたちにはカジの場違いな問いかけの意図が分からなかった。しかしカジの剣幕は冗談を言っている様でも余裕をかましている様でもない。


「ああ、そうだ……もう殺すしかない……ファンを裏切った罰だ……死刑は当然だ」

 角刈りリュックはカジの問い掛けなど一切耳に入っていない様子だ。ナイフを構えたままジリジリとにじみ寄る。


「俺は素手でいい……だから俺と一対一の勝負を…」

「ノー!!! いかん!!!」

 

 予期せぬ方向から叫び声が上がる──声の主はパラディン(仮)であった。

「な! お前まだ…」

「そのナイフはNGだ!! 軍用ナイフスペツナズ!! 刃先を発射して遠隔攻撃できる!!」

「何ィッ!!??」

 カジは瞬時に振り返り、背中で射線を防ぎつつヒロたちを伏せさせた。


「うわああっ!! 死んじゃえよぉーーーー!!」


 バシュッ!と発射されたナイフの刃先はカジ達の頭上を通過。数メートル後ろの壁にまっすぐ突き刺さった。

「ハア、ハア、ハア…………はずれたか」

 そう言うと、角刈りリュックはリュックから新しいナイフを取り出した。

「つ、次ははずさないからな」

 角刈りリュックの目は完全に座っていた。幼児のように喚き散らしていた先ほどまでとは違い、冷徹な仕事人の目である。


「クソっ! どうする!?」

 カジだけであれば攻撃を避けるのは容易い。しかし、彼が避ければ後ろのミナミティに攻撃が当たってしまう。窮地を切り抜ける方法はただ一つ──ナイフが発射されるその前に角刈りリュックを打ち倒す事だ。


(……ダメだっ! 空手は使えねえ!)


 だが、カジは動かなかった。刃物の恐怖に怯えている訳でも無ければ、相手を制圧する実力が無い訳でもない。それでもカジは相手を攻撃するという選択をしなかった。

 

「さあ……死ねっ!」

 角刈りリュックが再び刃先を発射しようとナイフを前に突き出した。その時……


「痛ッ!!!!」


 混乱する人ごみの中から突如飛んできたパチンコ玉が角刈りリュックの手に命中した。

 角刈りリュックはうめき声を上げ、持っていたナイフは地面に落下した。


(なっ!? 今のは!?)


 常人であれば見逃してしまったかもしれない刹那の出来事。カジはその動体視力()で起こった出来事を正確に把握すると「一体誰が助太刀を?」という疑問の前に、次に採るべき最適行動を瞬時に判断した。まずは角刈りリュックの手から落ちたナイフを更に遠くへと蹴り出す。


「えっ! 何!? 何が起こったの!?」


 遅れてミナミティの3人がリアクションを見せる。さらに遅れて、角刈りリュックも己の劣勢を理解し表情を歪めた。


「くっ……ちくしょう!!!!!」

 角刈りリュックは悪態をつくと、手を抑えたままカジたちに背を向け逃走を開始した。


「あッ! 待ちやがれ!」

 カジも逃がすかとばかりに駆け出すが、「待って!!!」と彼の動きを制止する声に追跡を中断させられた。一同が声の方向に振り返るとそこにはアキが立っていた。


「やっぱりね! 彼の人格獣(アニマ)の形からしてこういう挑発にはすぐに反応すると思った!」


「あ、アキちゃん! どうしてここに?」

「今日は用事があるんじゃなかったん?」


 ショーコとハルヒがアキに問う。彼女はミナミティのプロモーション企画の打ち合わせのため横浜を離れているはずであった。


「ふふふ! モニタリングしてました☆ アイドルがデートしてる様子をね!」

「ハア? デートじゃないっちゅーの! だいたい気分転換に買い物に行ったらどうかってアキが言い出した事じゃん!」  

 ミナミティとアキはまるで学校の休み時間に雑談するかのように呑気に話し続ける。しかし、どう考えてもそんな悠長な話をしているような状況では無い。


「おい! あいつ逃がしちまってもいいのかよ!」

 角刈りリュックの背中は既に遠く、数十メートルは離れてしまっていた。

「大丈夫、大丈夫。手は打ってあるから」

 興奮気味にまくしたてるカジに、アキはあくまで落ち着いた態度で答える。何が大丈夫なのかカジには皆目見当がつかなかったが、アキの泰然とした余裕は何か深い計算があるのようにも見て取れた。


「そ・れ・よ・り……」


 しかし、次に飛び出したアキの言葉はカジを更なる混乱へと導いた。


「新しいプロモーション企画が完成しました! ので、皆とは今からそれについて打ち合わせをしたいと思います!」

「なっ!? こんな時に何言い出すんだ!?」

 あまりに脈絡のない話の流れである。カジたちはつい1、2分前まで命の危機に晒されていたのだ。そこにいきなりプロモーションと言われても、どう反応すればよいのか。異様なまでのテンションの振れ幅である。


「オイオーイ! 突然過ぎでしょー! いくら何でも!」 

「ちょっと頭が追い付かないんだけど? 今度は何企んでるのよ一体?」

 これには流石にミナミティのメンバーも困惑した様子を見せる。


「ふふふ、順を追って説明するわ……でも、その前にカジさん! とショーコ!」

 訳も分からず呆ける二人をアキが唐突に指名した。


「えっ!?」

「は、はい!?」

「他の二人には先に企画について説明してるので、その間二人は()()()で……」


 カジとショーコはアキが指さした先を見やる。そこには広場に隣接する水族館の入り口があった。


「二人はあそこでデートしてきて!」


「「 えええええーーーー!!!!? 」」


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