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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第9話 もしかしてだけど…

前回のあらすじ:オフを楽しむミナミティに不穏な影が近づく……


「ハア、疲れる……女子の買い物はどうしてこう時間が掛かるかな~」


 広場の休憩スペース。しばし【ラ・ミレプラザ】内を散策した後、ミナミティのメンバーとカジはベンチに腰かけて一休みしていた。一通り買い物を済ませたヒロとハルヒは満足げであり、無邪気に笑うその様子は年相応の少女そのものであった。


「ふう、しかし……」

 カジはもう一人のメンバー・ショーコに視線を向ける。俯き加減で椅子に座り、ほとんど喋ろうとしない。残りの二人も、当初こそショーコに対して気を使った素振りを見せていたが、今はおしゃべりに夢中でほとんど彼女を気にかける様子も無かった。カジよりも遥かに付き合いの長い3人であるからして、その距離感が3人にとっては当たり前のものであるかもしれなかったが、カジにしてみれば何とも居たたまれない気持ちであった。


(うーん、最初はほっといた方がいいかなと思っていたが……よし!)


 カジは立ち上がり、近くの自販機に向かう。そこでホットコーヒーを2本買うと、己の持つありったけの甲斐性を使ってショーコに話しかけた。


「今水さん、これどうぞ」

「あ……どうも、ありがとうございます」

 ショーコは消え入りそうな声でカジに感謝の言葉を述べる。

「隣、いいですか?」

 ショーコが小さく頷くのを見ると、カジは彼女の隣に腰かけ、おもむろに話し始めた。


「歌詞作り、大変みたいっすね」


「あ……その……心配かけてしまってすみません……仕事滞っちゃってますよね?」

「ああ、いや、そういう事じゃなくてですね……」

 カジは少し溜めを作ると、照れくさそうに続く言葉を吐き出した。


「尊敬します」

「……えっ?」

 カジの予想外の言葉に驚きショーコが聞き返す。


「尊敬するって言ったんですよ。ゼロから歌詞を作り出すなんて、俺のようなボンクラには到底及びもつかねえ領域……だから凄えなって思って」

 戸惑うショーコを尻目にカジは何故か遠くの方を見ながら言葉を続けた。


「俺は小学校の作文ですらまともに書けなかったし、音楽の心得も全く無い。だから歌詞作りを手伝う事は出来ないし、ましてや自分が作った歌詞をたくさんの人に評価されるなんて想像もつかねえ……でもさ、100点満点取らなきゃ絶対ダメなんて事は無いんじゃないですか?」

「……あっ」

 ショーコはカジの顔を見ると何かハッとしたような表情を見せた。


「他人がどう評価するかって確かにすごく重要なんすけどね……人間、誰しも完璧に他人を納得させる仕事なんて出来やしないと思うんです」


 カジは自分の人生を振り返り、必死に彼女のプラスになるような教示を捻りだす。大人として若者を正しく導こうという姿勢は立派であるが、これは一歩間違えればただ退屈なだけのお説教となる。飲み会の席で上司が話す「俺の若い頃は」トークがそれであるし、校長先生の朝礼の長話もそれに類する。カジもその事は重々理解していたので、慎重に言葉を選んだ。……その結果イケメン俳優がドラマで言うような恥ずかしいセリフ回しとなった訳だが、当人は至って真面目である。


「それでも限られた時間の中で、今最善と思う行動をしなきゃならないのが大人であり……人生? というか……だから、えーと……つまり俺の若い頃はだな…」

「あの!!!」

 ショーコが突然立ち上がる。


 カジは驚いてショーコを見上げる。お説教はたくさんだという意思表示であろうか?それとも、もしかしてカジの熱弁に感動してしまったのであろうか?


「あ……ああ、どうしたんです?」

「あの……もしかして……」

 ショーコはカジの顔をまじまじと見つめると、メガネの奥のつぶらな瞳が輝き、リンゴホッペをさらに赤らめた。ヒロとハルヒもなんだなんだと言わんばかりに、彼女の様子に注視する。

「やっぱりアナタ……世界オープン空手トーナメントで準優勝した梶選手ね!」

「え!」

 カジの心臓の鼓動が早くなる。


「そうだ間違いない! やっと思い出しました! 最初に見た時から気になっていたんです! 今日一日モヤモヤしてたけど……あー、すっきりしたぁ!」

「考え事ってそれ!?」

 ハルヒが思わず突っ込む。


「なになに、このヒト有名なヒトなの?」

「え!? みんな知らないの!? 梶雪男は神奈川県鎌倉市出身の空手家で、年齢は29歳! 血液型はB型・身長は181.2cm! 体重(ウェイト)は中量級ながら無差別級の大会でも実績があり、所属流派は…」

「詳しっ! ウィキペディアか!」

「ハアー、また始まったショーコの悪い癖……」

 ヒロがため息交じりに呟く。


「カジマネそんな強い空手の選手だったんスね!」

「いや……何年も昔の話です」

 カジは苦々しい表情でそっけなく答える。


「そう、あれは8年前の大会でしたね! 無名流派の所属選手がまさかの快進撃で決勝進出! メジャー3流派以外での決勝進出は史上唯一の記録なんですよね~」

「そうですけど……まあ、俺のことはいいじゃないですか」

 カジの様子は謙遜して照れているという訳でもなく、明らかに不快そうであった。輝かしい経歴と裏腹にこの話に本気で触れてほしくないという意図が読み取れる。


「無差別級では決して恵まれた体格では無いものの、決勝までは全試合オール一本勝ち! マイナー流派の無名選手が躍進したことで、当時の格闘技界隈ではひそかに話題になったんですよね、それで…」

 ショーコはそんなカジの様子などお構いなしに、彼について知っている知識をまくしたてた。普段の消え入りそうな話し方が嘘のようにハキハキと喋る。


「いや、ほんともうその辺で……」

 先ほどまでの穏やかな様子とは違い、カジはただならぬ雰囲気を醸し出していた。

「あっ、コレもしかして触れちゃまずいやつ?」

「ちょ、ちょっとショーコ……」

 ヒロとハルヒはカジの不穏な様子に気が付いたが、ショーコは全く話を止める気配も無い。


「準決勝ではあのオストリッチ大山を撃破! 決勝戦は格闘技フリークの間では知る人ぞ知る伝説の試合で、勝負の結果は物議を…」

「やめてくれッ!!!!」


 カジが強めの口調でショーコの話を制止する。


 ミナミティの3人は驚いた様子でカジに目を向ける。気持ちよく喋っていたショーコは特にショックを隠せない様子であった。

「ア……あえ、あたし……」

 ショーコは我に返り、やってしまったという表情を浮かべていた。


「俺はもう空手家は引退したんだ……だから、もう……その話は勘弁してくれ!」

「ちょっとアンタね……!」

 尋常ではない事情が有りそうではあったが、大の大人が女子高生にいきなり声を荒げるのも大人げないというもの。ヒロが見かねてカジの態度を注意しようとしたその時──


「コラァ!! ギルティーだ!! アイドルに大声を出すDV豚やろう!!」


 振り向くと人ごみの中から、一人の若い男性が歩み寄ってくるのが見えた。赤赤しいジャケットに緑のサングラスの派手な出で立ち。カジが初出勤日に追いかけっこをする羽目になった(くだん)のパラディン(仮)であった。


「あっ、てめえ! 校門にいたナイト! あん時はよくもやってくれたな! てか、こんなトコで何してやがる!」

 パラディン(仮)の姿を認識するとカジの方も席を立ち、パラディンに詰め寄る。

「ナイトじゃなくてパラディン! ショーコちゃんに大声出すのはNGィ!」

 パラディン(仮)は性懲りもなく、またミナミティの動向を監視(ストーキング)しており、声を荒げたカジの行動をNG行為と判定してサッカーの主審のように飛び出してきたのである。


「ああ!? お前には関係ねえだろ! つーかテメエまたストーキングしてやがったな!」

「ストーキングじゃない! “見守り”だ! 僕は誰よりもミナミティを愛しているのだ!」

「知った事か! 今すぐ帰れ!」

「お前こそ今すぐ僕とマネージャーを代われ!」


 カジとパラディン(仮)が言い合いを始めると、周囲の一般客もそれに気づいてざわつき始める。


「あーあー、なによもー」

 ヒロはやや遠巻きに、呆れながら彼らの様子を見つめる。


「ショーコ、だいじょぶ? すぐ叫ぶ男はサイテーだって親が言ってたよ?」

 ハルヒは打ちひしがれた様子のショーコにフォローを入れていた。


「でもアタシ……カジさんが気に障る事言っちゃったかも……」

「ったく、ガラ悪そうなのは見た目だけで大人しい男なのかと思ったら、いきなり女子に向かって怒鳴り声上げるなんてねえ……なんでアキはあんな奴をマネージャーで雇ったんだか。ショーコ、気にしなくていいよ。アイツが異常なだけだから」


 最悪の空気である。せっかくの息抜きのはずがこのトラブル。彼女たちが辟易するのも頷ける。

 が、こういう時にこそ注意力を緩めてはいけない。こういった予期せぬトラブルの時、留意すべき点がある事を読者諸兄は覚えているだろうか? 


 よく思い出して頂きたい。


 そう、予期せぬトラブルというのは──往々にして別のトラブルを呼び込むものなのだ。


「お……お、おい……」

 ふいに声がした。ショーコを慰めていたヒロが横を見やると、一人の男が彼女たちの座る椅子の前に立っていた。年のころは20歳前後だろうか。どこか幼さの残る顔には憤怒の形相が刻まれていた。


「あっ……ああ、すいません! 連れがうるさくしてしまって!」

 ヒロは怒りの様子を騒ぎへの抗議と思い、男に謝罪する。しかし、男の怒りはその言葉で更に増大することになった。


「つ、つ、つ……()()だと? ()()って言うのはつまりその……」

 男がこもった声で呟く。


「すみません、ほんっとあの人たち常識がなくて……すぐに静かにさせますから、どうかこの場は穏便に……って、んんっ?」

 不気味なほどに白い肌と角刈りの黒髪。白いパーカーに黒いリュックサックを背負うモノクロのシルエット。ヒロはようやく気がついた。


 目の前の男が──以前見た写真の男に酷似しているという事に……


「許せねえ」

 男はリュックに手を突っ込み何かを取り出す素振りを見せると、少し遅れて横にいたハルヒも気が付く。

「あ、ヒロ! その人もしかして……」 


 写真のストーカーその1、「角刈りリュック」遭遇(エンカウント)


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