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見れば飯田の妻は左手に懐中電灯を持っていて、右手には出刃包丁のようなものを握りしめていた。
こんなもので、女の細腕であれと戦おうと言うのか、この女は。
無謀にもほどがある。
呆れる岩崎が何か言う前に、北山が口を開いた。
「飯田さん。いくらなんでもそれは無茶が過ぎますなあ。女一人で夜の山をうろうろするなんて」
「でも、夜でないと駄目なんです」
「夜出ないと、駄目?」
「はい、そうです。私の主人が襲われたのは、夜です。木藤さんの犬が襲われたのも、夜でした。そして岩崎さんの……」
飯田の妻は岩崎を見て、口をつぐんだ。やはり彼女は知っていたのだ。自分と同じく愛しい人を奪われた岩崎のことを。飯田の妻は視線を岩崎から北山に移した。
「だから夜でないと、駄目なんです。あいつは夜に行動するんです。昼間はいくらやっても駄目なんです」
「……」
「……」
沈黙のときが流れたが、やがて北山がそれを止めた。
「私たちの装備を見て、今何をやっていると思いますか?」
「山狩り……ですか」
「そうです。山狩りです。私たちも夜に山狩りをしていますが、それは何故だと思いますか?」
「それはあいつが夜に活動するから……ですか?」
「そう。その通りですよ。私たちも飯田さんと同じく、あいつは夜に活動すると考えて、今山狩りをやっているんです」
「そうだったんですか」
「ええ。ですから夜の捜索はこの私たちに任せて、飯田さんは家にお帰りなさい」
「えっ……いや、でも」
「聞こえませんでしたか。もう一度言いましょうか。飯田さんは家にお帰りなさいと言ったんですよ」
「いや……それは」
北山は一息つくと言った。
これまでとはうって変わった強い口調で。




