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飯田の妻は大きなバッグから何かを取り出し、二人に差し出した。


岩崎にはチョコレート、北山が受け取ったのはビスケットだった。


「お疲れでしょう。お口に合うかどうかはわかりませんが、よろしかったら召し上がってください」


飯田の妻は、北山そして岩崎に向かって深々と頭を下げた。


「頑張ってください。でもけっして無理はしないでくださいね」


そう言うと飯田の妻は手を振り、笑い、その場を去った。


北山が言った。


「実家に帰っていると聞いていたが、いつの間にか戻っていたんだな」


「そうですね」


警察と猟友会のメンバー以外は立ち入り禁止の山の中に、女が一人で分け入って、山狩りをしている人たちをねぎらって回っているのだ。


北山が言った。


「追い出されないんですかね」


岩崎が答える。


「行方不明者の妻だから、心情的にはちょっと追い出しにくいのかもしれませんね。それに彼女の目を見ていると……」


「見ていると?」


「たとえ追い出されたとしても、すぐに戻ってくるような気がしますね。あれは」


「そうでしょうね。私もそう思います。追い出されてもすぐに戻ってくるでしょうね。あの目は」


彼女は彼女なりに戦っているのだ。


猟銃などの武器は何一つ持たずに。


考えてみれば、本当の身内が襲われたのは、飯田の妻一人なのだ。


岩崎は恋人とは言え、結婚はおろかプロポーズさえまだしていなかった。


木藤は本人の想いを無視して言えば、消えたのは人間ではなくて犬だ。


北山にいたっては、本来なら彼とは何の関係もない野生の猪である。


戸籍上の関係者が消えたのは、彼女一人だけだ。


なんといっても彼女は、長く連れ添った飯田の妻なのだから。

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