47
飯田の妻は大きなバッグから何かを取り出し、二人に差し出した。
岩崎にはチョコレート、北山が受け取ったのはビスケットだった。
「お疲れでしょう。お口に合うかどうかはわかりませんが、よろしかったら召し上がってください」
飯田の妻は、北山そして岩崎に向かって深々と頭を下げた。
「頑張ってください。でもけっして無理はしないでくださいね」
そう言うと飯田の妻は手を振り、笑い、その場を去った。
北山が言った。
「実家に帰っていると聞いていたが、いつの間にか戻っていたんだな」
「そうですね」
警察と猟友会のメンバー以外は立ち入り禁止の山の中に、女が一人で分け入って、山狩りをしている人たちをねぎらって回っているのだ。
北山が言った。
「追い出されないんですかね」
岩崎が答える。
「行方不明者の妻だから、心情的にはちょっと追い出しにくいのかもしれませんね。それに彼女の目を見ていると……」
「見ていると?」
「たとえ追い出されたとしても、すぐに戻ってくるような気がしますね。あれは」
「そうでしょうね。私もそう思います。追い出されてもすぐに戻ってくるでしょうね。あの目は」
彼女は彼女なりに戦っているのだ。
猟銃などの武器は何一つ持たずに。
考えてみれば、本当の身内が襲われたのは、飯田の妻一人なのだ。
岩崎は恋人とは言え、結婚はおろかプロポーズさえまだしていなかった。
木藤は本人の想いを無視して言えば、消えたのは人間ではなくて犬だ。
北山にいたっては、本来なら彼とは何の関係もない野生の猪である。
戸籍上の関係者が消えたのは、彼女一人だけだ。
なんといっても彼女は、長く連れ添った飯田の妻なのだから。




