44
かといって、猟友会を「こんなとこ辞めます」なんてことも、言うことができないときている。
辞めたら辞めたでさらにややこしい状況になるのは、わかりきっていた。
井上は、定年さえむかえれば毎日のんびりと過ごすことが出来ると信じていた。
実際この騒動が起きるまではそうだったのだが、最近はそれが完全に崩れさっている。
――よいしょ。
心の中でそう言って、井上は木の幹に腰を下ろした。
――せめて休憩時間ぐらいは、人よりは多めに取らせてもらうぞ。年も年だし。腰の具合もあまりよくないし。そもそもこんなことは、はなからやりたくなかったし。
井上がそんなことを考えていると、不意に目の前に人がやって来た。
――えっ。
見れば女だ。
けっして美人とは言えないが、見る者になんだかの安心感を与えるような穏やかな顔で井上を見ていた。
――なんで、こんなところに女が?
「あのう、何か?」
井上がそう言うと、女が肩にかけた大き目のバッグから何かを取り出した。
「はい、どうぞ」
それはお茶のペットボトルだった、
井上はそのペットボトルを受け取った。
女が言った。
「本当にご苦労様です。さぞやお疲れでしょうけど、がんばってくださいね。応援していますから」
耳に届く女の声は、なんだか心地よかった。
今までの不満が流され、肉体的な疲労まで消し去ってしまうような。
そんな不思議な癒しの力が、その女の声にはあった。
「それじゃあ私はこの辺で失礼します。これからもどうか、頑張ってくださいね」
そう言うと女は立ち去った。
――あの人、どこかで見たことがあるなあ。




