40
頭が止まることなく動き続けているので、その表情は読み取りにくいのだが、それでも下谷は神城が怒っているのだと感じた。
神城がいつも見ている先にある、見えない何かにたいして。
――けんかでもしているのか?
それにしても神城の動きは、たとえ怒っていたとしても、あまりにも激しすぎた。
まるで全身で狂気を演じ、常軌の逸脱を表現しているとしか見えない動きだ。
仕事の手を完全に止めて下谷が見入っていると、神城の動きがしだいに小さくゆっくりとしたものになっていった。
そして何の前触れもなく、ぴたりと止まった。
今は人形のようにぴくりとも動かない。
――なんだったんだ、今のは?
彫像のように固まっていた神城だが、やがてゆっくりとその両手を空に向けて差し出した。
下谷が最初に見たときのように。
それはまるで恋人と大喧嘩した後で、仲直りをして甘えている女のように、下谷の眼には写った。
完全に静止した顔は、遠くても読み取ることが出来た。
それはまさしく幸せの絶頂を迎えた女の顔だ。
ここにきて下谷は、神城の精神状態を完全に疑った。
――あの女、狂ってやがる。
その時である。
神城が不意に下谷のほうへ顔を向けた。
――えっ?
最初は下谷のいる方向をたまたま見ているのかと考えたが、すぐさま違うことに下谷は気づいた。
見ているのだ。
神城はその眼でしっかりと下谷を見ているのだ。
――うそっ!
高いところから、斜め上から、正面ではなく真横に近いところから見ている下谷に気付いた者は、これまでに誰一人としていなかった。
それなのに今神城のその目は、しっかりと下谷を捕らえていた。




