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木藤はそこで言葉に詰まった。
恵一が何も言わずに木藤を見守っていると、再び口を開いた。
「そんなことは熊でも不可能だ。不可能なんだよ。より強力で、ずっと大きなやつでないと。だから私は、君から話を聞く前から、あれは熊なんかじゃなくて、もっともっとでかいやつだと思っていたんだ」
「そうだったんですか」
「でも私にそのことを教えてくれたことには、感謝する。ありがとう。それでもさっきも言ったように、これ以上は誰に対しても口をつぐんでおくことだね。このとこは墓場まで持って行きなさい。君自身のためにも」
「……」
木藤はしばらくの間、何かを考えていたようだが、やがて言った。
「君はいい子だ。純粋で、真っ直ぐで。これからも、いつまでも、その純粋さや真っ直ぐさを忘れないようにしなさい。それは君の大事でかけがえのない宝物なのだから。私なんかが、君よりもまだ若いころに失くしてしまった、本当に大切なものなのだから」
木藤は歩き出し、闇の中にその姿を消した。
恵一はしばらくその場に留まっていたが、やがてサッカーの練習をしに来たことを思い出し、駐車場へと足を向けた。
下谷は今日も鉄塔に登っていた。
ここのところは毎日だ。
それにたいしての不満は、下谷にはないのだが。
――ん?
遊歩道を歩く女の姿が眼に入った。
見ればまた神城だ。
これでもう三回目になる。
下谷は思った。
今度もあの女は、何もない空間とおしゃべりをするのだろうかと。
ご苦労なことだ。
――あれっ?
最初はいつものように大人しく穏やかな顔で青空と会話をしていた神城だったが、やがて腕を振り回し始め、頭を上下左右に動かし、地団太を踏み続けるといった奇妙な動きを繰り返し始めた。
――いったい何をやっているんだ、あいつは。
神城の動きはどんどん加速してゆき、特にその上半身は激しいダンスでも踊っているかのようだった。
そのまま見ていた下谷だが、やがてあることに気付いた。




