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そう言うと北山は、岩崎の肩をぽんぽんと叩いた。
そして岩崎の返答を聞くこともなく、青年の笑顔のままで手を振り、帰っていった。
恵一はあの日以来、夜におこなうサッカーの練習を止めていた。
理由はもちろん、またあれに出くわすかもしれないと考えていたからだ。
が、身体がどうにも落ちつかず、悶々とした日々を過ごしていた。
そこで思い切って、今日からサッカーの練習を再開することにした。
正直言って、怖いことは怖い。
しかし怖いがまだ若く、人生経験の薄い恵一は、良くも悪くも全てを前向きに考えていた。
――山の近くでなければ、多分大丈夫だろう。きっと。
幸いにも山からは離れたところに何かの工場があり、そこの駐車場ならサッカーの練習が出来そうだった。
夕方には会社の人間はほとんどいなくなり、少し待てば誰一人残っていないことを、恵一は知っていた。
ボールを見るための灯りも、前を通る道に設置されている街灯の明かりで、充分に間に合うのだ。
公園と違って道路にボールが転がってしまう危険性があるが、気をつけていれば問題ないだろう。
なにもかも良いほうに考えて、恵一は工場へ向かうことにした。
とにかくサッカーの練習がしたかったのだ。
それが若くて楽天的な性格を、さらに加速させていた。
工場まではそう遠くない。
恵一が半ば興奮しながら歩いていると、男がこっちに向かって歩いて来るのが見えた。
夜とは言え一般道だから、誰かが歩いていても不思議ではない。
少し前に、時間帯を無視した姦しさを持った女性の四人組とすれちがったばかりだ。
しかしその男とすれちがう直前、恵一はあることに気付いた。
――あの人は、確か……。
立ち止まった恵一のすぐ横を、そこに人など存在しないかのような様子で、男が通り過ぎてゆく。
その男の顔は、怖い、と言う印象しか恵一に与えなかった。
しかし恵一は男に、あのことを告げなければならないと思った。




