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「私の大切な金剛が襲われたのも、夜です。一人、飯田とか言う行方不明の男がいますが、これも夜間に家へ帰ろうとしていたことがわかっています」
「そうですか」
「そうです。そうですよ。そう言うことですよ、岩崎さん」
岩崎は何か言おうとしたが、咄嗟に言葉が出てこなかった。
そして木藤はそんな岩崎を無視するかのように、そのまま背を向けて歩き出した。
岩崎は、木藤の背中が見えなくなるまで、その場に立っていた。
「そろそろ帰りますか」
北山が小さく言った。
もう辺りがどんどん暗くなってきたからだ。
岩崎が残業も断って定時で退社したとしても、今がまだ夏だとしても、それから暗くなるまでの時間はそれほど長いものではない。
山を下る途中で、岩崎は北山に、昨日木藤が言ったことを告げた。
「……そうですか。木藤さんはそんなことを言っていましたか」
「ええ、そう言っていましたよ」
北山は頭をぼりぼりかいた。
北山が時折見せる仕草で、岩崎もこれまでに何回か見たことがある。
それで岩崎にもこの仕草の意味がわかってきた。
これは北山が、何かで感情がいつもよりも高ぶっているときに見せる仕草であるということが。
北山が言った。
「岩崎さん、確かお仕事は土日が休みでしたね」
「ええ。忙しいときは土曜日に出ることもありますが、今はそんなに忙しくないです。残業も少ないですし。仮にあったとしても、断りますけど」
「で、明日は金曜日ですね」
「そうですけど」
北山が笑った。
岩崎は北山が笑うところを何度か見たが、その笑いはとても老人のものとは思えないもので、まるで青年のようだ。
「それじゃあ心置きなく、朝までオールナイトダンシングで山狩りが出来ますね。その準備は私がやりますので、任せておいてください」




