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胸を中心に、とてるもなく強い力で。
やがて悲しみが怒りへと変化し、それが激しい憎悪となっていくまでにそう時間はかからなかった。
憎しみの相手はもちろん、日華利を襲ったやつである。
それ以外にあろうはずもない。
目の前にいる母親に、恵一は言った。
「母さん、山でみた化け物のことなんだけれど」
「化け物? 化け物って、あんた」
母親は、怪訝そうな顔で息子を見た。
「うん、その化け物のことなんだけれど」
「化け物って、恵一、あんた。あれは熊でしょ、熊」
「あれは熊なんかじゃないよ。警察にもちゃんと言ったんだけど。もっともっとでかくて。熊なんか比べものにならないほど、でかくて……」
「熊なんか比べものにならないほどにでかいって。まさかあんた、象くらいにでかかった、とか言い出すんじゃないでしょうね」
「いや、あれが象よりもでかかったと思う」
「思う? 思うって、いったいどういうことなの」
「はっきり見たわけじゃないから。暗かったし。でもいくら暗かったからと言っても、大体の大きさくらいはわかるよ、それくらいは」
母親はあからさまに呆れた顔をした。
「象よりもでかい動物が、あの山の中にいると言うの? この日本で。それはいったい、何なの」
「だからはっきりと見たわけじゃないから。あれが何なのかは、僕にもさっぱりわからないけど」
「恵一、ちょっと」
母親の口調が目に見えてきつくなった。
「なんなの」
「さっき言ってたけど、それ、警察に言ったの?」
「うん、言ったけど」
「警察は何て言ってたの?」
「特に何も言ってなかった。僕がでかい化け物のことをしゃべると、はいはい、ってな感じで。そんで気がついたら、いつの間にかあれは熊ってことになってて。警察も他の人も、みんながあれは熊だって言ってて……」




