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しばらく空き家だった岩崎の隣の家に女が越してきたのは、本格的な夏となったころのことだった。
その家に人が越してくるというだけで、近所ではそれなりの話題となっていた。
何故ならその家は、もともとは資産家の持ち家で、一般的な住宅としてはけっして小ぶりではない岩崎の家が、惨めなものに思えるほどの豪邸だったからだ。
資産家の海外への移住にともない売りに出されていたものであるが、もちろん庶民が手を出せるような代物ではない。
それゆえに、そんな家を買った人というだけで、充分すぎるほどの注目の的だったのだが、やって来た人物は違った意味で人々の関心を引くこととなった。
まず、二十人は楽に住めそうなその家に住み着いたのが、女一人だけだったと言うことだ。
しかも妊婦なのだ。
名を神城と言う。
恐ろしいほどに顔に表情というものが無い女で、なまじ顔立ちが整っているがために、その顔は岩崎には仮面にしか見えなかった。
そして欠乏しているのは顔の筋肉の動きだけではない。
一言しゃべるごとに一年寿命が縮むと本気で考えているとしか思えないほどに、無口だったのだ。
誰かが挨拶をしても、軽く頭を下げるものの言葉では返さない。
話しかけてもうなずくなどの動作はするが、やはりなにも言わない。
どうしても言わなければならないこと、最低限の中から最低限をかけたようなことだけ、わずかに口を開くのだ。
そして週にニ、三回の買い物以外は、ほとんど外に出ることがない。
住みはじめて一ヶ月が経過したころになっても神城の姿を見たことがないという住人は珍しくなく、その声まで聞いたと言う人は、ほんの一握りだった。
――変なやつが越して来たなあ。
岩崎はそう思ったが、逆に言えば、他人の生活圏を脅かすほどになれなれしいやつだったり、何かあれば騒ぎ立てたりするトラブルメーカーよりはましだと考えることにした。




