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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第一章 三つ巴の鬼
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 飛行船灰銅鑼号が墜落した地点から北東に位置する場所に、ボロボロになった廃城が存在した。鬼神招来前はどこかの大名が所有していた支城だろう。

 人間相手には有効であっても、鬼や妖怪に対しては無力であった城の跡地は、一部は鬼たちによって再利用されているが、そのほとんどは破棄され幽霊屋敷のような様相を晒している。この廃城も、そんなふうに廃棄された古城の一つだった。

 城に住みついていたとしてもせいぜいが野盗か浮浪者。人気などないに等しいはずだが、今日だけはわずかな活気があった。庭で行われる炊き出し作業。冗談を言い合って、ゲラゲラと響く笑い声。何気ない日常的行いのようだが、その場の様子は百鬼夜行かと思ってしまうほど異質なものだった。

 獣の頭部を持った大男、全身に無数の目を生やした女、手足が八本ありゴキブリのように這いまわる怪虫。どれ一つとして同じ姿を持たない異形の集団が、思い思いに言葉を交わし、肉を喰らっては奇声を上げていた。

 この世のものとは思えぬ光景を、城の窓に腰掛けて眺める童女が一人。

 比較的人間に近い姿をしているが、その頭部には二本の角が生えており、下界の様子を見る目は楽しげだ。泥で汚れた小袖から艶めかしい足を晒し、それを恥ずかしく感じる様子もなく呑気に肉を生のまま頬張っている。


「サクラ」


 声に振り返れば、そこに立つのは銀髪一角の鬼ユキだ。体調が悪いのか、ただでさえ白い肌がさらに薄いように見える。


「おぉ、起きたか、ユキ。無理をさせたな。まだ本調子でないなら休んでいていいぞ」

「十分寝たわ。あれからどれくらい経ったの?ここはどこ?」

「飛行船が墜落してから丸二日。最寄りの蓮蛇陣営まであと一日といったところかのぉ。くふふふふ、感謝するがよいぞ、ユキ。サクラ様が助けなければ、おまえは今頃、九頭竜の連中にあんなことやこんなことされておったのだからのぉ。さぁ、サクラ様を崇めよ!称えよ!特別に撫でてもよいのだぞ!」

「九頭竜の捕虜になるか、蓮蛇の捕虜になるかの違いでしょう?私としてはあまり変わりはないのだけど」


 冷静なツッコミに、サクラはぐぬぬと言葉に詰まる。


「い、いや、蓮蛇さまは寛大なお方じゃぞ?捕虜の食事には三食甘味がついてくる!なんと、三食ともにだぞ?サクラ様なんて、おやつ以外の甘味を母上に禁じられているのに!」


 ユキへの慰めのはずが、いつの間にか母親への愚痴になり、地団太を踏み始めるサクラ。この鬼は酒はてんで駄目なくせに、甘味には目がないのだ。身分違いの二人であるにもかかわらず、ユキは我儘な妹でも相手するような気楽さで応対する。


「でも、いつも私の甘味をこっそりあげてるから、あなた、実質四食甘味じゃない?まさかとは思うけど、あなた、私の甘味欲しさに助けに来たんじゃないわよね?」

「…………ち、違うぞ!?サクラ様は、ユキのためを想って助けに来たのだ!」

「そう、お世辞でも嬉しいけど、今、すごい間があったわね。ねぇ、サクラ、お饅頭とかに釣られて、知らない人についていっちゃ駄目よ?」

「む?なぜ駄目なのだ?饅頭をくれるなら、きっといい奴だぞ?ドラ焼きならついていっていいのか?飴玉やわらび餅なども駄目なのか?」

「……とにかく、何を貰っても知らない人についていっては駄目よ?」


 なんでこれで部隊長が務まっているんだろうと不思議に思いながら、ユキはサクラを諌めた。サクラを攫ったところでどうこうできる者はいないだろうが、見た目に騙されてサクラに手を出そうとした者が逆に殺されることくらいは防げるかもしれない。


「サクラさまぁ」


 間延びした声とともに、先刻までサクラが腰かけていた窓から一体の異形が入ってきた。地上十数メートルの位置にあるのに、まるで一階の窓から入ってくるような気楽さだ。

 異形は、異常なほど長い手足と大きな目を持った妖怪だった。胴体部分はほとんど人間と変わらないものの、手足は3メートルを優に超える。まるで節足動物のように四足歩行しながら、サクラと呼ばれた鬼童女に近付く。


「霧見一族の軍勢がぁ、こちらに向かっておりますぅ。掴みでにせんぅ。夜半にはこちらに到達するとぉ、思われますぅ」

「ふはははははははは!魚人どもめ、陸でもなかなか速いではないか。だが、雑魚をかき集めたところで、捕まるサクラ様ではない!ナナフシ、部隊を二つに分けるぞ。サクラ様が連中の目を引きつけている間に、ユキを連れて逃げよ。合流地点は――」


 地図を取り出し、ナナフシと呼ばれた長身の妖怪に細かな指示を出す。その表情に恐怖の色はないが、ユキは言い知れない不安を感じた。


「ねぇ、サクラ。軍事には明るくないのだけど、すごくまずい状況なんじゃないの?飛行船の墜落から生き残ったのはほんの五十人弱。逃げた方がいいんじゃ……」

「逃げるには逃げるが、包囲網に穴を空けなければ逃げられるものも逃げられぬよ。そのための布石として、まず敵軍の息を乱す必要がある。息が乱れれば包囲網も乱れ、薄くなる部分ができるはずだ。そこを突破し、サクラ様たちは蓮蛇領まで逃げ切る」


 ユキがギョロ目の異形に目を向けると、こちらも力強く首肯する。

 飛行船襲撃に使われた天馬は、先の戦いで失われた。陸路を行くしかなく、包囲網が完成する前に脱出するのがベストだったが、予想以上に霧見一族の動きが速かったため、それは叶わない。どうにかして包囲網を抜けるしかないのだ。

 サクラは普段の言動と容姿は童女そのものであっても、こと戦闘に至っては高い分析力を持ち、部下からの信頼も厚い。彼女がこの作戦を選択したというのなら、きっとそれが最善なのだろう。ユキは黙ってサクラを信じることにした。


「……わかったわ。私は足手纏いにしかならないだろうし、大人しくナナフシに従う。でも、絶対に死に急ぐようなことはしないでね?生きてさえいれば――」

「ふははははは、みなまで言うな!サクラ様が天才であることは世界の絶対法則なのだ。そのサクラ様が立てた作戦が失敗することなどありえぬ!ユキは大飛行船に乗ったつもりで、サクラ様の帰りを待っているがよいぞ!」

「……その船、昨日あなたが落としたんだけどね」


 一抹の不安を抱えながらも、自分にできることもないのでユキは引き下がる。その後もサクラとナナフシが議論し、細かいことを取り決めていった。


「――では、連絡はそんな感じで。ナナフシ、ものどもの士気はどうだ?」

「早く暴れてぇってぇ騒いでまさぁ。このていどの苦境で尻ごみするようなやつぁ、サクラ様の部隊にやぁ、一人だってぇいやしやせんぜぇ」

「愚問だなったな。ふははははは、サクラ様の同胞なのだから当然のことよ!」


 サクラが窓から身を乗り出すと、庭に集まっていた妖怪たちの話し声がピタリと止み、視線が集まる。姿かたちは異形であれど、その瞳に宿るは戦士の炎。死をも恐れぬ覚悟を胸に、指揮官の言葉を待つ。

 彼らに応えるように、サクラは大きな声を張り上げた。


「ものども、今夜が正念場である!敵は我らを遥かに上回る数。されど、同胞たちよ、死を恐れるな。勇敢なる戦士の魂は蓮蛇さまの元へと召し抱えられ、アルデバランの戦士館へと迎え入れられるであろう。死を恐れず戦い、あの世で戦果を自慢せい!」

「いあ!いあ!はすたあ!いあ!いあ!さくら! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ! あい!あい!はすたあ! あい!あい!さくら!」


 サクラの檄に、魑魅魍魎たちは大軍を恐れるどころか、熱狂とも言える歓喜の声を上げた。狂戦士しかいないと言われるサクラ隊の中でも、特別血の気の多い連中を選んだのだから当然だ。サクラは勇猛な部下たちの様子を見て、笑みを一層深くする。


「逃げの戦いは好かぬ。たかが四十倍の敵兵。全滅させる気でやってやろうぞ!」

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