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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第七章 高空の決戦
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道端の花

「かすっ、ただけ、で、これ、か、よ。ばけ、もの、がっ」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。この体力お化けが」


 今の攻防、決して楽な勝利ではなかった。あとほんの少しタマフネの方が速ければ、死んでいたのはスズランの方だ。もし、タマフネが鎧を捨てて速度重視の戦い方をしていれば結果は逆だったかもしれない。

 そして、タマフネがその戦法を選んだ可能性は十分にあり得た。彼がそれをしなかったのは、ただ運が良かったというより他にない。


「これで、勝った、と、思う、な、よ」


 毒に侵されながらも、タマフネは言う。


「一族が、おまえを、ころ、す。かな、らず。裏切り、ものの、奴隷が、安心し、て、生きられ、る場所が、この世に、あると、思う、な」


 それがただの負け惜しみだとは思わなかった。

 人間は弱い。鬼か妖怪の奴隷として生きる他、生存の道は残されていない。それがこの残酷な世界での正しい答え。哀れで惨めな結論だ。

 だが――


「おかしなこと言うねぇ。この世に何かの奴隷じゃない奴が一人でもいるのかよ?」


 答えに詰まり、タマフネが口を閉ざす。

 俺に言わせれば、自由だなんだと言っても、一人で生きていけない以上、結局人間は奴隷と変わりない。民主主義だって、所詮は社会の奴隷だ。

 スズランはユキの方へと目を向ける。

 ただ、同じ奴隷でも仕える相手くらいは選びたい。社会だの組織だの神様だの、大体の奴は強い奴に仕えたがるが、皮肉屋の俺は弱い奴に仕えることにした。それだけのこと。

 まぁ、惚れた弱みというのもあるが。


「……あぁ、くそ。こりゃ、完敗だ、な。おい」


 毒が回って力尽きたのか、巨体がぐらりと揺れる。


「だが、最後に、いやがらせ、させて、もらう、ぜ」


 飛行船から落下する直前、タマフネは鋼で覆われた拳をユキの方へと向ける。破裂音のような音ともに、鉄拳が弾丸となってユキへと迫った。


「なっ、しまっ……」


 最後の最後に出された隠し玉に、スズランの反応が遅れる。

 ユキの元へと走り寄ろうとしたところで、スズランはガクンと膝から崩れた。肉体の色が抜け、スズランは元の姿に戻る。時間経過でスズランの体内の細菌が死滅したのだ。


「お、おいおい、こんなときに……」

「きゃあああっ!?」


 飛拳に大した速度も威力もなかったが、不安定な足場でユキのバランスを崩すには十分だった。彼女は飛行船を転がり落ちていく。


「ユキぃっ!!」


 手を伸ばすも間に合わない。細菌による肉体強化が失われたのに加え、激戦に次ぐ激戦でスズランの身体には限界が来ており、まともに動くことすらままならない。ただ、ユキが落ちていくのを見送ることしかできなかった。

 その時、パシュッという空気の抜ける音ともに小さな影が躍り出る。


「サクラさま、参上!!」


 サクラは転がり落ちるユキを空中で抱きとめると、数度空中を蹴ってスズランの元へと降り立つ。


「ふはははははは!!サクラさまが来たからにはもう安心じゃ!あんな筋肉鉄魔人、ちょちょいのちょいで蹴り殺してみせようぞ!さぁ、敵はどこじゃ!?」

「……えっと、つい先刻、スズランが倒しちゃったけど」


 三者の間で微妙な沈黙が流れる。口には出さないが、こいつ今頃来てこんなこと言って恥ずかしくないんだろうかという思いが多かれ少なかれあった。


「こいつ今頃来てこんなこと言って恥ずかしくないんだろうか」

「口に出すなああああああああ!!船内と船外で入れ違いになったのだから、仕方がないじゃろうが!苦労して船内に戻って探し回っておったのに、船外で戦っているとは普通思わんじゃろうが!!」


 涙目になりながらスズランに突っかかろうとするサクラを、後ろから伸びた長い腕がひょいと持ち上げる。


「サクラさまぁ、怪我人に飛びかかるもんじゃあないですぜぇ」

 見張り台から船外に出てきて顔をのぞかせたのはナナフシだった。タマフネに殴られた顔は腫れあがっていたが、飛びだした目は元通りに戻っている。本気で便利な身体だなぁとスズランは少しうらやましくなった。


「スズランっ!?怪我してるのっ!?」


 ナナフシの言葉を真に受けたユキが駆け寄り、倒れているスズランを抱き起こす。

 細菌に身体をいじられたことや過労のせいで動けないだけなので怪我はなかったので、大丈夫だと答えようとしたが、ユキの胸がちょうど頭に当たる感じで抱き起こされたので何も言わないことにした。男なんて現金なものである。


「俺たちはぁ艦橋でぇ、進路を変更してくるぅ。目的地近くになったらぁ、落下傘で降りるぞぉ。『怪我』の治療が終わったらぁ、艦橋に来なぁ」

「むっ?それなら、艦橋で治療すればよいではないか。一番面倒な奴を始末してくれた礼じゃ。サクラさまが直々に運んで……むぐっ!?」


 スズランに歩み寄ろうとしたサクラの首根っこを、ナナフシが掴んで無理やり船内へと押し込める。


「礼だと言うならぁ、放っておいてぇやるもんですぜぇ、サクラさまぁ」

「むむむむむ?どういうことじゃ?おい、ナナフシよ。なぜそんな、無知なお子様を哀れむような瞳で見るのじゃ!?きちんと説明せぬか!」


 やかましい二人組が船内に戻り、スズランとユキだけが後に残る。いかん、痛い目に合わされたからナナフシのことが苦手だったが、少し好きになったかもしれない。

 残された二人は互いに顔を見合わせた。


「……それで、実際、体調の方はどうなの?」

「ユキは意外と着痩せする性質なんだな。天にも昇る気持ちってところだ」


 胸元に顔を埋めながらそんなことを言ってみると、絶対零度の瞳で返された。身体が動かせないくらい疲弊しているのは事実なのだが、俺の舌は絶好調のようだ。

 口には出さなくてもスズランの体調は把握しているのだろう。軽蔑しながらもユキはスズランから身体を離さない。せっかくなので胸の感触を堪能させてもらう。

 そんな欲望丸出しのスズランに対して、ユキがぽつりと言った。


「……助けに来たぜ、お姫さま」

「ごめんなさい。すみませんでした。調子に乗ってました。その台詞は俺に効くので、脳内から消去してください。お願いします」

「どうしてそんなに恥ずかしがるの、王子さま?」


 あっ、だめだ。これ、一生いじられるやつだ。

 観念してユキの身体から少し離れて、胸元から顔を遠ざける。……と、今度はユキの方からスズランを抱き寄せ、顔をスズランへと寄せる。


「……えーっと、ユキさん?」

「治療よ」


 なるほど、治療なら仕方ない。ユキは俺よりよほど王子さまに向いてそうだ。


「やっぱり、俺はしがない道草の役ていどがお似合いみたいだねぇ」

「しおらしいお姫さまは、道端の綺麗な花に顔を寄せるものでしょう?」


 (ユキ)道草(スズラン)痛み(キス)飾る(した)

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