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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第七章 高空の決戦
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誓い

「先刻は世話になったな。おまえが時間かけて登ってきてくれたおかげで、毒を治す時間はたっぷりいただいたぜ。気を使わせちまったか?」

「昔から気遣い上手のスズランくんだと、結城衆の間では良く自称してたもんよ。というか、ユキの力を使って解毒とか反則でしょ。オタクはもっと傲慢かと思ったけど、そこを読み間違えたのは手痛かったねぇ」

「言い訳はしねえよ。先刻の戦いはおまえの勝ちでいい。誇っていいぜ?俺に負けを認めさせた奴なんざ、人間はおろか鬼にすらそうそういねぇ」


 意外にもあっさりと敗北を認めたが、その瞳には明らかな怒りに満ちている。


「だが、霧見一族に負けっぱなしは許されねえんだよ。前回と合わせて一勝一敗。これでけりをつけようじゃねえか」

「いつから三回勝負になったんだよ。最後の一回は拳遊びで決めるとかどうよ?」

「構わねぇぜ。俺の手はグーで固定だからよ」


 再び全身を鎧で包み、タマフネは地響きを立てそうな存在感とともに突進する。宣言通りに振るわれる鉄拳を、スズランはギリギリで避けた。


「魑魅魍魎の拳遊びは過激だなぁ、おいっ!」

「こっちの方が楽しいからなっ!」


 船内と違って広い分避けやすいが、これだけ開けていて風の強い場所では気化毒はまったく効果がない。単純な肉弾戦ではスズランに勝ち目はない。


「(体勢を崩させて、飛行船の外に叩き落とす。それしかない!)」


 スズランは腰から取り出した縄を、投げ縄の要領でタマフネの左足に投げる。縄は生き物のように動くと、獲物を締め上げる蛇のように巨漢の足に絡みついた。


「それはもう見てるんだよ!」


 タマフネは右腕の指を飛行船の装甲に突き立て固定し、カポエラのような動きで左足を振るう。鎧を着ているとは思えないアクロバティックな動きに、縄を掴んでいたスズランの方が逆に体勢を崩される。


「まずっ!?」


 蟻でも踏みつぶすがごとく振り下ろされる足。スズランはタマフネの股下を潜り抜けるようにしてそれを回避する。

 その時、突風が吹き、不安定な足場と体勢から、スズランは転がり落ちそうになって慌てて床にクナイを突き立てる。逆に超重量で安定しているタマフネは拳を叩きこんだ。

 クナイを抜き放つ隙もなく、スズランは両腕を身体の前で交差して防御。同時に後ろに飛んで、拳の威力を可能な限り殺した。

 骨が砕ける音と共に、彼の身体は十数メートル空を舞った。


「がはっ!?」


 幸か不幸か、飛ばされた先にあったのは見張り台だった。船外に飛ばされて墜落死することは避けられたが、固い見張り台に叩きつけられた衝撃が全身に走る。


「スズランっ!」


 傍にいたユキが駆け寄る。

 だが、今治療をしてもらっている時間はない。スズランはすぐに立ちあがろうとしたがうまく足を動かすことができずに倒れ伏す。


「ダメよ、スズラン!無理に動いちゃダメっ!」


 慌てたように言うユキの声に、何事かと思って自分の身体を見ると、壊れた見張り台の鉄骨が腹部から背中へと貫通していた。傷つけてはいけない神経を傷つけてしまったのか、下半身を動かそうと思っても動かない。


「がっ、ぐぶっ――」


 開いた口から血が溢れ、地面を赤く染め上げた。

 身体を起こそうにも両腕は砕かれ、下半身はぴくりとも動かせない。すでに勝負は決しているこの状況で、最後の止めを刺すためにタマフネがゆっくり歩み寄るのが見えた。


「……ユキ、逃げ、ろ」


 もはや覆りようのない事態に、スズランは一縷の望みを賭けて言う。だが、ユキはいやいやするように首を振る。


「諦めないで!私が絶対にあなたを救ってみせるから!」


 タマフネが迫ってくるのも構わず、ユキはスズランの傷口へと触れる。能力が発揮されるが、治療具がないことと傷が深すぎることのせいで思うように治療が進まない。


「血が……血が止まらない!なんで!?私はまた大切な人を助けられないの!?」


 皮肉にも豊富な医学知識のせいで、スズランはもう助けられないということをすでに理解していた。それでも手を止めることを心が許さず、ユキの瞳に悔し涙が溜まる。


「(俺はまた、この理不尽で糞ったれな世界に大切なものを奪われるのか)」


 奇しくもスズランもまた、ユキと相似した思いを抱いていた。

 蘇るのは、お化け鼠の蔓延る腐海に落とされた記憶。あの時から少しは強くなったつもりでいた。恋した女の一人くらいは守れると思っていたが、俺は未だに怒りをぶつけることしかできないガキのままだったらしい。

 彼女は俺と少し似ている。怪物だらけのこの世界で、理不尽なまでの力量差を自覚しながらも抗うことを諦めない。そんな彼女に憧れ、恋をした。


「ユ、キ……」

「!? どうしたの、スズラン?何でも言って?」


 治療の手を止めずにユキはスズランの言葉に耳を傾ける。患者の意識を留めるための常套手段と理解しながら、スズランは自分の思いをぶつけた。


「好きだ。愛して、る」


 ユキの手がピタリと止まる。

 こんな言葉をぶつけるのは生まれて初めてのことだ。皮肉をぶつけるのとは違い、余計な言葉で飾ることができない。だから、直球でぶつけてみた。

 予想もしていなかった告白に、ユキは固まったまま動けないでいる。


「……返事、聞かせて、くれ」

「えっ、えぇっ!?そ、それを、今それを言う!?」

「時間、ないから、な」


 その名前の通り白い肌を紅潮させながら、ユキはスズランを見つめてハッとなる。彼の瞳からは光が失われつつあり、自分が握る手も温度が失われつつあることに気付いたのだ。


「……卑怯よ。この状況でそんなことを聞くのは」

「あぁ、わかって、て、聞いて、る」


 最後の最後まで彼らしい言い草に、ユキは泣き笑いになりながら答えを返した。


「はい。私もあなたのことを愛しています」


 ユキは一度きゅっと口を結ぶと、今作れる最高の笑顔を向ける。その笑顔が今にも崩れそうなもので、彼の瞳にはもうそれが映っていないことをわかっていながら。


「死が二人を別とうとも、私、ユキはスズランを愛し続けることを誓います」


 目を閉じ、ユキはスズランに口づけする。

 初めての接吻は氷のように冷たかった。

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