決戦
「……やっばい。これは予想外。ちょっと心折れそうかも」
ユキの手を引き、スズランは飛行船内を走る。
「さ、サクラたちは大丈夫なのかしら?」
「自分から外に出たんだから、たぶん大丈夫でしょ。あぁでもしないと、タコ男を助けられなかったってのもあるだろうけど」
サクラの戦闘方法は防御には向かない。戦闘不能に陥ったナナフシを庇いながらでは、万に一つも勝機はなかっただろう。スズランが援護で放った目くらましを利用して、気絶しているナナフシを船外に逃がしたのはいい判断だった。さすがのタマフネも追いはしないだろう。
「それより問題は俺たちの方だ。サクラたちの復帰にはあまり期待できなさそうだが、俺一人でタマフネと戦える自信がない」
攻撃・防御・スピードを突きつめた重戦士。タマフネの強さを端的に表すならそれだけのことだが、シンプルゆえに対抗手段も練りにくい。スピードにおいてはタマフネを上回ることができるサクラだからこそあるていど渡りあえていたが、すべてにおいて劣るスズランでは何かをする前に殺されてしまう。
「七羅刹でも、ツユクサのジジイかハナズオウなら勝てそうなんだけどな。まっ、ないものねだりしても仕方ない。いやはや、どうしたもんかね」
「スズラン……」
いつもの皮肉めいた言葉使いが控えめになっていることから、彼が内心ではかなり追いつめられていることをユキは察する。
「スズラン。万が一の時は私を――」
「おっと、ここまで来たらそれは言いっこなしですよ、お姫さま。というか、ここでオタクを見捨てたら、俺はサクラたちに見捨てられて、行くところがなくなりそうですし?悪者にでも捕まったと思って諦めてくださいよっと」
おどけてみせるスズランに、ユキはくすりと笑う。絶望的な状況であっても、彼と一緒ならば勇気が湧いてきた。
「通行人に踏まれる道草じゃなかったの?あなたに悪役は似合わないわ」
「おやおや、人未満の扱いとは、オタクもなかなか厳しいね」
「そう?ただの道草にも綺麗な花は咲くし、たくましく生きるところも私は好きよ。例えその花に毒があったとしても、私は平気だもの」
にっこりと笑顔を向けるユキに、スズランはドキリとさせられた。生まれて初めての感覚に気恥かしくなり、スズランは服に顔をうずめて表情を隠す。
「……よし。あんまり気は進まないが、一つ勝算を思いついた。というか、あの筋肉おばけ魚を倒す方法が、他に思いつかねえわ」
「もう止めたりはしないけど、大丈夫?私に手伝えることあるなら言ってね?」
「強いて言うなら、俺がタマフネと戦っている間はできるだけ離れていてくれ。あと、俺が死にかけた時は治療頼む」
もちろんだとユキは頷く。
あとはタマフネと戦う場所が問題だが、飛行船に乗ったことがないスズランは船内の構造がわからないので困る。巨体のタマフネと戦う以上、できるだけ広い場所で戦うことが望ましいのだが、船内でそんな場所は早々見つからない。
背後から轟音が鳴り響き、廊下の壁を破って鋼鉄の鎧武者が姿を現した。場所を探している暇などない。スズランは覚悟を決めてタマフネと対峙する。
「オタク、扉ってもの知ってる?あれはノブを回す知恵さえあれば、猿でも使える画期的発明らしいぞ。知能試験にも使われていて、扉を使わずに壁をぶち破ってくる奴は猿以下の知能しかないという証明らしいと今考えてみた」
「確かに小賢しさじゃ負けるかもなぁ。逃げ回ってる間に俺を倒せる算段はついたか?」
すべてお見通しとでも言うように、タマフネは問いかける。
スズランはそれに答えず、自分の衣服に手をかける。着膨れして身体を二回りほど大きく見せているほどのそれを脱ぎ去り、下に着込んでいたものを露わにした。
「……おまえ、そんなもんつけて動き回ってたのか」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
服の下から現れたのは鎖帷子だ。それも通常の鎖帷子よりもはるかに分厚い特注性。頑丈そうではあるが、かなりの重さになると想像できた。
スズランはタマフネを警戒しながら、その鎖帷子を脱いで床に落とす。年齢からは想像できないほど研ぎ澄まされた肉体が外気に晒された。
「なるほど。人間にしちゃ頑丈だと思ったが、そいつのせいか。だが、隠密としちゃ邪魔にしかならねえだろ。なんでそんなものをつけてる?」
「俺の体質のせいだよ」
スズランは脚絆に手を突っ込み、そこからも鎖脚絆を引きずり出して床に落とす。
強者として余裕からか、タマフネはスズランの用意が整うまで手出しする気はないようだ。それをありがたいと思いながら、時間稼ぎのために言葉を続ける。
「俺の毒は、当然俺の着ている服にも及ぶ。直に服を着てると、すぐにボロボロになっちまうから、間に鎖帷子を挟んでおかないとすぐに裸になっちゃうのよ」
久々に重い楔から解き放たれたスズランは大きく伸びをして、自由になった身体の調子を計る。同時に手で合図して、ユキを下がらせた。
「俺相手に防御は無意味と察して脱ぎ捨てたか。その思い切りは大したもんだが、それだけで勝てると思ってるなら思い上がりもはなはだしいな」
「思い上がりかどうか、試してみろよ、デカブツ」
瞬間、鋼鉄の拳が眼前に迫る。以前は反応することすらできなかったその攻撃を、スズランは紙一重で避ける。二撃三撃と続く連撃のことごとくをかわし続けながら、返す刀で繰り出したクナイが鎧の表面で火花を散らす。
タマフネはその様に感心した。自分と真正面から戦える人間がいるとは思わなかった。強者を敬う霧見一族の性質からか、タマフネはこの勇敢な少年にある種の敬意を抱く。種族差という避けようのないハンデを追いながら、よくぞここまで高めたものだ。
だがしかし――
「攻撃が貧弱なんだよ!」
鉄拳というよりタックルに近い動作で、タマフネはスズランに突進する。かわすスペースの限られている船内ではそれを完璧に避けることは叶わず、二人の身体が僅かに接触した。たったそれだけでスズランの身体は吹き飛び、壁に叩きつけられた。
確かに人間としては強いかもしれないが、力も速度もサクラの方が遥かに上。肉体をフル活用して、ようやく紙一重で避けられるというていどではまったく脅威ではない。強引に攻撃を当てにいけば、この通り一撃で形勢逆転だ。
壁に叩きつけられたスズランの喉をタマフネが掴む。こうなってしまえば、もうおしまいだ。タマフネの腕力から逃げれる術はスズランにはない。
「や、やっぱ無理か。ちょ、ちょっとくらい手加減してくれてもいいんじゃないの?」
「てめえらの相手するのもそろそろ飽きてきたんでな。とっととくたばりな」
スズランの首をへし折ろうと、タマフネが腕に力を込めた。