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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第六章 災厄の鬼神
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戦略

 速度という一点でのみ、サクラはタマフネを上回っている。腕を上げる暇すら与えず、サクラ渾身の蹴りがタマフネの胸に炸裂する。

 寺の鐘でも鳴らしたかのような轟音。されど、タマフネの鎧には傷一つ付かず、身体がわずかに下がっただけで応えた様子もない。そのまま拳を振り上げ、動きを止めたサクラ目がけて振り下ろす。

 パシュッという音がして、サクラがバック転を行い、タマフネの拳をぎりぎりで回避する。巨漢の拳は空振った勢いのまま、床に大きな穴を空けた。

 その隙を見逃さずに、サクラが連続蹴りをタマフネへと見舞う。あまりに素早い動きに、スズランは彼女の動きを追いきれない。分厚い装甲で覆われているとはいえ、タマフネにも多少のダメージが入ったらしく、身体が少々よろめく。が、それも束の間、お返しとばかりにサクラ目がけて怒涛の鉄拳を畳みかける。

 速度で勝るとはいえ、廊下は狭く、避けられる範囲は限られている。結果、サクラは後退を余儀なくされ、自身の蹴りの間合いからも外れることになる。

 その時、爆発するような音と共にタマフネの身体が揺らいだ。


「ぬぅうっ!?」


 立て続けに起こる打撃音。その正体はナナフシによる肉鞭攻撃だ。サクラは後退すると見せかけて、タマフネをナナフシの攻撃範囲に誘導していたのだ。

 タマフネは大柄だが、腕はナナフシの方が倍以上長い。一方的に浴びせられる鞭の嵐に加え、その隙間を塗ってサクラも攻撃を継続する。

 サクラの蹴りもナナフシの肉鞭も、タマフネの装甲を砕くには至らないが、台風のごとき連撃の激しさから、ダメージは徐々に蓄積しつつあった。一人一人を相手にするならタマフネに軍配が上がるが、洗練されたコンビネーションの前では防戦一方だ。


「しゃらくせえっ!」


 気合い一声、タマフネは背中から取り出した鉄槌を結合させ、風を切るようにそれを振り回す。先端の球体が起動音と共に高速回転し、狭い廊下内に嫌な音を撒き散らした。

 スズランが警告を発するまでもない。サクラとナナフシはその球体が危険であると即座に判断し、球体に触れないように余裕を持って避ける。鉄槌の攻撃は恐ろしいが、当たらなければ意味がない。大振りな分、鉄拳よりかわすのは簡単だった。

 空振った鉄槌は、廊下の壁に当たり、金属でできたそれを火花を散らしながら削り取った。抉られてできた破片が周囲に飛び散り、タマフネの鎧に当たって金属音を鳴らす。

 鎧の下で、タマフネが笑った。


「ぬっ、なんじゃとっ!?」


 掘削されてできた大穴に向かって、強い風が巻き起こった。

 鉄槌でできた穴は、廊下をぶち抜いて外にまで繋がったようだ。飛行船内と外とでできた気圧差から、大穴がブラックホールのような吸引力を発揮する。

 もっとも強い影響を受けたのは、体格が小さく、空中を跳ねまわるように動いていて足場がしっかりしていなかったサクラだ。立て続けに圧縮空気を射出して体勢を戻そうとするが、一瞬動きを止めてしまうことは避けられない。

 そして、その瞬間を見逃すタマフネではなかった。

 振り抜かれた鉄槌が、ジャストミートでサクラを捉える。あわや、少女の肉体が無惨な肉片へと変わるかというところで、ナナフシが肉鞭をサクラに当て、鉄槌の軌道からずらした。鉄槌は少女の髪数本を巻き込むだけで終わる。


 が、霧見の英雄はそこまでの流れを読んでいた。すぐさま自分の獲物から手を離し、サクラを救うために伸ばされた肉鞭を掴む。音速を超えて振るわれる鞭を掴むなど人間業ではないが、サクラに向けて振るわれると推測できたことから軌道が絞られ、なおかつ彼女を殺さないようにと鞭の速度が落ちていたことがそれを可能にした。無論、それらの条件に加えて、タマフネの体術がずば抜けて優れていたからだということは言うまでもない。

 驚き、目を見開くナナフシ。すぐさま、もう片方の腕で、掴まれている方の腕を自切しようとしたが、その前にタマフネが全力で引っ張ってナナフシの身体を引き寄せる。

 ナナフシの身体は成人男性より重いくらいだが、紐に括られた虫でも引き寄せるように容易に宙に浮いた。一瞬で零距離に迫ったナナフシの顔面を、大男の剛腕が捉える。

 砕けた歯が口から零れ落ち、片方の目玉が飛び出る。首が胴体から離れていないだけ運が良かったが、意識は完全に刈り取られてしまい、その場に崩れ落ちる。ナナフシの身体は、死にかけの虫のようにぴくぴくと痙攣していた。

 息の根を止めるため、タマフネの拳が振り上げられる。しかし、復帰したサクラの蹴りがタマフネの体勢を崩し、ナナフシの頭部の真横に穴を穿つに終わった。

 サクラの小袖は大きく裂け、血で赤く染まっていた。ナナフシの攻撃はサクラの命を救ったが、無傷で済ませられるほど手加減する余裕はなかったのだ。口の端からも血が零れ、赤い筋を作っていたが、それでもサクラは不敵に笑って見せる。


「貴様の相手はサクラさまだ!余所見をしている暇はないぞ!!」


 決して小さなダメージではないはずだが、強気な態度でそれを感じさせない。だが、そんな挑発で釣れるほど、甘い相手ではなかった。


「なら、振り向かせてみな、ちんちくりん」


 サクラを無視して、再びナナフシへと振り下ろされる鉄拳。次は弾けないと判断し、サクラはナナフシを庇うように拳の前に躍り出る。

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