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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第一章 三つ巴の鬼
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鈴蘭

 燦々と照りつける太陽の光。じゅうじゅうと喧しい蝉の声。

 農民たちは大粒の汗を流しながらも、元気よく声を掛け合いながら畑仕事に精を出していた。そんな畑の畔道を、黒服に身を包んだ一人の少年が通る。彼のことに気付いた農民たちは、ぎくりとした顔になり、その背が消えるまで少年を注視し続けた。

 彼が何か目立つ行動をしたわけではないが、その風貌が衆目を集めるのは仕方のないことだ。なにせ、上半身裸で過ごす者がいるような気候だというのに、衣服を何枚も重ね着しているため、本来の体格より二回りは大きく見える。指まで隠す長手袋に、顔は目深まで頭巾を被っており表情は伺えない。

 明らかに不審者たる出で立ちであったが、人々が彼に対して向ける視線にこめられているのは未知なるものへの不信感ではなく、猛獣に向けられる恐怖と同じものだった。男が通った場所だけ、真冬のような静けさと緊張感が流れるが、本人はたいして気にする様子もなく、軽快な足取りで歩を進める。

 ふと、地面に影が差す。少年が空を見上げると、そこには魚の形状をした巨大な飛行船が飛んでいた。船体の横には霧見一族の家紋が大きく刻まれている。


「おやまぁ、鬼神九頭竜配下、霧見一族の飛行船じゃないの。ほとんどの飛行船は北の戦場に送られたって聞いたのに、何かあったのかねぇ」


 かつて多くの英雄英傑が覇を争い、戦国時代と呼ばれた時代があった。

 激戦の末、天下布武を掲げる織田家が天下を獲るかと思われたその時、日の本の国は異人からの侵略を受けた。侵略者は海の向こうからやってきた異国人ではなく、海の底や空の上、あるいは地面の下から現れた異形たちだった。

 人は彼らのことを異人ではなく、地獄からやってきた鬼と呼んだ。

 日本各地を統べる大名たちはこれに抗ったが、戦力・技術力の圧倒的差を前に、たったの三日で敗北した。かくして人類は支配者の権利を剥奪されたわけだが、生存権を完全に奪われたわけではない。鬼たちが慈悲深い存在だったからというわけではなく、そんな木端に関わっている暇がなかったからだ。

 鬼たちの中でもとりわけ強力な力を持つ『鬼神』と呼ばれる存在たちは、人間の大名に変わって日本各地に拠点を置き、その配下たちとともに、それぞれが支配者の座を巡って争いだした。第二次戦国時代――通称鬼神大戦の幕開けである。

 人類は各鬼神勢力の配下につき、ある者は年貢を納めることで、ある者は兵役につくことで、そしてある者は鬼たちの奴隷となることで死を免れた。

 霧見一族は、鬼神九頭竜の配下に当たる妖怪集団だ。海戦に滅法強いのが一番の特徴だが、鬼神たちが持ち込んだという技術力も凄まじい。今となっては、飛行船が空を飛ぶことも、大して珍しいものではなくなってしまった。

 だが、人間にとって、飛行船は力の象徴でもあった。人々は空を飛ぶ飛行船を見上げ、鬼と人間の間にある力の格差を再認識させられる。少年がそんな飛行船を目で追っていると、遠方に巨大な壁がそびえているのが見えた。

 高さ60メートルに達する巨大な壁で囲まれた土地。それが霧見一族が所有する人間奴隷区であり、少年たち結城衆が住まう広大な檻だ。彼らはこの場所で普段は畑仕事や修行に精を出し、求められた時だけ外に出ることが許可される。

 生まれた時からこの地に住んでいた彼はそれを嘆く気はないが、それでも何か思うところはあるのだろうか。飛行船が壁の向こうに消えて見えなくなるまで、じっと見送り続け……そして、ぱたりと倒れた。


「お、おぅ、熱中症だわ、これ。おのれ、霧見一族!なんと卑劣な手を!」


 当たり前な上に自業自得である。夏はきちんと水分を取って、熱中症には注意しよう。間違っても真夏に太陽の下で厚着を着た状態で立ち続けるようなマヌケは避けるべし。

 このマヌケの名前はスズランと言い、半妖隠密集団『結城衆』の一員だ。結城衆は、霧見一族に飼われている人間奴隷の一派で、諜報・暗殺を担う戦闘奴隷だ。

 人間を人間のままで兵士として使うのはあまりにも弱すぎる。少しでも戦力を上げるため、人間に鬼の臓器――鬼胤を移植して、人工的な妖怪を作り出すことはできないか。そう考えた霧見一族が実験部隊として作り上げたのが結城衆の前身だ。

 諜報・暗殺を専門としている理由は、半妖であっても純粋な鬼や妖怪に比べれば、遥かに戦闘能力が劣るからだ。正攻法での運用が現実的でない以上、夜討ち・闇打ちを得意とする隠密衆として扱うしかないという合理的判断の結果だ。

 だが、何事にも例外というものは存在する。

 強力な鬼の鬼胤を移植されたり、あるいは鬼胤との適合率が極めて高かった場合、半妖であっても鬼と同レベル以上の強さを手に入れられる者もいる。結城衆の中にはそれに該当する者が七名だけ存在し、彼らは結城七羅刹と呼ばれ、敵味方から畏怖された。

 結城七羅刹の一人『死散全殺』のスズラン。高度な戦闘技術と異質な身体能力を持つ結城衆の中でも最精鋭とされる者の一人だ。


「あっ、やばい。意識が遠くなってきた。先刻から吐き気が酷いし、身体も動かねぇ。死ぬっ死ぬぅっ!誰からお助けええええ!!」


 ……最精鋭とされる者の一人である。もうすぐ『だった』になりそうだが。

 遠くには田畑を耕す人々の姿が見えるが、残念ながら彼の声が届く範囲にはなかった。

 何とか這いずって人のいるところまで移動しようとしたスズランだったが、ふと何かの気配を感じて下半身に目を向ける。道端で倒れる人間が気になったのか、野生の狸がスズランの足元に鼻を寄せて匂いを嗅いでいる。

 人間奴隷区の土地は広大かつ、食料に関しては自給自足なので、狸やイノシシやクマなどの野生動物も普通にいる。人里に下りてきて畑を荒らすこともある害獣だ。

 いつもならの対象だが、まともに身動きのできないスズランは、足でしっしっと追い払う仕草をする。


「なぁんだ、狸ちゃんか。今日の俺は諸事情あって紳士的だから、特別に見逃してあげよう。感謝して人を呼んでくれたら、狸鍋ごちそうしちゃいますよ、オタク」


 足に狸が噛みついた。言葉が通じたのかどうかはわからないが、本能的にいらっと来たのかもしれない。スズランが悲鳴を上げる。


「やめてっ!齧らないでっ!すんません、調子乗ってましたっ!狸に噛み殺されるとかマヌケで恥ずか死すぎるんで、せめて熊か狼あたりにご変更願えませんかねぇ!?」

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