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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第六章 災厄の鬼神
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実力

 ユキを連れ出した先の廊下はすでに戦場と化していた。

 狭い廊下を、武器を持った霧見一族の兵士たちが詰めかけてきており、足止めのためにサクラとナナフシが応戦している。


「おぉ、ユキ!約束通りまた会えたの!」

「サクラ!?それに、ナナフシまでどうして……」


 死んだと思っていた者たちが次々と現れ、ユキは幻覚でも見ているのではないかと困惑する。だが、廊下を漂う濃厚な血臭のせいで、それが現実だと実感させられた。


「詳しい話は後じゃ!面倒くさい奴が来るまでに逃げるぞ!」


 隊長の気迫に答えるように、ナナフシが腕をしならせ、肉鞭を振るう。広いとは言えない空間内でありながら、肉鞭はどこかに引っかかることもなく器用に敵だけを抉り取っていく。回避できる場所が限られている廊下では、その攻撃は霧見一族の兵士たちにとってはとてつもない凶器と化し、次々に兵士たちの命を刈り取っていった。


「ひ、ひるむな!距離を取って攻撃しろ!」


 実力差があるとはいえ、彼らは訓練を受けた兵士であり、数の上では霧見一族側が有利だ。肉鞭が届かない位置に陣取り、幾人かの兵士が前に出る。

 前に出た兵士たちの頬が蛙のように膨らんだかと思うと、口から水弾を吐きだした。鉄砲魚の特性を持つ兵士だ。下級兵士とはいえ、その射程は肉鞭より長く、当たれば鉄板すら貫く威力を持つ。

 水弾のほとんどは肉鞭に叩き落とされるが、何発かがナナフシへと迫る。水弾が当たる直前、彼の前に出たサクラが蹴撃でそれらを残らず迎撃した。

 肉鞭と水弾が行き交う殺人空間に向かって、サクラは躊躇なく飛び込んでいく。残像を作りながら前進する彼女は、肉鞭を紙一重で避け、水弾を一つ残らず蹴り落としながら敵へと肉薄する。時間にすればコンマ数秒の出来事。前に出ていた鉄砲魚の兵士たちの横を通り過ぎたかと思うと、彼らの首が同時に宙に舞った。

 彼女の動きに呼応し、鮫や蛸や蟹といった、近接戦闘に優れた霧見一族の兵士が応戦しようとするが、サクラ自身の蹴撃か、彼女の後方から放たれる肉鞭に抉られ、一秒もかからずに挽肉へと変わっていく。

 ナナフシによる肉鞭だけでも速くて強力だが、超高速戦闘を得意とするサクラだけはそれらを掻い潜って敵に接近戦を仕掛けることができる。結果、両者の手数が合わさり、逃れようのない攻撃密度を作りだしていた。

 他の追随を許さない圧倒的な攻撃量で敵を殲滅する。それが本来のサクラ隊の戦い方なのだ。もし、スズランがサクラとナナフシを同時に相手取っていたとしたら、為す術もなく瞬殺されていただろう。

 二人のコンビネーションにスズランが介入する余地はなく、ユキと共にナナフシの背後で待機するしかなかった。


「……これじゃ、俺ただのびっくり要員じゃん。いる意味あんのかね、これ」

「だ、大丈夫!私はスズランが一緒で心強いわ!」


 それ、俺が役立たずだってこと否定してないですよねぇと心の中で突っ込んでおく。

 廊下にいる敵をあっという間に全滅させ、死屍累々といった中を一行は走り出す。先頭を行くサクラが、後ろに向かって叫んだ。


「このまま飛行船後方にある搬入口まで行くぞ!あそこまで行けば人数分の落下傘もあるし、飛び降りることも――」


 言いかけたところで、廊下の壁が爆発したように破壊され、そこから鋼鉄に包まれたた丸太のごとき腕が飛び出してくる。

 完全なる死角からの不意打ちだったが、サクラもさるもの。壁の破片や鉄の腕を軽業師のような動きでかわし、スズランたちの元まで下がる。


「はっはぁ!!来たか、タマフネ!待ちわびたぞ!」

「あっれぇ、予定ではタマフネが現れる前に逃げ切るはずだったのに、この人なんで嬉しそうなんですかねぇ?」


 スズランのぼやきは無視された。

 突然現れたタマフネに一同は警戒心を高めるが、侵入者の正体が死んだと思っていた男たちであることを知ったタマフネも、兜で顔は見えないが内側では驚いていた。

 だが、口から洩れたのは驚愕の声ではなく、くつくつとした笑いだ。


「こいつぁ、驚いた。誕生日にサプライズパーティーを開かれた気分だぜ。一体全体、てめえら全員どうやって生き残って、どうやって忍びこみやがった」

「ふはははははは!知らなかったのか?完璧無敵なサクラさまを殺すことなどできぬし、不可能などという言葉とも無縁なのだ!」

「ははははははは!おもしれぇ奴だ。今度は簡単に飛行船を落とさせねえ。てめえとの決着はまだついてねえから、きっちり片をつけようじゃねえか」


 盛り上がってやる気満々の二人とは逆に冷めた目のスズランがユキに言う。


「なんか思ったより気が合いそうだし、ここは若いお二人にお任せして、邪魔者の俺たちは退散しようそうしよう。では、ごゆっくりどうぞ」

「そんなお見合いみたいに言わないで、手伝ってあげて!サクラ一人じゃ、タマフネの相手は無理よ!」


 本気で放って行きそうなスズランを、ユキは慌てて止める。

 軽口を叩いてはいるものの、ユキに言われるまでもなく、スズランもタマフネとの戦闘は避けられないとわかっていた。

 全身を鋼鉄の鎧で包んだ鎧武者の姿で現れたタマフネの身体は、廊下を埋め尽くさんがばかりに大きい。横を通り過ぎていくのはほぼ不可能。迂回して搬入口を目指そうとしても、タマフネがそれを黙って見過ごすとは思えない。

 タマフネとの戦闘も考慮に入れて作戦を立ててはいるが、奴と戦うという事態は想定の中でも最悪の部類だ。現実逃避の一つでもしたくなるというものだ。


「いらぬ心配は結構。ユキとスズランは下がっておれ。こいつには大勢の部下が世話になった。ここはサクラさまたちに任せておくのじゃ」


 そう言って、サクラが前に出る。

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