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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第五章 雪と道草
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無力

 大広間に集まる霧見一族の面々が、互いに顔を見合わせざわめき始める。言いたいことは全員同じなのだろうが、それができる者がおらず、自然と一人の男へと視線が集まった。


「あ、あー、坊、さすがにそいつはまずいんじゃねえかなぁ。こいつ、大旦那への献上品だから、霧見港に運ばなきゃいけねえだろ?」

「(た、タマフネが戸惑ってる!あのタマフネが!?)」


 目上の者にも変わらぬ気軽さで接するタマフネだったが、その頬は引き攣っていた。想像もしていなかった彼の動揺を見て、ユキもまた頭がパニックになっていた。

 ナマズ坊は指摘に少し考え込んだが、すぐにいいことを思いついたという顔になる。


「ならば、父上に献上した後、褒美としてこれを貰おう!父上からの評価が上がり、私は美しい妻を手に入れることができる!一石二鳥ではないか!」


 この人、バカなんだろうか?ついそんなふうに思ってしまったユキだったが、その場にいた人間はだいたい同じことを考えたことだろう。

 タマフネもあちゃーそうきたかーといった感じで、顔を手で覆って天井を仰いでいる。


「あー、それならどのみち、まずは大旦那に見せないとな。結婚云々の話はそれからでいいだろ?」

「……今夜の夜伽はダメ?」


 人差し指を咥えながら、ナマズ坊が首を傾げる。子どもがやれば可愛いかもしれないが、彼は明らかに成人に達している上、言っている内容がぜんぜん可愛くなかった。


「そりゃ、だめだ。前に坊が気に入った女、遊びすぎて殺しちまっただろ?生きてたとしても、目とか腕とかもぎとった状態で大旦那に見せるのはまずいって」

「えー、でも、可愛い女の子で遊びたいー」

「坊が好きそうな女、また今度連れてきてやるから我慢しろって」


 だいぶ不満気ではあったが、ナマズ坊は不承不承うなずく。内容を聞いていたユキは、顔を引き攣らせた。

 ユキはその容姿の美しさに反して処女だ。今までユキを捕虜として預かってきた者たちが彼女に魅力を感じていなかったというわけではなく、変に手出しをして彼女が能力を失うことを恐れたためである。

 ユキは鬼神に取り憑かれている鬼であって、厳密には鬼神そのものではない。どのようなきっかけで能力が失われるかわからないため、利用はされても腫れもの扱いであり、当然肉体関係を持つことは避けられていた。

 そんな性知識が薄い少女にとって、ナマズ坊のプレイは少々ハードすぎたようだ。気丈に振舞いながらも怯えを隠せていない顔に興奮したのか、ナマズ坊はユキを抱き寄せると、いやらしい手つきで身体に触りながら彼女の頬に舌を這わせる。


「また後で遊ぼうねぇ。ユキちゃああん」

「やっ、離して!」


 ここまでされては取り繕ってはいられない。あまりの不快さから全身に鳥肌が立ち、ナマズ坊の手を払いのける。その反応がかえって彼を興奮させたのか、ナマズ坊の手がユキの衣服に伸びる。

 が、その前にタマフネがユキの首根っこを掴み、子猫でも持ち上げるようにしてユキをナマズ坊から引き離した。


「はい、そこまでー。続きはまた後で」


 これ以上の我儘には付き合いきれないと判断したのだろう。タマフネはそのままユキを担いで、広間から出て行こうとする。

 しかし、諦めきれない城主は、どたどたと重々しい足音を響かせながらその後を追う。


「ま、待って!あとちょっと!あとちょっとだけ、ユキちゃんで遊ばせて!」


 タマフネは一つ大きく溜息を吐くと、その大きな手のひらでナマズ坊の頭を掴む。そのまま、残像が残るほどの速さで、掴んでいるナマズ坊の頭ごと手を大きく振った。

 ぐりんと眼球が裏返り、ナマズ坊がその場に崩れ落ちる。高速で脳を揺らされたことにより、脳震盪が起きて気絶したのだ。


「おら、坊がお疲れで倒れちまったぞ。とっとと介抱して、布団にぶち込んどけ」


 タマフネの指示に、お付きの者たちが慌ててナマズ坊に駆け寄る。

 彼の詭弁はあからさま過ぎるが、それに対して文句を言う者はいなかった。主人に対する不遜な態度と、それを誰も注意しないことにしない対し、ユキは唖然とした顔になる。

 これではナマズ坊とタマフネのどちらが偉いのかわからない。


「……一応お礼を言っておくわ。ありがとう」


 自分をここに連れてきた張本人に言うのも変な話だが、危ないところを助けてもらった礼を言っておく。案の定、タマフネが呆れた顔になった。


「礼なんざいらねぇよ。あんたはこれから大旦那に献上するんだから、その前に傷物になってもらうと困るってだけだ」


 口元に嘲笑を浮かべながら、タマフネが言う。


「言っておくが、大旦那の変態ぶりは坊の比じゃねえぜ?なにせ、十二人もガキがいて、全員母親が違う。坊と違って妻を殺しはしないが、どいつも二人目が産めない身体にされてるんだ。あの方は女のことを実験道具くらいにしか思ってないからな。他はどうだったか知らんが、霧見一族の捕虜になって、五体満足でいられるとは思わない方がいい」


 タマフネの言葉から想像を膨らませてしまい、ユキは下唇を噛んで俯く。

 ユキの体内にいる鬼神の力は、ただ治療を施すだけではない。真の性能を引き出すためには、リスクを覚悟でユキの身体を切り刻み、人体実験を行うしかない。

 今までそれが行われなかったのは、ユキという存在の希少性と若さ、そして運によるものでしかない。いずれはそういったことが行われるだろうと覚悟はしていた。

 だが、いざそれが現実のものとなろうとしているとなると、恐怖から身震いせざるを得なかった。そんな少女の怯える様子に、タマフネは面白そうな笑みを浮かべる。

 彼女には一杯食わされたこともあり、ユキが怯える様子に歪んだ愉悦を感じていた。


「今霧見港に移送するための飛行船を用意している。今回は九頭竜の土地を通るから、蓮蛇勢力に襲われることもないだろう。準備が整うまではナマズ坊から守ってやるから、明日に震えながら安心してな」

「……ねぇ、なんであの人はこんな城の城主をしているの?」


 先刻疑問に思ったことをぶつけてみる。答えは期待していなかったが、意外にもタマフネは返答した。


「天才ってやつだな。坊の能力は珍しく、その上で強力だ。ただ、それに胡坐を掻いて鍛練してこなかったせいで弱い。本来なら最前線に送られて殺されるところだが、その能力は惜しい。だから、最前線でも本都でもないこの城で、種馬やってんだよ」


 理解したユキが、なるほどと頷く。

 霧見一族は完全実力至上主義だ。どれだけ血筋が良くても弱ければ見下され、どれだけ傍流であっても強ければ尊敬される。

 本家筋でただ強い能力を持つだけのナマズ坊と、能力自体は平凡でも叩き上げで実績があるタマフネではカリスマ性に大きな差が出る。だからこその先刻の反応。千人長に過ぎないタマフネが、ナマズ坊を気絶させても周囲から一言も文句が出なかったわけだ。

 やがてタマフネとユキは座敷牢に到着した。飛行船が出発する頃まで、ここで過ごすことになるだろう。

 首輪と手枷を外してもらいながら、ユキが問いかける。


「……スズランの容態はどう?最低限の治療はしたから命に別条はないはずだけど」

「あぁ、先刻処刑されたって報告が上がった」


 一瞬、ユキは何を言われたのか理解できずに頭が真っ白になった。


「ど、どういうこと!?ひどいわ!言う通りにすれば、殺さないって約束したのに!」


 動揺して喰ってかかるユキの胸倉を掴み上げると、タマフネは彼女を壁に押し付けて顔を寄せる。息がうまくできなくてもがくも、圧倒的筋力差にびくともしない。


「勘違いするんじゃねえ。あの場じゃ殺さねえって言っただけだ。その後のことまで面倒見切れるか。だいたい俺たちに逆らった人間を生かしておくわけねえだろ」


 悲しさ、怒り、悔しさ。さまざまな感情が入り混じるユキの瞳に、抑えきれない情動が涙として浮かんだ。

 自分がどうなったとしても、スズランを助けられるならそれで構わない。それだけを心の支えに気丈に振舞ってきたというのに、そんな些細な願いすら奪われたユキは、ただの少女に戻ってしまっていた。

 あふれ出る涙と感情。絶望に染まった彼女はそれに身を委ねるように口を開ける。


「舌を噛み切って自殺するか?いいぜ、やれよ。ここなら施設が整ってるから、何度でも蘇生してやる。仮に死んじまっても、ナマズ坊の責任にできるから俺は痛くも痒くもねえ」


 少女の決意すら踏みにじる無情な言葉に、ユキは舌を噛む直前で動きを止める。

 自分には死を選ぶ自由すらないというのか。拳が真っ白になるほどに握りしめるが、そんなことをしても自分の無力を自覚して空しくなるだけだった。


「そうそう、女は女らしく男の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ」


 おとなしくなったユキの様子に満足したタマフネは、胸倉を掴んでいた手を離し、彼女を牢屋の中に入れて鍵を閉める。

 呆然自失となっているユキはその場からわからない。タマフネの目にはそれが滑稽に映ったのだろう。くつくつと陰鬱な笑い声を洩らしながら去っていく。

 つぅっと、溢れた涙が頬を伝う。体を動かそうと思っても、動かし方を思い出せない。サクラにスズラン、知人が立て続けに死んだことで彼女の心は崩壊寸前だった。

 打ちひしがれる彼女を、天窓から差し込む月光が照らし出す。

 自分に良くしてくれた人たちは、自分のせいでみな死んでしまった。それが嫌だったからこそ、自由など求めず、今の生活が最善だと自分を誤魔化し続けてきたというのに。


 この苦しみは天罰なのだろうか?分不相応に知人や友人を作ってしまったことを、空に浮かぶ神が見つけて怒っているのだろうか?

 誰かの隣に立つことが罪だというのなら、自分は何のために生まれてきた?


 夜空の月は答えない。

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