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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第五章 雪と道草
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末路

 顔に水をかけられて、スズランは目を覚ます。

 咳き込みながら顔を拭おうとしたが、手が縛られて動かないということに気付く。彼の身体は木箱の中に寝かされており、その周囲を老人たちが囲んでいた。

 結城衆の代表者、結城評定衆だ。

 彼らの姿を確認して、スズランはおおよその状況を把握する。


「おや、皆さんお揃いで。今日は俺の誕生日だったかね?ありがとう、ありがとう。感謝ついでに縄を解いてくれるとさらに幸せになれるんですけど?」

「逆だ、逆。こんな状況でも減らず口を叩くのはさすがだがな」


 答えたのは評定衆の中でも比較的若い女。スズランの師匠にもあたるシオンだ。彼女はこの期に及んで緊張感のない弟子に溜息を吐く。

 スズランとシオンはいつもと変わらない様子でやり取りするが、他の評定衆の表情はかなり険しい。その内の一人が怒りで震える声で訥々と告げる。


「状況は察していよう。おまえは任務に異を唱えた上で、霧見一族の者に手を出した。霧見一族の庇護下にある我々は、おまえを処刑して忠誠を示さなければならぬ」

「あー、そりゃあ仕損じちゃって申し訳ないねぇ。俺がしっかりきっちり殺っておけば、証拠隠滅して知らぬ存ぜぬを通せたってのに」

「冗談ではないわ、バカモノ!!」


 処刑をちらつかせても命乞いはおろか動揺すら見せない少年に苛立ちを覚えたらしく、老人が持っていた杖で殴りつける。


「この怪物だらけの世界で我々人間が生き延びていられるのは、霧見一族の庇護があるからこそだ!おまえの浅はかな行動のせいで、一族郎党皆殺しにされる可能性だってあったのだぞ!?もっと殊勝な態度をとったらどうだ!」


 相当怒りを抱いていたらしく、力いっぱい殴られたスズランの額から血が流れる。なおも平然とする彼を見て、老人は再度杖を振り上げたが、スズランの体質を知る幾人かによってそれは止められた。


「いやぁ、ご意見ごもっとも。俺もさすがにちょっとまずいかなぁと思ったということにするのはやぶさかではないですよ?提案なんだけど、ここは俺の代わりに評定衆一同が首を括るのはどうだろう?俺は生き残れて幸せ、霧見一族も溜飲が下がって幸せ、他の忍びもムカつく上司が死んで幸せ。ほら、みんなが幸せになれる素敵提案ですよ?」


 頭に青筋を浮かべた老人が噛みつくのを抑え、彼をよく知るシオンが前に出る。


「……とまぁ、本来なら見せしめのために拷問の一つにでもかけるものだが、このとおり痛みを感じないのでは反省のしようがない。かといって普通の処刑では血が飛び散って、周囲が被害を受ける。そこでおまえの処罰だが――」


 頭上で機械音が鳴り、光と熱気を感じる。

 箱の中から見上げると、壁の一部が怪物の口のように開き、そこから炎が舌のようにちらちら動いているのが見えた。


「火刑ということで満場一致した。中の温度はあえて低温にし、死ぬまでに三十分はかかるようにしてある。普通に焼き殺すだけでは気が済まないという御仁が多くてな」

「わーお、ご奉仕精神満載で涙が出るねぇ。これは俺にはもったいないわ。誰か代わりの人に譲ろうと思うんだけど、やってみたい人いない?」


 名乗り出るような者はいないつもりで言った冗談であり、評定衆の老人たちに対する遠回しな当てつけだった。幾人かの老人たちはそれに乗せられて眉をひくつかせる。


「弟子の不始末は師の不始末とも言える。なら、私が代わりに処罰を受けるのが筋だろう」


 だが、老人たちの罵詈雑言が並ぶ前に、シオンの口から出た言葉が場を凍らせる。

 それは言いだしたスズラン自身も同様だった。シオンは血の繋がった家族には極端なまでに甘いが、弟子に対してそのような態度を示したことがない。あまりに意外なことに、スズランは皮肉も忘れて目を白黒させる。


「だが、それは心を入れ替え、改めて結城衆に忠誠を誓うと約束できればの話だ。スズラン、もし我々がユキを殺せと命令すれば、おまえはそれに従うことができるか?」

「…………」


 どういった形で評定衆に話がいっているのかはわからない。スズランとユキの確執は、スズラン自身にすら正確には思い出せていないのだ。まして、スズランがユキに対して抱いている感情を彼らが把握できているとは思えない。

 だが、シオンはそんな断片的な情報であっても、彼がユキに執着しているということを見抜いたようだ。無関心なようで自分のことをよく見ている師に対して、スズランは敵わないなと思った。


「悪ぃな、師匠。それは俺には無理だわ」


 答えにはあまり迷わなかった。

 表面上従うことは簡単だっただろう。すべての罪をシオンに押し付け、自由の身となった後でユキを助けに行くことはできる。

 だが、それでうまくいったとしても、俺はきっとユキの瞳を正面から見ることができなくなるだろう。それでは何の意味もないのだ。

 そこで初めて、俺は自分の気持ちを自覚する。

 どうやら俺は毒に侵されてしまったらしい。それは甘く蕩けるように胸を締め付け、正常な判断を狂わせる。俺はとっくにユキという鬼にイカれ(恋し)ていたのだ。

 今頃になってようやく気付いた未熟な弟子とは違い、師はその返答を端から予想していたようだ。特に驚く様子もなく静かに頷く。


「情に流されるようでは、どのみち忍びとして終わりだ。スズラン、おまえは愚か者だよ。女に狂わされていなければ、おまえは最高の忍びになれたのに」

「あぁ、だけど、そういう人生も悪くないだろ?」


 その点に関しては、シオンも否定しなかった。

 彼女は昔から家族というものを深く愛していた。そのせいで時に合理的ではない判断を下してしまうことがあった。ただ、彼女は手遅れになる前に一線から引くことができた。情に流されているという点ではシオンもスズランも同じだったが、シオンは運良く生き残り、スズランはそれができなかった。たったそれだけの違いに過ぎず、運命の歯車がほんの少しでもずれていれば、立場は逆だったかもしれない。


「もういいだろう、シオン。元より、実行犯たるスズランを見逃す選択はありえぬ。茶番はそれくらいにして刑を実行せよ」


 焦れた老人の一人が刑の執行を急かす。

 シオン以外の評定衆は、スズランの顔など見たくもないようだ。口には出していない者たちであっても、その目が早く殺してしまえと訴えている。

 もう語るべきことは語り終えた。シオンはそれ以上何も言わず、スズランの入っている木箱に蓋を被せて見えなくした。

 そこでスズランは、自分が入っている木箱の正体が棺桶であるということに思い至る。この処刑場は火葬場を利用したものであるようだ。光の入らぬ暗闇の中、棺桶が移動するのを背中で感じる。

 棺桶の外からぱちぱちと何かが燃えるような音が聞こえ始めた。

 おそらく、棺桶の中も気温が上がっているのだろうが、それを感じられないスズランにはただの暗闇でしかない。光のない空間では、自分の肌が焼けただれていく様子すら観察することができない。暗闇の中、狭い棺桶に閉じ込められることの方が精神的に来るが、三十分で終わるとわかっていればそれほど苦ではない。


 だから、スズランはユキのことを考えることにした。

 どうせ三十分間やることがないのだ。人生の最後は好きなことだけを考えていたい。女に人生を狂わされた男の末路にはお似合いだろう。

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