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雪は道草に痛みを飾る  作者: くろまりも
第四章 霧見の英雄
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反逆

「二人ともー。そろそろ出発するよー」


 ユキからの返答を聞く前に、戻ってきたメノウが 声をかけた。

 じっと見つめあっていた二人が、はっとした顔で我に返り、慌てて目を逸らす。顔が赤くなっている二人に対して、メノウは不思議そうに首を傾げた。


「どうかしたのー?まだ熱中症治ってないのー?」

「熱苦しいのが近寄ってきて、思わず顔を逸らしたくなっただけだってぇの。それより、定期連絡の方はどうなったんだよ。なんか新しい情報あったか?」


 強引に話を逸らしながら、スズランは手足を動かして身体の調子を見る。動きは悪くなさそうだったので、だいぶ回復したと視覚的に確認した。


「うぅん、蓮蛇の残党も土胡坐軍も目立った動きはなさそー。散開索敵してる結城衆のみんなからも敵との遭遇連絡はないねー」


 散開して刈島城を目指している結城衆だったが、その動きは決して無秩序ではない。スズランたちの班を常に中央付近に置いて索敵しながら動いており、彼らが動きを止めている間は全班が動きを止める。追手がいたとしても、外周にいる結城衆が先に交戦に入り、スズランたちに連絡が来るはずだ。それがないということは、現状は安全であると言える。

 索敵陣形のことを知らないユキが気遣わしげに聞く。


「一応医者としての見解で言わせてもらうと、熱中症で倒れた後に、短時間の休憩で済ませて進むのはお勧めしないわよ?目的地はまだ遠いの?」

「なにもなければ、あと半刻くらいかなー。スズランはいつものことだから大丈夫ー」


 メノウはにこやかに言うが、ユキはまだ不満そうだ。しかし、所詮は虜囚の身。反抗できる立場であるわけでもなく、不承不承頷く。


「そういえばー、ユキちゃんって、能力だけじゃなくて、普通に治療の手際良かったよねー。お医者さまとしての経験もあるのー?」


 再び歩き出したメノウが、移動中の雑談として問うた。

 彼女の言う通り、ユキの治療は能力に頼り切ったものではなく、ある程度の医学的施術を行った上で能力を使うというものだったと思い出す。


「能力を最大限に活かすには、医者としての技量も必要だって言われたの。例えば、きちんと添え木をしていない状態で骨折を治したら、変な形で固まってしまったりだとか」

「へー、そこは普通の治療と同じなんだねー?医学は誰に習ったのー?」

「私が土胡坐にいた時、私を管理していた人よ」

「面白そうな話じゃねえか。続きを聞かせてくれよ。おまえが九頭竜から逃げた後、どういう経緯があって、蓮蛇に行くことになったかをよ」


 背後からかけられた声に反応して、スズランとメノウがユキを庇うように立ち、クナイを抜き放つ。

 そこに立っていたのは筋骨隆々とした大男だった。彼はスズランたちの反応を面白がるようににやついた笑いを浮かべていたが、逆にスズランたちの警戒度は跳ねあがった。

 雑談を交わしながらであったが、スズランとメノウは決して周囲への注意を怠っていなかった。だというのに、声をかけられるまで男が背後に立ったことに気付くことができなかった。声かけなしに襲われていれば、気付く前に殺されていたかもしれない。

 なにより、スズランたちの周囲では、結城衆たちが警戒網を張っているはずなのだ。つい先刻の定期連絡で、この男の接近に関する情報がなかったということは、警戒網を掻い潜り、誰にも気づかれることなくここまで辿り着いたということだ。警戒するなという方が無茶がある。

 スズランとメノウが男の正体と目的について考えを巡らせていると、後ろに下がらせていたユキが震える声で言う。


「た、タマフネ……」


 ユキが漏らした言葉に、スズランとメノウは目を見開いた。


「おいおい、タマフネってあれか?北部の最前線で暴れ回ってるって噂の『壊滅軍長』さんか?バリバリの武闘派体育会系筋肉さまが、なんだってこんなところに?」


 布槌より北にある九頭竜と蓮蛇の戦闘領域。敵も味方も壊滅するような激戦地に常に身を投げ出しながら、彼だけは生き残って帰ってくると言われる霧見一族千人長。噂では将軍に推挙されているそうだが、前線で戦いたいという希望から固辞したという戦闘狂。

 戦闘最前線からは離れている布槌であっても、その名を轟かせるビッグネームだ。彼が布槌にいるということを知らされていなかったスズランとメノウは戸惑うしかない。

 霧見一族である以上は味方のはずだが、味方なら隠れてここまで来る必要はない。敵味方が判断できずに迷うスズランたちに、タマフネが頭を掻きながら言う。


「あー、面倒だが説明してやるか。そいつは北部の戦線で、蓮蛇軍から奪ってきた戦利品(・・・)でな。俺はその護送を任されたわけで、まぁつまり……」


 タマフネが獰猛な笑みを浮かべる。


「てめえらは用済みだから、とっととユキを渡して消えな」


 圧力のある言葉に、羅刹と呼ばれる二人の忍びが一歩引いた。諜報や暗殺を主任務とする隠密とは異なる、本物の戦争屋の威圧だ。手汗が止まらない。

 相手が霧見一族の英雄なら、結城衆である自分たちが逆らうという選択肢はない。しかし、タマフネを騙っているだけならば引き渡すわけにはいかない。だが、どちらにせよ、目の前の巨漢が只者ではないということは刃を交える前から肌で感じられた。


「……彼の言っていることは本当よ。抵抗してはダメ」


 緊張した面持ちでユキが前に出る。スズランとメノウはそれを止めない。男の特徴的な顔つきから、彼が霧見一族であることは間違いない。ユキの発言も信じることができた。

 タマフネが小さく舌打ちする。

 そこでスズランはタマフネの意図に気付き、はっとした顔になる。


「(こいつ、俺たちを殺す気だったな!?)」


 タマフネが誰にも見つからないように隠れながらやってきたのは、スズランたちを警戒させるためだ。任務がある以上、怪しい者に対して簡単にユキを渡すわけにはいかない。だが、引き渡さなれば、反逆の意志ありとしてスズランたちを殺す名目が出来上がる。

 何の目的でそんなことをしようとしたのかはわからない。だが、ユキはそんな企みをいち早く見抜き、自ら進んで男の元へ行くことで、スズランたちを守ろうとしたのだ。


「(これじゃあ、どっちが護衛かわからないじゃねえか)」


 じゃらりと音を立てて、巨漢の手に背嚢から取り出された鎖が握られる。捕虜に対する脱走防止用の首輪と手枷足枷だ。ユキはそれを見て、嫌悪と諦めが混じった表情になるが大人しく手を差し出した。

 枷が少女の手に嵌められそうになった瞬間、背後からぐいっと引っ張られて空振る。


「スズラン?」


 背後から自分を抱き寄せる若き忍びにユキは驚きの声を上げる。他のものも同様の感情を抱いただろうが、もっとも驚いているのはスズラン自身だった。

 ここで逆らうのは愚の骨頂。それがわかっていながら、銀髪の少女に鎖が掛けられそうになったのを見た瞬間、身体が勝手に動いていた。自分はなぜユキを奪うような真似をしている?答えの出ない疑問を頭に浮かべながら、舌先だけは勝手に動く。


「いやぁ、要するにオタクって、蓮蛇軍に飛行船を落とされてユキを奪われた無能さんでしょ?そんな人に渡すのはちょっとねぇ。耳と耳の間に空気が詰まってても、壊された飛行船の代わりにはならないってわかってますぅ?」


 びきりと音を立てて、タマフネの額に血管が浮き出る。


「ちょっ、ちょっとスズラン!?なんてこと言うの!?」

「えー、だって事実でしょ?目的地の目の前まで来て、ユキを渡せなんて、手柄の横取り以外ないでしょ。それでも飛行船壊したことは帳消しにならないと思うけど」

「事実でも言っていいことと悪いことがあるでしょう!?彼は兵士としてはとんでもなく強いけど、指揮官としての能力がないだけなの!適材適所よ!」


 まったくフォローになっていない精神攻撃に、タマフネは地面に膝を突いて、のの字を書き始める。そんな大男のみっともない姿を見て、ユキがきっと睨む。


「ほら、彼もすごく傷ついているわ!きちんと謝って!」

「……いや、止め刺したのは俺じゃないと思うんだけど?」

「悪意がない分、余計に胸に刺さるのよねー。それより、スズラン本気ー?」


 メノウはこんな時でも変わらずのんびりした口調で言う。


「死んじゃうよー?」


 ですよねぇ、と言いながら、スズランは身体を仰け反らせる。先刻まで彼がいた位置を握りこぶし大の石が剛速で通過し、そばにあった木にぶつかって弾けた。


「さて、言葉遊びは終わりだ。ようするにてめえは、俺に逆らうってことでいいんだな?」

「いやいや、一言物申したかっただけで、決して逆らうつもりはないが、かといっておとなしく従うわけではない可能性について建設的な意見を述べたり述べなかったり……」


 手の平をぐるんぐるんと超速回転させて煙に巻こうとしたが、タマフネはろくに話を聞かずに手甲を取りつける。スズランの一番苦手とするタイプだ。


「ま、待って!やめて、タマフネ!彼に悪気はないの!」


 一触触発の状況の中、二人の間にユキが入って取り成そうとする。ちなみに、幼馴染であるはずのメノウは、巻き込まれないように徐々に距離を取り始めていた。実にすばらしい友情度合いを持つ女である。さすが、シオン師匠の孫。

 大男は鬼の少女に冷たい瞳を向けると、その頬を平手で打つ。倒れそうになった少女を片手で掴むとメノウの方へと投げ飛ばした。


「おい、おまえ。そいつを抑えてろ」


 慌てて受け止めたメノウの腕の中で、ユキは頬を晴らして気絶していた。


「結城衆とやり合うのは初めてでな。その中でも最優といわれる七羅刹の一人。一度やり合ってみたいと思ってた。雑魚が邪魔するんじゃねえよ」

「…………」


 どろりとした濃厚な負の感情がスズランの中で渦巻く。クナイを構え、殺気のこもった瞳でタマフネを見据える。


「なんかわからねえけど、おまえはムカつく。軽く死なせてやるよ」

「軽くと言わず、がっつり来いよ。俺はそのつもりだぜ?坊や」


 巨象が蟻を踏み潰すがごとく、霧見の英雄は大きく一歩踏み出した。

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