弘法筆を選ばず!
「俺の女に手を出しやがって、絶対に許さねー! ボッコボコにしてやる!!」
目からビームが出そうなほどに強い視線でアキラは睨んでいる。
ロッキーは怯み後ずさる。ギンガは青ざめた顔で震えるしかできない。
サカキは、震える触手をコートに隠しながら、アキラを睨み返した。
「お、面白いではないか! わ、我は貴様な 」
ジュッ ボン!
突然、サカキの頭部が爆ぜて消し飛んだ。
アキラの両目から出たビームが、サカキの両目を貫き、頭部を丸ごと爆発させたのだ。
アキラの記憶に「目からビーム」は無かった。
『目からビームが出そうな気がする』と思った浮遊霊のおっさんが、思いつきで念じたら本当にビームが出たのだった。
頭部を無くして倒れたサカキ。
サカキのコートから這い出した8本の触手の塊が、ギンガの後方へと逃げていく。
ギンガの背に隠れ、触手の付け根に隠していた本当の頭部を出してサカキは言った。
「目からビームって、あいつ人間じゃねぇ!」
「お前こそ、ただのタコだろ!」
サカキの顔や頭に見えていた部分は、身体の一部を擬態させてそう見せていただけだった。
アキラの言葉を遮るように、ロッキーが前に出る。
どうやら、ギンガとサカキをかばっているようだ。
「相変わらず、安物の剣を使っているんだな、カンスト」
「ふ、弘法筆を選ばず、そんな古い格言があるのさ。知らないだろ?」
アキラが持つ剣は、ゴブリンから奪った銘なしの駄剣である。
鞘だけは金をかけているため、納めていれば、みすぼらしく見えることはない。
体裁を気にしなければ、そこらへんの木の枝でも彼にはかまわなかった。
スキル『シャイニングブレード』を使えば、斬れない物体など存在しない。
剣の耐久寿命を使い切ってしまうため、高額な武器など無駄でしかないのだ。
「得意のシャイニングブレードも時間切れのようだぜ。純粋な剣技だけの勝負を願いたい」
アキラの剣は、すでに光を失っていた。
剣の持つ耐久寿命が、そのままスキルの効果時間になっている。
ロッキーは掛けに出た。
17歳のアキラが勇者に目覚めたのは、たったの5年前。
剣の修行歴も10年程度だと言われている。
ロッキーは、現在31歳。幼い頃から剣を握って育った。
彼は、アキラが産まれる以前から剣の修行を続けてきたのだ。
しかも、ロッキーの剣は、ドワーフ族の王が打った伝説級の名剣。
アキラの持つ耐久寿命を使い切った駄剣と一合でも打ち合えば勝負は決まる。
「行くぞ、カンストの勇者・アキラ! チェィストオオオ!」
武士のような気合いの声をあげ、ロッキーはアキラへと斬りかかった。
ロッキーが放つ横薙ぎの剣。上段から片手で迎え撃つアキラ。
キンッ
金属が打ち合う、甲高い音が響く。
「なにっ!?」
ロッキーの持つ名剣の刃が根元から断たれていた。
床に突き刺さる刃を見て、呆然と佇んでしまう。
「はっ」
隙だらけの自分に気づいたロッキーは、後方へと飛ぶように逃げる。
「だから言ったろ。弘法筆を選ばずって」
アキラは自らの剣を投げ捨てた。
床と接触した瞬間、粉々に砕け散る駄剣。
幕末に新撰組の残した記録に、真剣での立会いに巻き込まれた灯篭の石材が、日本刀で切断されたと語っている物がある。
剣術を極めた者が、高い集中力を持って剣を振れば、ありえない物体でも斬れてしまうのだ。
笹の葉で人を斬った記録まで存在するのである。
「ば、バカな、お前が剣
聖の域に達しているとでも? あれ?」
ロッキーの言葉が途中からズレる。
「うわあああ
あああああ!!」
頭頂から股間まで、縦に走る一本の斬線。
ロッキーは、慌てて体を抱きしめて、ずれ落ちる肉体を止めようとした。
「はぁはぁ
はぁはぁ」
「ちっ。間に合ったか」
勇者の持つ、神の恩恵『超復活』がロッキーの命をつなぎとめていた。
だが、アキラの斬撃のキレは、わずかに神域を超えていた。
ロッキーの肉体は、無事とは言いにくい姿になってしまう。
ひょこひょこと、体を斜めにしながらギンガの後ろに逃げて行くロッキー。
ギンガの背に隠れて、こちらを見るロッキーの顔は縦に5cmほどズレたままになっていた。
「絶対遮断・防御結界!」
本を持った左手を突き出してギンガが叫ぶと、彼を中心に円筒状の結界が完成する。
「痛い!」
結界に入りきらなかったサカキの触手の先っぽが切断されていた。
結界は、ギンガ、サカキ、ロッキーの3人を囲っている。
「魔神を含む、すべての神々からの干渉を遮断するために編み出した賢者の奥義です。たとえ、あなたといえど、我々には手を出せない!」
「そうだそうだ! こっちからも何もできないけどな!」
「バーカ!
バーカ!」
騒ぐロッキーたちを無視して、アキラはサカキの触手を拾った。
火力を調整しながら、目からビームを出して触手を焼くアキラ。
そして、腕ほどもある触手の先端を食いちぎった。
「うーん。ゲソ焼きには醤油が欲しいな」
「あ、あいつ、我の触手を食べてるんですけど!」
「さすが、勇者に与えられた神の恩恵に甘えず、限界まで鍛え上げたと噂されるお人ですね。まさに神の領域。いや、あなたこそ、神を超える存在かもしれません!」
ギンガは続ける。
「死神の存在が露呈して以降、我々人間は、神々の影響下に囚われてしまった。神々は自分たちの争いに人間を利用するだけで、何もしてくれやしないというのに。様々な亜人へと変化はしても、人の悲しみは変わらない」
アキラは、触手の根元の方が臭いことに気づく。
「臭っ! なんだよ、このタコ、ワキガかよ!」
齧っていた触手を床に放り捨てた。
それを見たサカキは、大粒の涙を目に浮かべている。股間の顔に。
「ワキガ、あなたにとっては些細なことでしょう。でも、彼には違うんだ」
サカキの顔のある股間からは、8本の触手があり、その数だけワキもあるのだろう。
彼は、その臭いを常に自覚させられて生きてきたのだ。
ギンガは、鼻をつまみながら、サカキの体のどこかわからない部分を撫でていた。
「知っていますか? かつて人が神から解放されていた時代があることを?」
「そいつ、亜人でもなく、ただのタコの魔物じゃね?」
「神は死んだと言われ、人は人のためにだけ生きていた時代。それを取り戻したい」
ギンガはアキラのツッコミを無視して、さらに続ける。
「勇者、いや、超越者・アキラ! 我々に協力を願いたい! 共に人の時代を!」
「やだね」
アキラは、一言で切り捨てる。
ギンガは、さらに問う。
「なぜです! あなたにもわかるでしょう。神が救おうとしない、人が生きるという悲しみを!」
「あの時代が幸福だったなんて、幻想だよ」
アキラの中の浮遊霊のおっさんが答えた。
「あ、あなたが、あなたごときが何を知っているというのです! まぁ良い。我々には邪神がいる。まずは、あなたから邪神の餌食になってもらいましょう!」
ギンガはアキラに向かって叫び、再び本を掲げる。
そして、本に記載された呪文を唱え始めた。
「まはりーく、てくまく、しゃらんらー、ぴぴるま、ぱんぷるに代わってお仕置きよ!」
ギンガが呪文を唱え終わる。
「わんわん!」
邪神の幼体が、可愛らしく吠えただけだった。
「な、なぜだ?! もう一度!」
「まはりーく、てくまく、しゃらんらー、ぴぴるま、ぱんぷるに代わってお仕置きよ!」
「わんわん!」
やはり、邪神の幼体が吠えるだけで、何も起こらない。
アキラが、呆然とするギンガたちに問いかけた。
「それって、ここにいる女の子が全員処女じゃないとダメなんだっけ?」
「はっ! まさか、そんな!」
ギンガ、ロッキー、サカキが床に座らせた女性たちを見回す。
「だ、だれ、処女じゃないのは!?」
武装神官のリーダーが叫ぶように問うと、再び例の神官が1人目をそらした。
よく見ると、あちこちで下を向く女性たちが紛れている。
シャル、アヤセ、エミリアは、我関せずと3人で談笑をしているのだった。