おっさん、浮遊霊になる。
20XX年。
巨大小惑星「ヒノノニトン」の衝突により、人類は、だいたい滅んだ。
「えーと、君は天国ね。あ、そっちの人は地獄だから」
『やった!』『勘弁してよー』
黒衣の死神が、死亡した人々に1人づつ死後の行き先を告げてゆく。
『えーと、すんません。僕の順番、まだですか?』
「あ、ちょっと待って。ほぼほぼ人類全滅してんだから、全員の行き先がすぐにまとまるわけないでしょ。忙しいんだから、ちゃんと列に並んで順番待って」
『はぁ』
亡者たちが作る、死後の行き先の決定を待つ列は長い。
「はい。次、あなたね。うーん」
『はい。よろしくお願いします』
死神が資料を見つめて、困惑顔で首をひねっている。
「生前のあなた、地味よね」
『はぁ』
「取り立てて悪行はないけど、目立った善行もない。困るのよねー。こういうの」
『はぁ』
「天国か地獄。あなたの場合、裁定に時間がかかるから、後回しでいい?」
『はぁ』
「待ってる人いっぱいいるから」
『はぁ。え〜』
彼は待った。行き先の決まった亡者たちが1人ずつ去っていくのを見守りながら。
どれくらいの時がたったであろうか。待つ彼にもわからない。
ところどころ瓦礫が転がるだけのどこまでも平坦な荒野。
ぼんやり夕日を眺める彼の周囲には、すでに1人として亡者は残っていなかった。
『あれ? 俺だけ?』
「ごめーん。待った?」
『はぁ。はい』
「申しわけないんだけど。もう天国も地獄も満員で空きがないのよ」
『はぁ』
「空きが出るのを待ってもらうしかないわね」
『はぁ。空きって出るんですか?』
「うーん。めったにないわね」
『はぁ。じゃあ僕はどうすれば』
「うーん。そうねぇ」
『はい』
「浮遊霊かな」
『へ?』
「地獄って決まって逃げ出した連中は、そのうち意識を失って悪霊になるけど。あなたの場合、そのままで浮遊霊ね。浮遊霊で待ってて」
『はぁ』
今時のギャルのような話し方だが、死神の表情はマントのフードに隠れてわからない。
そもそも顔があるのかもわからない。
「はいこれ。契約書ね。署名して拇印おして」
『はぁ』
死神に紙とペンを渡され、よく考えずにサインする浮遊霊。
「へぇ。あなた、38歳だったの? 意外とおっさんね。起伏の少ない人生だから、老けないのかしら」
『はぁ。あの〜?』
「なに?」
『娘と元嫁はどうしてるんでしょう?』
「あぁ、旦那がつまんない男だったから離婚したって言ってたあの女ね?」
『はぁ』
「娘さんは天国に行ったわ」
『おお。良かった』
「元嫁は、地獄行きが決まった男にくっついて逃亡したわ」
『はぁ』
「元嫁はそのうち悪霊になって、他と区別つかなくなるわ。バカよねぇ」
『はぁ』
「娘はともかく、嫁はどうでもいいって顔ね?」
『まぁ。正直に言うと』
「どうでもいいこと聞かないでよ」
死神は、どこかへ去ろうとする。
浮遊霊のおっさんは呼び止めた。
『あ、あの?』
「なに?」
『あの世の空きを待つって、だいたいどのくらい待つんでしょう?』
「そうね。転生が始まるのが、だいたい50億年後だから、そのくらいね」
『はぁ』
「じゃ! もう呼び止めないでね。あー疲れた。この仕事辞めたいわー」
浮遊霊のおっさんは、ひとり残された。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「おい。ゾンビが来るぞ! この拠点も、もう終わりだ! 逃げろ!」
「ぐあっ! やばいマッドドッグだ!」
小惑星衝突を生き残った人々の苦難は終わらない。
小惑星が宇宙から運んできた「よくわからない物質」が原因で、多くの死者がゾンビとなったのだ。
『大変だなぁ』
浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「ヒャッハー!!」
「きゃあ!」
「ケーン!!」
生き残った人々は意外に元気だ。
『めんどくさそうだなぁ』
浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「ゾンビどもは、だいたい干からびたな」
「ですが、一部がグールとなり、さらに一部がゴブリンに変化したそうです」
「マッドドッグどもはどうした?」
「動物のゾンビは、なんかすごいことになってます!」
長い年月、風雨にさらされたゾンビたちは、だいたい干からびて動かなくなっていた。
お肌の乾燥に気を使うゾンビはいない。
固まったゾンビの体表をやぶり、中から魔物が誕生する。
「よくわからない物質」は、地球の生態系をも変えようとしていた。
『出世魚みたいな感じかな』
浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「ヒャッハー!! グハッ」
「お前の恥ずかしい秘孔を突いた。もうお前は死にたくても死にきれない」
「馬鹿め! 我が人生に一点の悔いなし!」
生き残った人々はそれでも元気だ。
『プレイかな?』
浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「ハゼの谷が腐海にのみ込まれていく」
「ねーさまが、不思議な光に包まれているわ!」
「ねーさまの光が瘴気を打ち消しているのね」
変化は人間にも及んでいる。
これが、人類初めての魔法の発動であった。
『俺、虫嫌いなんだよねー』
浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「ついに掘り出したぞ! 旧世紀の戦車だ!」
「これで大型の魔物にも対抗できるな」
高度な文明の復活の兆し、それは人類の幸福につながるのだろうか。
『死神さん、どうしてるかなぁ』
浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
「空はドラゴンに支配されてしまったのか」
「魔法も効かないなんて」
「また、戦闘機が撃墜されたぞ!」
とある都市を、飛行する巨大な魔物が襲来した。
壊滅した都市は瓦礫が転がる荒野となっている。
「はーい。順番に並んでくださーい。順番に並べない人は浮遊霊になっちゃいますよー」
黒衣の死神が叫んでいる。
都市の住人のほとんどはドラゴンによって殺されてしまったのだ。
『あれ? もうあの世に行けるのかな?』
浮遊霊のおっさんは、亡者の列に並んだ。
1人の亡者が彼に話しかけた。
『あれ? もしかしておっさん、浮遊霊?』
『はぁ、まぁ』
『すげーほんとに浮遊霊っているんだ。おーい、みんなぁ。ここに浮遊霊がいるぞー』
『浮遊霊歴何年くらいですか?』
おっさんに注目が集まり、別の亡者がさらに話しかけてくる。
『うーん。何年とか、もう分からなくなるくらい昔のことでさ』
亡者たちは、おっさんの返事を聞いてザワザワしはじめる。
『なんか気の毒ね』
『やっぱり浮遊霊は嫌だなぁ』
『なんかダサいよね』
『俺はちゃんとどっちかに行くよ』
『そうね。浮遊霊になりたくないもんね』
「はーい。どうしましたー?」
死神が騒ぎを聞きつけてやってくる。
「珍しいですね。浮遊霊ですか」
『えと、覚えてませんか? 俺のこと』
「うーん。死神もたくさんいますからね」
顔がフードに隠れて死神の区別はつかない。
そもそも顔があるかも分からない。
「浮遊霊さん、今日はどうしました?」
『俺もあの世に行けるのかなって思って』
「あ、もしかして、第二天国と第二地獄が出来る前に死んだ人?」
『そんなのできたんだ。知らなかった』
「なんか証明できる物あります?」
おっさんは、死神と交わした契約書を見せた。
「あー、第一あの世の空き待ち契約になってますねー」
『はぁ』
「もう契約済みなので、そのまま空きを待ってください。じゃ!」
『え? そんなぁ』
融通の利かないお役所仕事的な死神の返答に、おっさんは困ってしまう。
『ちょっと、担当者の人に聞いてもらえませんか?』
「うーん。面倒だなぁ。ちょっと待ってください。あの世通信で確認しますから」
死神は、どこからか取り出したスマホで電話をかけ始めた。
「はい。はい。そうです。えぇ! マジですか?」
死神の電話は長くなりそうだ。
「かぁー、マジで? 笑えるぅ。で、どうなったの?」
『あのぉ』
「あ、浮遊霊。そっか忘れてた」
おっさんを見て、やっと要件を思い出したようだ。
一通りを聞き出した死神は、おっさんに向かって言う。
「確認できないので、契約どおりに浮遊霊を続けてもらうしかありません」
『え、担当さんは?』
「彼女、退職しちゃって」
『そんなぁ』
浮遊霊のおっさんは、諦めた。
しるすけです。
よろしくお願いします。
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