表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

おっさん、浮遊霊になる。

20XX年。

巨大小惑星「ヒノノニトン」の衝突により、人類は、だいたい滅んだ。


「えーと、君は天国ね。あ、そっちの人は地獄だから」

『やった!』『勘弁してよー』


黒衣の死神が、死亡した人々に1人づつ死後の行き先を告げてゆく。


『えーと、すんません。僕の順番、まだですか?』


「あ、ちょっと待って。ほぼほぼ人類全滅してんだから、全員の行き先がすぐにまとまるわけないでしょ。忙しいんだから、ちゃんと列に並んで順番待って」

『はぁ』


亡者たちが作る、死後の行き先の決定を待つ列は長い。


「はい。次、あなたね。うーん」

『はい。よろしくお願いします』


死神が資料を見つめて、困惑顔で首をひねっている。


「生前のあなた、地味よね」

『はぁ』

「取り立てて悪行はないけど、目立った善行もない。困るのよねー。こういうの」

『はぁ』

「天国か地獄。あなたの場合、裁定に時間がかかるから、後回しでいい?」

『はぁ』

「待ってる人いっぱいいるから」

『はぁ。え〜』


彼は待った。行き先の決まった亡者たちが1人ずつ去っていくのを見守りながら。

どれくらいの時がたったであろうか。待つ彼にもわからない。

ところどころ瓦礫が転がるだけのどこまでも平坦な荒野。

ぼんやり夕日を眺める彼の周囲には、すでに1人として亡者は残っていなかった。


『あれ? 俺だけ?』


「ごめーん。待った?」

『はぁ。はい』

「申しわけないんだけど。もう天国も地獄も満員で空きがないのよ」

『はぁ』

「空きが出るのを待ってもらうしかないわね」

『はぁ。空きって出るんですか?』

「うーん。めったにないわね」

『はぁ。じゃあ僕はどうすれば』

「うーん。そうねぇ」

『はい』


「浮遊霊かな」


『へ?』

「地獄って決まって逃げ出した連中は、そのうち意識を失って悪霊になるけど。あなたの場合、そのままで浮遊霊ね。浮遊霊で待ってて」

『はぁ』


今時のギャルのような話し方だが、死神の表情はマントのフードに隠れてわからない。

そもそも顔があるのかもわからない。


「はいこれ。契約書ね。署名して拇印おして」

『はぁ』


死神に紙とペンを渡され、よく考えずにサインする浮遊霊。


「へぇ。あなた、38歳だったの? 意外とおっさんね。起伏の少ない人生だから、老けないのかしら」

『はぁ。あの〜?』

「なに?」

『娘と元嫁はどうしてるんでしょう?』

「あぁ、旦那がつまんない男だったから離婚したって言ってたあの女ね?」

『はぁ』

「娘さんは天国に行ったわ」

『おお。良かった』

「元嫁は、地獄行きが決まった男にくっついて逃亡したわ」

『はぁ』

「元嫁はそのうち悪霊になって、他と区別つかなくなるわ。バカよねぇ」

『はぁ』

「娘はともかく、嫁はどうでもいいって顔ね?」

『まぁ。正直に言うと』

「どうでもいいこと聞かないでよ」


死神は、どこかへ去ろうとする。

浮遊霊のおっさんは呼び止めた。


『あ、あの?』

「なに?」

『あの世の空きを待つって、だいたいどのくらい待つんでしょう?』


「そうね。転生が始まるのが、だいたい50億年後だから、そのくらいね」


『はぁ』

「じゃ! もう呼び止めないでね。あー疲れた。この仕事辞めたいわー」


浮遊霊のおっさんは、ひとり残された。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「おい。ゾンビが来るぞ! この拠点も、もう終わりだ! 逃げろ!」

「ぐあっ! やばいマッドドッグだ!」


小惑星衝突を生き残った人々の苦難は終わらない。

小惑星が宇宙から運んできた「よくわからない物質」が原因で、多くの死者がゾンビとなったのだ。


『大変だなぁ』


浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「ヒャッハー!!」

「きゃあ!」

「ケーン!!」


生き残った人々は意外に元気だ。


『めんどくさそうだなぁ』


浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「ゾンビどもは、だいたい干からびたな」

「ですが、一部がグールとなり、さらに一部がゴブリンに変化したそうです」

「マッドドッグどもはどうした?」

「動物のゾンビは、なんかすごいことになってます!」


長い年月、風雨にさらされたゾンビたちは、だいたい干からびて動かなくなっていた。

お肌の乾燥に気を使うゾンビはいない。

固まったゾンビの体表をやぶり、中から魔物が誕生する。

「よくわからない物質」は、地球の生態系をも変えようとしていた。


『出世魚みたいな感じかな』


浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「ヒャッハー!! グハッ」

「お前の恥ずかしい秘孔を突いた。もうお前は死にたくても死にきれない」

「馬鹿め! 我が人生に一点の悔いなし!」


生き残った人々はそれでも元気だ。


『プレイかな?』


浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「ハゼの谷が腐海にのみ込まれていく」

「ねーさまが、不思議な光に包まれているわ!」

「ねーさまの光が瘴気を打ち消しているのね」


変化は人間にも及んでいる。

これが、人類初めての魔法の発動であった。


『俺、虫嫌いなんだよねー』


浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「ついに掘り出したぞ! 旧世紀の戦車だ!」

「これで大型の魔物にも対抗できるな」


高度な文明の復活の兆し、それは人類の幸福につながるのだろうか。


『死神さん、どうしてるかなぁ』


浮遊霊のおっさんは、ただ眺めている。




あれから、どのくらい経ったのだろう。


「空はドラゴンに支配されてしまったのか」

「魔法も効かないなんて」

「また、戦闘機が撃墜されたぞ!」


とある都市を、飛行する巨大な魔物が襲来した。

壊滅した都市は瓦礫が転がる荒野となっている。


「はーい。順番に並んでくださーい。順番に並べない人は浮遊霊になっちゃいますよー」


黒衣の死神が叫んでいる。

都市の住人のほとんどはドラゴンによって殺されてしまったのだ。


『あれ? もうあの世に行けるのかな?』


浮遊霊のおっさんは、亡者の列に並んだ。

1人の亡者が彼に話しかけた。


『あれ? もしかしておっさん、浮遊霊?』

『はぁ、まぁ』

『すげーほんとに浮遊霊っているんだ。おーい、みんなぁ。ここに浮遊霊がいるぞー』

『浮遊霊歴何年くらいですか?』


おっさんに注目が集まり、別の亡者がさらに話しかけてくる。


『うーん。何年とか、もう分からなくなるくらい昔のことでさ』


亡者たちは、おっさんの返事を聞いてザワザワしはじめる。


『なんか気の毒ね』

『やっぱり浮遊霊は嫌だなぁ』

『なんかダサいよね』

『俺はちゃんとどっちかに行くよ』

『そうね。浮遊霊になりたくないもんね』


「はーい。どうしましたー?」


死神が騒ぎを聞きつけてやってくる。


「珍しいですね。浮遊霊ですか」

『えと、覚えてませんか? 俺のこと』

「うーん。死神もたくさんいますからね」


顔がフードに隠れて死神の区別はつかない。

そもそも顔があるかも分からない。


「浮遊霊さん、今日はどうしました?」

『俺もあの世に行けるのかなって思って』

「あ、もしかして、第二天国と第二地獄が出来る前に死んだ人?」

『そんなのできたんだ。知らなかった』

「なんか証明できる物あります?」


おっさんは、死神と交わした契約書を見せた。


「あー、第一あの世の空き待ち契約になってますねー」

『はぁ』

「もう契約済みなので、そのまま空きを待ってください。じゃ!」

『え? そんなぁ』


融通の利かないお役所仕事的な死神の返答に、おっさんは困ってしまう。


『ちょっと、担当者の人に聞いてもらえませんか?』

「うーん。面倒だなぁ。ちょっと待ってください。あの世通信で確認しますから」


死神は、どこからか取り出したスマホで電話をかけ始めた。


「はい。はい。そうです。えぇ! マジですか?」


死神の電話は長くなりそうだ。


「かぁー、マジで? 笑えるぅ。で、どうなったの?」

『あのぉ』

「あ、浮遊霊。そっか忘れてた」


おっさんを見て、やっと要件を思い出したようだ。

一通りを聞き出した死神は、おっさんに向かって言う。


「確認できないので、契約どおりに浮遊霊を続けてもらうしかありません」

『え、担当さんは?』


「彼女、退職しちゃって」


『そんなぁ』


浮遊霊のおっさんは、諦めた。



しるすけです。

よろしくお願いします。


こういうのも書いてます。

http://ncode.syosetu.com/n6793dz/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ