吾輩はポチである
犬です宜しくお願いします。
犬です。犬です。犬の独白です。
宜しくお願いします。
吾輩は犬である。名前はポチだ。
何ともひねりの無い名前でつまらないだと? あいやまたれい。今の世の人間どもはどいつもこいつも犬の名前に一工夫加える特性がある。
ならばつまりポチという何のひねりもない名前程、逆に珍しいということではないか。
第一ポチとは犬の名前として古き良く使われてきたものである。
なればこそ、由緒正しい血統書付の柴犬家第六九代目当主たる吾輩に相応しき名前ではないか。流石は吾輩の主人である。せんすがいい。
そう、吾輩柴犬である。ニホン原産の大和犬であるからして、当然体格も古き良き柴犬らしい中型である。
どこぞの黄金回収犬やら愛人形回収犬とは違うのである。
奴らは賢く、体がでかくて更には猟すらこなす。そんなとんでも犬ではあるが、なればこそ人に恐怖感をもたらす事が多い。それは人の種の親愛なる伴侶である犬にとって致命的である。決して吾輩の体が小さい事によるひがみではない。決して。
その点石像となり人々の記憶に残される形となった、あの伝説の秋田犬殿は素晴らしい。正に忠犬の鑑。
犬として生まれたからには、ああいう風に忠義を尽くしたいものだ。
無論、その分主人や下僕には特別な待遇を期待する。
吾輩が生まれた時には吾輩含む兄弟が七匹おり、吾輩は三番目に生まれた。雄三匹雌四匹であった。
その内最後に生まれた弟が一匹、呼吸を上手く出来ず死んでしまったが。あの時の母君と主人の悲しそうな顔は今でも忘れられん。
弟が息絶えても尚顔を舐め続ける母君は……。よもや家族が死ぬ苦しみを生まれた時に経験するとは思はなんだ。
うむ、この話はこれ以上はよすとしよう。
生まれた日は同じくとも、母君の胎内から生れ出た順番は兄妹達の序列に大きく影響した。
乳を貪る際、兄二匹は常に最も出の良い場所を陣取った。幼少期から既に寛大であった吾輩は、妹達三匹にいつも場所を譲ってやり、余った場所で乳を貪っていた。
厳しい犬社会においてはありえぬ事だが何、愛らしい妹達三匹に迫られては場所を譲らざるをえまい。
乳の出が悪い場所でばかり吸ったせいで、体は他の兄妹達より一回り小さくなってしまった。
しかしこれは吾輩の弱き者を思いやる侍魂によるものであるので、寧ろ誇りである。
弱き者が死すのは自然の摂理であるが、家族を思いやるのもまた自然の摂理である。
体が小さくとも器が大きければこれに勝る物はない。無駄に体のでかい黄金犬も見習うが良い。
吾輩達は所謂やんちゃであった。生まれて数か月経つか経たないかだと言え、犬が六匹暴れ狂う様は正に阿鼻叫喚としたものだっただろう。
障子が破れ、畳はささくれだち、主人と下僕の靴下には穴が開く。私は暴れた側なので満足しながら疲れ果てて寝転がっていたが。
とうとう主人も腹を据えかねたのか、それともやはり犬畜生六匹まとめて面倒を見るのは困難だと感じたのか。
吾輩以外の兄妹らは里親にだされる事にあいなった。吾輩はなぜ残ることになったのかだと? それは当然吾輩の主人に対する忠義が通じたからに決まっておろう。
決して、吾輩の体が最も小さいが為、御しやすいと思われた訳では無い。決して。
兎にも角にも他の兄妹達は里親に引き取られる事となった。
兄二匹は主人の妹君の下へ。妹三匹は主人の知り合いである自称愛犬家の下へと引き取られ、主人の下には吾輩と母君のみが残った。
自称愛犬家が吾輩の妹達を見る時の目つきと言ったら、もはや変質的な性癖を持った人間を思わせる程のものであった。
純真無垢たる妹達は何も気付かず、主人と母君に「奉公に行って参ります」と言わんばかりに、自称愛犬家に連れ去られて行ったのだ。
ああ、あの時の吾輩の哀しみと来たら。短い間だったとは言え、共に過ごし血を分けた家族と生き別れになったのである。言葉にし難いものだ。
共に母君に叱られた日々。主人と下僕に撫で繰り回された一日。お互いに噛みつきあった日。
吾輩も兄妹も本気ではなかった。相手を愛するからこそ、家族だからこそ、犬社会で生き抜くために必要な事だった。
吾輩達犬は社会を強く重んじる生き物である。なればこそ、血の繋がりと言うこの世で最も濃い絆で結ばれた兄妹と別れる事はとてつもなく辛かった。
その後しばらくは居るはずの無い兄妹達の影を追い求めたものだ。まあ、しばらくと言っても三日程だが。本当だぞ。母上がいたので寂しくは無かったのだ。本当だぞ。
そう言えば、主人と下僕の紹介がまだであった。我が主人は美貌に優れ、知識に優れ、肉体に優れた女傑である。
その艶やかな長き黒髪からは得も言われぬはあぶの香りが漂い、命を申し付けられる声は凛と響き脳髄にまで届く。
吾輩と散歩に行く際は常に吾輩の先を行き、追うのが精一杯になるほどの体力を誇る。
なのだが、最近の散歩は殆ど下僕に任されている。全体的にふっくらとしてきている様だが、気のせいだろうか? 女性に言うのも何だが、不摂生は宜しくない。
下僕については以下略。髭面の巨漢であることだけ述べておく。
兎も角ここから、吾輩と母上と主人と下僕との生活が始まる事となる。しかと聞くが良い。
基本的にのんびりとワンちゃんが過ごしていきます。
侍×犬×姉×ちっちゃい=可愛いかなって思います。