否認少女
短いです。
お暇なときにどうぞ
狭い教室の片隅で桃ちゃんはクラスメイトを眺めていました。友達と楽しそうにおしゃべりする子、バタバタと走り回る男子。砂ぼこりの舞う教室の空気が桃ちゃんはあまり好きではありませんでした。騒がしいのは嫌い。中でも体の大きいガキ大将の男子が一番嫌いでした。
遊んでいるだけだといって一方的に暴力を振るっている姿を見ては何度となく苛立ちを覚えていました。傍目で見ているだけですが、彼女の感性は彼を許さなかったのです。
ある日、その鬱憤が積もりに積もって、ついに彼女は下校時に彼に直接言ったのです。
「私はあなたの振る舞い、存在を認めないわ」
その淡々とした口調で紡がれた言葉は幼い彼の頭では何が言いたいのか理解できなかったのですが、確かにその言葉は彼に伝えられたのです。
彼にそれを伝えた次の日、教室で授業を受けていた桃ちゃんはふといつもと違う教室の空気に気が付きました。埃っぽくない。それは教室を走り回るような挙動をとる誰かがいなかったからです。
そう。桃ちゃんの世界からガキ大将の彼はいなくなってしまったのです。
それに大いに満足した桃ちゃんは穏やかな学校生活を送ることとなりました。
しかし、そんな穏やかな毎日は長くは続きませんでした。今度はそのガキ大将の腰巾着だった男子が以前のガキ大将のような振る舞いを始めたのです。
桃ちゃんはそれを見て不愉快な気分になりました。先ほどまでの穏やかな日々を返して欲しいと睨むような目つきで彼を見ました。その視線に気づいた彼でしたが、なぜ自分がそんな目を向けられているのか、その幼い思考では答えに至ることができませんでしたが、しかし、確かに桃ちゃんの視線は彼に届いたのです。
次の日。彼はいなくなっていました。
桃ちゃんはたいそう満足しました。これでまた穏やかな日々が戻ってくるのだろうと、気分が良くなった彼女は柄にもなく授業中に発表までしました。
しかし、その彼女が感じていた平穏な日々はすぐに壊されてしまいました。以前は騒がしいと感じなかったおしゃべりな女子も、笑いながら本を読んでいる男子も、みんながみんな彼女の逆鱗に触れるようになったのです。
そのたびに否認してきた桃ちゃん、ついに教室には桃ちゃんと一番仲の良い目競ちゃんの二人しかいなくなってしまいました。
そうなると桃ちゃんを不機嫌にする人物はもういなくなってしまいました。彼女の世界に穏やかな日々が淡々と流れていったのです。
それはもう毎日楽しい日々でした。学校での授業は退屈でしたが、休み時間になるといつも目競ちゃんとおしゃべりをする。そうすると、今までの桃ちゃんにはなかった笑顔が零れるようになったのでした。
しかし、桃ちゃんが笑顔に疲れてきたころ、ついに桃ちゃんは目競ちゃんのことさえも疎ましく思えてきたのでした。そのあまりにも白すぎる素肌もこちらを強く見つめる瞳も、桃ちゃんは嫌になってきたのです。
でも、目競ちゃんは桃ちゃんの唯一の友達です。彼女に対してだけは否定的な言葉を口にしません。張り付いた笑顔が仮面になろうとも、桃ちゃんは楽しそうにおしゃべりします。
しかし、次の日に学校へ行くとそこには自分の机しか見当たりませんでした。あたりを見渡してみても桃ちゃん以外のクラスメイトはいませんでした。でも、桃ちゃんはどこか安心したような気持ちになったのです。煩わしい会話をもうしなくてもよくなった教室は桃ちゃんにとって心地の良い空間となったのです。
クラスに一人しかいなくなってから数日の時が経ちました。今日も一人で授業を受ける桃ちゃんでしたが、途端に悲しくなってきました。
静かで物音一つしなくなった教室の片隅で桃ちゃんは思い出してしまったのです。あの騒がしくも楽しげだった空間、弾む足音とおしゃべりに花を咲かす声が埋め尽くす教室を。
桃ちゃんは不愉快に感じることがなくなりました。しかし、その代償として悲しみを背負うことになったのです。
ですが、桃ちゃんはその悲しみを認めませんでした。自分が望んだ世界がこんな悲しいもののはずがないと思ったからです。
そうしたら途端に桃ちゃんは悲しいと感じることはなくなりました。桃ちゃんは望んだとおりの平穏を手に入れたのです。ただ淡々と流れる時間に桃ちゃんは悲しいと感じることはなくなりましたが、その代償として楽しいと感じることもなくなりました。
悲しいと感じない桃ちゃんには何が楽しいのかを比較して感じることができないのです。桃ちゃんが否認した悲しいという感情は裏返して楽しいという感情でもあったのでした。ですが、そのことに気づいたとしても桃ちゃんは悲しまないでしょう。
こうして、桃ちゃんはクラス一つ分の生徒がいなくなった世界で何不自由なく過ごしていました。ただ一つ不自由と感じることがあるとするなら、授業中に先生が問題を全て自分にあてるということくらいのものでしょう。
そんな風になに一つの不自由を生むこともなく回る世界の中で桃ちゃんは平穏を満喫していました。
ある日、道すがら桃ちゃんは考えました。
クラスのみんなが消えても相も変らず回り続ける世界。彼ら30人はこの世界に必要のない人間だったのだろうか。そうだとしたら、私がいなくなってしまったとき、世界はどうなってしまうのだろうか。
そう考えた瞬間、桃ちゃんは世界と一緒に消えてしまいました。
人は認知されることによって世界に存在できる。
世界も同様で、個々人が認知しているからこそ個々の世界が構築される。
そんな感じです、はい。