第9回「俺じゃない俺が俺であるために」
俺じゃない・・・主人公。剣士。復活の呪文で「やり直し」ができる。
アルメリア・・・魔法使い。冒険の書で「やり直し」ができる。
モノリス・・・・メッセージウインドウ。呪文を入力すると「やり直し」できる。
マスター・・・・酒場の親父。
神様・・・・・・役に立たないジジイ。
俺・・・・・・・俺じゃなくない方の俺。死を回避できない運命にある。
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┃これまでのあらすじ┃
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「あ……あ、あーっ。まーたメンテかよ」
嘆きと共にスマホを放り出す。ここのところやり込んでいるゲームは、面白いことは面白いのだがメンテが多い。多いし長い。
もうすぐメンテが明ける。⇒メンテが明けるとどうなる。⇒知らんのか、メンテが始まる。
ずっとこの繰り返しだ。せっかくゲームの片手間に仕事をしようと思っていたのに、これじゃあ仕事の片手間にゲームするのがちょうどいい感じじゃないか。まったくもう。
「しょうがない。世界の進捗具合でも見るかー」
世界の森羅万象を司るモノリス。創世の際に、申請した神に支給される補助デバイスだ。こいつを使って自分が創造した世界の現状をちょいちょいと……。
「……あれっ」
思わず目を疑った。進捗を示すグラフの伸びが、ある時点から同じ場所でぐるぐるぐるぐる、ハムスターの滑車のように回り続けていたのだ。
「えっなにこれ。進んでないってこと?」
進んでいない。
「まったく?」
進んでいない。
「ウソでしょ……!?」
ウソではない。後悔先に立たず。じっと見ているべきは、メンテの間に液晶画面を走り回っている畜生ではなく、異常をきたして停滞している世界の方だったのだ。
「やばいやばいやばいやばい」
うわ言のようにヤバイヤバイと繰り返し、何とか原因を突き止めた。『冒険の書』を持つ者が、仲間の死を回避しようとしてできなくてループが発生しているらしい。しかも仲間というのが、呼んだ覚えのない異世界人のようだ。
「えーウソ、いつどこから紛れ込んだんだろ。まだ呼ぶつもりなかったのに。やだなーまだいるのかなー。あいつら最近、調子こいてるから1人いたら30人はいると思った方がいいからなークラス単位で。早めに何とかしときたいなー」
いるかもしれない異世界人と異世界人ホイホイの設置についてはおいおい考えるとして、まず対処しなければいけないのは、確実に存在を確認できる異世界人だ。仕事が進んでないのは、すべてこいつが原因だ。死因だってきちんとした手続きや前準備をせず勝手に入って来たせいで現地の病気にかかって死んだようなもんだ。自業自得な上に助けようがない。となると、とるべき方法はひとつ。
「代わり造るか」
モノリスを起動させ、異世界人がこの世界に迷い込んでから魔力汚染で死亡するまでのありとあらゆる情報を収集し、死亡した時点の記憶で存在を再構築するように設定、入れ替わりがスムーズに行くように死ぬちょっと手前の時点へ転移する呪文を用意、テキトーにチュートリアルするためにまずは神の間に魂だけ再構成を実行、と――
*
「んで、できたのがキミ」
「……」
「つまり、キミは『自分を異世界人だと思い込んでいる精神異常者』ってことになるね」
俺は神のジジイの頭を引っ掴んでカウンターテーブルに叩きつけた。
「なにすんだよ」
「なんか、あんたの回想も、言い方も、いちいち腹立つんだよマジで……まるでダメなオタクの典型で」
軽い。すべてにおいて軽すぎる。
俺が前回、シリアス方向に舵を切った功績を無に帰すつもりか。
「だいたい、解決方法が代用品と入れ替えるっていうのが……もうね」
「いいアイデアだろ?」
「人の心ってもんがわかってねえよ」
そんな簡単に切り替えられるもんか。片手間でやってるからそんなこともわからないんだ。神の筋書なんてろくでもないものばっかりなのは、どこの世界に行っても一緒だな。
「見くびらないでよ。わかってるよ、めんどくさいことになるってことくらい。だからキミには余計な情報を与えなかったし、最初の『復活の呪文』でアルメリアちゃんと合流してれば、何もかも丸く収まって人生という冒険は続いていたはずなんだよ。この話、前後編どころかたった1回で終われたんだよ。それをキミがさー、デタラメな呪文打ち込むとか、めちゃくちゃやってくれちゃってさー」
「反省してま~す」
神のジジイが俺の頭を引っ掴んでカウンターテーブルに叩きつけた。
「なにすんだよ」
「ルビ見えてるからね。調子乗るなよ。乗るのはスノボだけにしろ」
いがみ合う俺と神。そんな二人の頭をマスターが引っ掴んで、カウンターテーブルに叩きつけた。
「おふたりさん。カウンターに頭を置くのは構わんが、そう何度も叩きつけられちゃかなわねえ」
「……いやマスター、あんたも盛大にやってるけど」
「ああ。憎しみの連鎖は俺で最後にしよう。とっとと寝ろ」
ぐりぐりと抑え付けられる頭。俺が横目を遣ると、神のジジイは酒がなみなみ注がれた杯に顔を突っ込んでガボガボいっていた。
「マスター、ジジイが永遠の眠りにつきそうなんだが」
「ご老体で酒を飲むなんざ、酒と心中しようってなもんだ。ならその意を汲んで、死に方くらい選ばせてやりてえと思わないか、旦那」
「酒に溺れて死ぬことは望むところだと思うけど、今ここで死ぬことは望んでないと思う」
その後、マスターにゴメンナサイして解放して貰うと、俺はジジイを残して席を立った。
「……ちょっといいかい。キミさ、話せって言うから話したけどさ。ここで神様が『んなこたーない。髪切った?』って言ったらどうするつもりだったの」
「髪は切ってないし、あんたに保証されようが、俺はもう、前の俺とは違うってことは自分の中で決着がついてるんだよ。何も変わらない」
俺は『やり直し』をすることができる。それはつまり、うまくいなかくなったら、味のなくなったガムを捨てるようにそれまでの自分を世界ごと放り出すことができてしまうということだ。究極の無責任。アルメリアは、無責任ぶっていても結局は投げ出せない俺を評価してくれていたのではなかったか。
それができるというのは、実際にするかしないかというのとは別問題だ。以前の俺にそんな選択肢はなかった。その状態の俺と同時存在しているのなら、俺は、俺じゃない。
「……今更だけどマスター、俺らの話、理解できた?」
何となく話をふってみたが、理解できてようができてなかろうが、どっちでも良かった。どうせこれからの『やり直し』でなかったことになる話だ。
「酔っ払いの言うことは理解できねえことばっかりさ」
グラスを拭きながらマスターは言う。
「客の好みのメニューは覚えても、与太話はきれいさっぱり忘れるのが酒場の親父を続けるコツさね」
すげーなこの人。昔はいろいろあったって言ってたけど、マスターの身の上話は何も聞いてないことを今更ながら思い出した。全部終わったら、ゆっくり聞いてみるのも良いかもしれない。
*
自分をモノリスの一部だと自覚し、受け入れてしまえば、あとは便利なばかりだった。いっぺん死ぬことでしか発動できないと思っていた『やり直し』が、自分の意思でできるようになったのだ。
メッセージウインドウに手のひらをあて、場面を思い浮かべると、俺の手から流し込まれた光の筋が文字列を形成していく。呪文を吸い込んだウインドウは光輝き、俺を望み通りの場所に連れて行ってくれた。もう一度、さっきの『やり直し』と同じ時点に。
そして今度は出刃亀なんてまどろっこしいことはせず、俺は真っ先にアルメリアに会いに行った。
「あれ……もう飲みを切り上げたんですか?」
一瞬。ほんの一瞬。
アルメリアの顔を見た瞬間に、ある考えが頭を過ぎった。
このまま「ああ、ちょっとな」と誤魔化してアルメリアにくっついていけば、マスターのところで飲んでいる俺は彼女に知られることなくひっそりと死に、俺は死を回避した俺のふりをして、俺のまま生きていけるのではないかと。
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┃ねんがんのアイデンティティをてにいれたぞ!┃
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しかし。
「俺は、俺じゃない」
アルメリアは「ハァ?」という顔をした。そりゃそうだ。でも、既に俺が何らかの形で『やり直し』をしているのではという疑念を持っていた彼女は、それから俺の語ったことをすんなりと受け入れた。
これで、後戻りはできない。だがこれでいい。
「じゃ、じゃあ……あなたなら、あのひとを助けられるんですか……!?」
アルメリアは、代役がやってきて「そうですか、よかった。では旅を続けましょう」で済ませるような奴じゃない。そんな奴と一緒に冒険するなんて御免被る。それを確かめるためにも、俺は正体を明かさなければならなかった。俺は、俺じゃない。
「助けられるかどうか、まだ保証はできない。でも可能性を信じて、ここに来た」
そしてそんな彼女を騙すような真似はしたくない。目の前のアルメリアは知らないだろうが、未来のお前と約束した。俺に任せておけと。それを裏切って、俺がとって代わって解決するのは、ジジイのクソみたいな筋書そのまんまだ。思い通りになってたまるもんか。
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┃ニアそう かんけいないね ┃
┃ ころしてでもうばいとる ┃
┃ たのむ それをゆずってくれ! ┃
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「俺は未来の、『やり直し』を失敗したお前から、ある話を聞いてきてる。確か、“祝福に代わる効果を得られるアイテム”を探していたんだよな」
「は、はい。とある貴族が所持していたアイテムらしいんですが、あまり表には出していなかったようで、その貴族が没落した今となってはどのような形のアイテムだったのかもわかりません。噂では、どこかのダンジョンの最奥に隠してあるとか」
「それだ」
アルメリアの話を聞いたとき、俺はピンとくるものがあった。あれ、これどこかで聞いたなと。
「俺は、それを持っているかもしれない」
そう。
┏━どうぐ━━━━━━━━┓
┃ ┃
┃ ニア しあわせのつぼ ┃
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壺だ。
チェイミーの元貴族云々は、壺を売りつけるための作り話だと思っていたが、まったく別の線から調べていたアルメリアの話と合致するということは、本当のことだったのだろう。上手に嘘をつくコツは、8割方は真実を語ることだと言うしな。
ま、何回か割ったけどまだ御利益はあるだろう。なんたって35億。と、5千万。
*
物陰に潜む俺とアルメリア。彼女は俺から受け取った壺を抱えている。視線の先には、飲み終えて宿に戻る途中の俺。俺ばっかりでややこしいが、ここまで読んでくれてる読者なら意味を理解してくれるだろうと丸投げする。
「……では、行ってきます」
俺に頭を下げるアルメリア。俺は何でもないように「おう」と受けた。
「あなたは、これからどうするんですか?」
「役目は終わりだからな。あとは好きにぐうたらするさ」
「日がな一日お酒を飲んでるとかやめてくださいね」
「それは“俺”に言ってやれよ」
「あなただって他人事じゃないでしょう」
「俺は、俺じゃない」
「決め台詞っぽく言ってもダメですよ」
しつこいな。なんだこいつ。お前は俺のカーチャンか。
「……あなたは気にしてるみたいですけど。私は『やり直し』の力を使うことはそんなに悪いことだとは思ってませんよ」
「……」
「世界をより良いものに変えようとするのは、それができるから力を使うのは、無責任とは程遠い生き方ですよ。むしろ、そうまでして諦めないなんて、誰よりも責任感があるってことじゃないですか。無責任ぶって、そのくせ誰よりも……だから、あなただって――」
「もう行けよ。ぼちぼち時間切れになっちまうぞ」
最後まで聞かずに、アルメリアを促した。最後まで聞くわけにはいかなかった。これで良い思い出にしてしまったら、いつか帰ってきたくなってしまう。危険なことだ。俺は本当に帰って、『やり直す』ことができるのだから。
俺が「できるのにしない」という選択を続けるためには、アルメリアに「俺は俺である」と認めてもらうわけにはいけなかった。俺は、俺じゃない。
背後で、アルメリアが駆け出す気配がした。見送ることもなく去ろうとしたが、最後の未練が、俺を振り向かせた。もう会うこともないアルメリアと、“俺”の姿を目に焼き付けるために。
「あ」
アルメリアは蹴躓いて、
「あっ」
俺の頭で壺をかち割った。
「……」
俺は、動かなくなった。
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┃へんじがない ただのしかばねのようだ┃
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「……」
微動だにせずに“俺”を見下ろすアルメリアに、俺はそろりそろりと近づいた。
「お前、これ……お前」
話しかけたのをきっかけに、アルメリアもぽつりと言葉を紡ぐ。
「また……止められなかった……」
「えっいやお前、これ、お前……これ」
「間に合いませんでした。もう、魔力汚染がこんなにも進んで……」
「魔力汚染とかそんなんじゃなくて、なあお前、これ、なあ」
「おかしいですよね、涙が出ないなんて。人の心がもう残ってないのかも。冒険の書、使い過ぎちゃったかな……」
「なに。お前、やっぱそんな代償が……って巧妙に話を逸らすなこの野郎!」
リスクのカミングアウトをよりによってここでするなよ!
もう何なんだよ。神のジジイも、アルメリアも。
前回、俺が見事にシリアス方面への舵きりに成功させたというのに。1回ももたずにこれだよ。話を締めにかかっているときに何てことしてくれるんだ。
「お前、誤魔化そうったってそうはいかねーぞ。今この瞬間、お前のドジのせいで、まったく無駄な『やり直し』が1回発生してしまったことを俺はしっかり見たからな!」
「それは違います! 私はドジっ娘じゃありません!」
「わざとやったってか! なおタチ悪いわ!」
「それに、壺で頭をかち割る前に事切れていました。タッチの差で無実です!」
「信じられるかそんなこと! わかってたなら何でお前死んでる奴の頭をかち割った!」
「壺って割るためにあるものじゃないんですか……?」
「お前それガチボケじゃないよな……!?」
「そもそも厄除けのアイテムが壺って……他にどう使えって言うんですか!」
「知らねーよ! 逆さにして頭に被せるんじゃねーの!」
「そんな変態と一緒に歩いて噂されたら恥ずかしいし……」
「その変態はもう歩けねーよ。ウソみたいだろ、死んでるんだぜ、これ……」
「……」
「……」
「ええと、それじゃ」
「うん」
「どっちが、『やり直し』ます……?」
一通り、アホみたいな応酬を終えて、俺は思った。
もう考えるのやーめたっ!
┏━━━━━━━━━━━┓
┃ つ づ く ┃
┗━━━━━━━━━━━┛
そして作者も考えるのをやめた。