第8回「アルメリア」
アルメリア・・・魔法使い。なんで一番手にいるんだお前。
モノリス・・・・メッセージウインドウ。呪文を入力すると「やり直し」できる。
神様・・・・・・返事がない。ただの屍のようだ。
俺・・・・・・・なんで俺がこの位置なの。
名前がサブタイになるとかこいつ死んだなと思ったそこの読者。ずいぶん勘繰りがお好きなようですね。小説のページをめくる手がしょっちゅう止まっていたりしませんか。ですが、私は死なないので安心して読み進めてください。
申し遅れました。私はアルメリア、魔法使いです。
そして、唯一のパーティメンバーはいつもいい加減な飲んだくれ剣士。
死ぬのはこっちです。
おっと。これはネタバレでした。
ですが、問題ありません。どうせ回避される展開です。実現しなければネタバレはネタバレたり得ないのです。もうこれっきりです。これっきりにしてみせます。
どうして死ぬとわかるのか。
そしてそれをどう止めるというのか。
一応、お話しておきましょう。たいして面白い話でもありませんが。
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┃ ぼうけんをする ┃
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┃1.おれ ┃
┃ニア2.アルメリア ┃
┃3. ┃
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「ふ……っざけんじゃねえよ!」
酒場は冒険者のたまり場だ。日頃から体を張っている、力の有り余っている面々が顔を突き合わせれば喧嘩にだってなる。だが、たった今テーブルに両腕を叩きつけた彼――見るからに血の気の多そうな戦士風の男は、誰と争っているわけでもない。ただ一人で空回っているだけだった。
「落ち着けよ」
鎮痛な面持ちでテーブルを囲んでいた冒険者の一人が宥めるが、収まりがつかないらしい男は拳を振り上げ続ける。役割分担や上下関係が確立されていない、付き合いの短いグループであることは隠せなかった。
揉め事の要約はこうだ。『話が違う』と。
簡単な仕事と聞いていたはずが、いざ索敵をしてみれば、初心者ではまともに戦っては太刀打ちできないレベルの相手だった。
だが、彼らの揉め事はこのクエストを降りたあとの身の振り方について。一度、撤退することは確定事項であった。ただ一人を除いては。
「あの……ゴブリンを生き埋めにするのはどうでしょう?」
私だけは、普通の冒険者とは違う価値観を持っていました。
別に、好き好んでこうなったわけではありません。たぶん。
幼少の頃から「よく考えて行動しろ」と口酸っぱく言われてきたからこうなったんです。故郷の村――村の皆が親戚のような小さな村では、子どもはみんなそう言われて育ちます。戦わずにゴブリンを生き埋めにするなんて発想としては初歩中の初歩です。何故、冒険者は真っ当に戦おうとするのか。理解に苦しみます。
結局、その場で総スカンを食らった私は、それ以後は自分の提案を口にすることはしませんでした。賛同を得られないことがわかり、よく考えた結果です。
よく考えろ。その言葉の真意は、一族に伝わる「特別な力」の存在にあります。
それは、一冊の魔導書。
名前を、『冒険の書』。
*
「――つまり、その『冒険の書』の力を使って、お前は『やり直し』をしているのか?」
俺の問いに、アルメリアは頷いた。訳が分からなくて問うたというよりは、それは確認に近かった。俺としては「そうだよな。『復活の呪文』があるなら『冒険の書』だってあるよな」といった感覚。むしろそっちの方が高性能くさい。うらやましい。
「ところで」
「何かな」
「私、まだ回想シーン終えたつもりないんで。茶々ならあとでいれてください」
おもしろくもない話っつったのにする気マンマンじゃないか。素直じゃないやつだな。
「いいですか?」
「……はい」
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┃ ぼうけんをする ┃
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┃1.おれ ┃
┃ニア2.アルメリア ┃
┃3. ┃
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私の一族に伝わる「冒険の書」。ルーツを遡れば、かつて世界を救った勇者のパーティに加わっていた一族の『祖』が、冒険の記録係を務めていたことに起因しているらしいです。高い魔力を持つ魔法使いがしたためた書物が魔導書化する、というのは魔法使い業界では知られた話ですが、この場合は、冒険の日々を綴った日記が魔導書になったというわけですね。
なぜ、私が「冒険の書」を所持するに至ったか。前に言ったとおりです。魔法が人より使えるからと、人になれと言われたから。私の村では、魔王の出現を感知した時に、村の若者から一人を選出して旅に出すのです。「冒険の書」に名を刻むに相応しい“勇者”を探すために。
そう、たとえば。
「さっきの、詳しく訊かせてくれ。ゴブリンを生き埋めにする話」
こんな感じに、話のわかる人とか。
その人との冒険は、お世辞にも楽しいものではなかったです。異世界から来たなんてウケない与太話をするし。冒険者志望と言っていたのに基本ぐうたらで、全然強くないし。ただ剣振ってればいいからなんて理由で剣士を職業に選んだっていうくらいいい加減だし。おかげで私が苦労することばっかりです。
ただ剣振ってればいいって考えを、隠れて素振りして愚直に実行するくらいなら、スキルのひとつでも覚えた方が楽だと思うんですけどね。
そんな余裕ぶっているように見えて、内心ではそれを不安に思っていて隠れて努力をしているとか、無理して無頼っぽく振る舞っているんですよね基本。そんないじらしいところもあるから何となく切り辛くてずるずるとパーティを――
*
「もうやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ただ話を聞いているだけで、俺は大ダメージを受けていた。
「どうしました?」
「どうもこうも……」
自分語りかと思ったら他人の話じゃないか。しかもどう考えても俺のことだろうが。
こいつ……なんでこんなに俺のことを知っている。そんなに俺、べらべら自分のこと喋ったか。自覚していなかっただけで、俺は自分語りが大好きな痛いヤツになっていたのか。
「酔った拍子で喋ったりしたのか……」
「いえ、そんなことはなかったですよ」
「そうなの?」
「何回もやり直しをしてたら、見てるだけでわかることもありますよ」
「そ、そうか……」
「風俗風俗やたら言うくせに童貞なこととか」
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┃かいしんのいちげき!┃
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一瞬、気が遠くなったが一命はとりとめた。
見ただけで童貞かどうかなんてわかるわけねーだろ! 失敬だな!
「ど、童貞ちゃうわ!」
「落ち着いてください。カマかけたのが可哀想になってきます」
「童貞って知らなかったのかよ!」
「今知りました」
「俺の馬鹿!!」
なんてやつだアルメリア。見てればわかるなんて絶対嘘だ。こいつ、何回も「やり直し」をする間にずっと俺からこうして情報を引き出していたに違いない。
大体にして、アルメリアが語った出会いのシーンだってそうだ。アルメリアが言うには総スカンを食らった彼女に手を貸してやろうかと声をかけた男がいることになっていたが、「俺」の記憶では、冒険者ワナビの仲間がいる間はアルメリアはずっと黙っていた。彼女の方からいいプランがあると俺に話をもちかけてきたのだ。
つまり、俺の記憶が「やり直し」後だとするなら。俺が声をかけてやったのではなく、彼女が声をかけてやった構図に修正されている。
こいつ……少しでも自分が主導権を握りやすいように微調整しやがったな!
「いったい、何度繰り返したんだ……?」
「それを今から話しますので。もう話の腰を折らないでください」
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┃ ぼうけんをする ┃
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┃1.おれ ┃
┃ニア2.アルメリア ┃
┃3. ┃
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「やらせねーよ!」
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┃ざんねん アルメリアのぼうけんは┃
┃ここで おわってしまった ┃
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「もう普通に話せよ! いちいち回想シーンに仕上げるな、尺稼ぎにも程があるぞ!」
「いいじゃないですか。私、今回のタイトルロールなんですよ」
「タイトルロールなら好き勝手やっていいわけじゃねーよ。むしろそれこそ今回で死ぬ奴の最後のワガママってやつじゃないのかよ」
「ああ、だから……」
「俺を見て納得したような表情してるけどな。俺、別に好き勝手やってるつもりないからね」
むしろ謙虚な方だよ。主にやったことが、騙されて壺を買ったぐらいだから。
それはさておき、アルメリアの話の続きをダイジェストにすると、やはり「俺」が何の前触れもなく死んだことが、彼女に「冒険の書」を使わせるきっかけだったらしい。
「びっくりしましたよ。モンスターと戦うでもなく、生活習慣病で……」
それについては本当に申し訳ないと思っている。酒の飲み過ぎだと説教を受ける覚悟はできている。
「どうせならもうお酒は飲まないって覚悟が欲しいところですが」
面目ない。
「……しかし、何度も繰り返すうちに、お酒は死因とは関係ないことがわかりました」
「マジで。じゃあ今夜も飲もう」
「言わなきゃ良かったかな……」
あからさまにへそを曲げたアルメリアをなだめて、続きを促した。なかなかの激闘だった、俺の人生におけるベストファイトのトップ3に入る。今夜の酒がうまそうだ。
「出会った時から酒断ちをさせても、あなたが死ぬことには変わりはありませんでした。そこに至って、私は今まで聞き流してきたあることに着目するようになったんです」
「あること、とは」
「異世界から来た、という与太話ですよ」
……なに?
アルメリアの一族は、さすが古代の勇者の時代から続く「冒険の書」を伝え続けてきただけあって、この世界の成り立ちにも詳しいらしい。
曰く、この世界で生きていくには、「神の祝福」が不可欠らしい。
モンスターがうろうろしているこのご時世、大気中にはモンスターの体内によって汚染されてから排出された、悪しき魔力が微量に、しかし確実に含まれている。その汚染された魔力から体を守るために、赤子のうちに「神の祝福」という行事を済ませ、魔力を中和する神の加護を受けるのだという。俺のもといた世界でいうところの七五三的な感覚で行われているらしい。
だから、ふらりとやってきて、そんな行事を済ませていない俺は、汚染された魔力がどんどん体に蓄積され、やがて致死量を超えてしまったため死に至ったのではないか。アルメリアはそう考えたそうだ。
「……いろいろ試して、祝福に代わる効果を得られるアイテムを探したりもしたけど……今回も、結局時間切れになっちゃいました」
さきほど“死んだ俺”を入れた棺桶に視線を遣るアルメリア。俺は「なあ」と訊かずにはいられなかった。
「諦めたら良かったろ。だって、何やったって死ぬんだろ。俺」
「そんなこといつも思ってますよ」
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┃つうこんのいちげき!┃
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「ただ……諦めるのが惜しいって、いつも思うんですよね」
「……」
「無責任な生き方に憧れてるのに、根が真面目だからどうしても投げ出せないところとか。違う世界から迷い込んで、不安でしょうがないはずなのに、それをジョークにしかしないところとか。何も特別な力はないけど、その分、大嫌いな努力をして埋めようとするところとか。もうダメだ今回で最後にしようって思う度に、良いところも悪いところも思い浮かんで。ああ、こういう人でも勇者になったんだ、なれるんだって記録に残せれば……きっと、楽しい旅になるだろうなって。そう思うと、どうしても捨てられないんですよね」
手をさまよわせた挙句、頭を掻いた。
「ずいぶんな入れ込み様で」
「何周もしちゃいましたからね。こうなりゃとことんやってみますよ。では――もう一度、やり直してみますね」
ぺこりと頭を下げるアルメリア。「冒険の書」の力を使う気なのだろう。ならば、俺が彼女にかける言葉は決まっていた。
「その必要はねーよ」
*
アルメリアと一旦別れて、俺は担いでいた棺桶に蹴りをくれてやった。
「おいクソジジイ。いい加減、死んだふりやめろ」
返事がない。ただの屍のままで行くようだ。
「神だっていうならひとつだけ教えろ。アルメリアが『やり直し』をする度に支払ってる代償は何だ」
返事がない。俺はそれを、「代償なしの線はない」と解釈した。いや、たとえ契約書のように代償がきっちり決められていなくても、失うものがあることがわかる。知っている。
それは、まともな人間性だ。「やり直し」なんて力を得ると、生死の問題に鈍くなる。女を一人口説くために何度も死んだ俺が言うんだから間違いない。この力、行き着くところまで行けば、今朝の髪型がキマらなかったという理由だけで死んでみせる域まで行く。軽い気持ちで手を出していいもんじゃないってことだ。
だから俺は言ったんだ。
その必要はない、あとは俺が引き受けると。
この俺が、「俺」の死を回避させてみせると。
目を背けて来た疑問点がふたつある。
ひとつは、モノリスを使い始めてすぐに思ったが、深く考えるのをやめたこと。
俺はデタラメに呪文を打ち込んで、モノリスの起動に成功した。何度もだ。
何故だ?
比較対象がないから何とも言えないが、文字列を組み合わせて偶然「正解」を引き当てる確率って、そんなに高くないことぐらい具体的な数字でいちいち計算しなくたってわかる。
いくらなんでも、都合が良すぎないか。何の理由もなくそこまで相性が良いのは。
もうひとつは、俺が死ぬ様を目にして、一気に噴出したもの。
癪なことに、神のジジイは俺に嘘を言ってはいなかった。俺が「復活の呪文」を使用するにあたって、「生き返る」とは言っていない。「再構成する」という言い方をしていた。
その点を今まで気にしたことはなかったが。しかし、この局面においてその真意を理解する足がかりとするに至った。
俺の考えはこうだ。
ジジイが解決したかった「問題」は、アルメリアが俺の死を回避しようとして先に進まない状態を解消することだった。そして俺の死が、世界の成り立ちに起因する避けられないものであると知っていた。
神のジジイはおそらく、俺を入れ替えようとしたんだ。
俺は順番を勘違いしていた。
俺はモノリスを使用して自由に世界に干渉できる力を授かったんじゃない。
自由に世界に干渉できるモノリスの力を使って生み出されたのが俺なんだ。
つまり、俺は。
モノリスを使用できる、この俺は――
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┃ ぼうけんをする ┃
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┃1.おれ ┃
┃2.アルメリア ┃
┃ニア3.おれじゃない┃
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アルメリアに「またやり直してみます」と頭を下げられた俺は、少なくとも、アルメリアにとっては、一緒に冒険したい「俺」じゃない。
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┃ つ づ く ┃
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アイデンティティの問題。