第7回「俺が俺でお前は何だ」
俺・・・・・・・主人公。剣士。「やり直し」のチート能力を手に入れたが……。
アルメリア・・・魔法使い。唯一のパーティメンバー。小うるさい。
モノリス・・・・メッセージウインドウ。呪文を入力すると「やり直し」できる。
マスター・・・・酒場の親父。
神様・・・・・・ジジイ。
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┃これまでのあらすじ┃
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「ファンタジー世界ぃ?」
素っ頓狂な声を上げる同僚に、俺は不敵な笑顔で応えた。
「そう、ファンタジーだ。今の世界よりは居心地がいいだろうさ」
いくら居酒屋でほろ酔い気分だからといって、酒の勢いや冗談で言っているわけではない。ファンタジー世界への鞍替えは前々から考えていたことだ。俺は息苦しい現代世界に嫌気がさしていた。
「簡単に言うけどな。実際は大変だって言うぜ? ファンタジー界隈は縄張り意識が強くて、新参者には厳しいっていうし。今の仕事を蹴ってまですることじゃないと思うがね」
そりゃ、仕事としては現代世界は花形だ。問題は客の質の方だ。知恵をつけたユーザーどもは、世界を回してやっている俺たちに敬意をまるで払わない要求や苦情を投げつけて来る。神が何柱いたって足りやしない。そんなブラック世界に付き合うのももう限界だった。
「村八分なら望むところだよ、人間関係に疲れたから行くんだからな。神なんて、俺だけでいいんだ。勇者がいて、魔王がいて、人々はフツーに神を崇めてくれる。そんな、シンプルでフワフワした世界を見守っていきたいのさ……」
渋い顔をしていた同僚も、次第に表情を柔らかくしていく。そしてコップ一杯ぶんの冷たい水を俺の顔面に引っかけた。
「何の話だよ」
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┃しょうきにもどった┃
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「いや……これまでのあらすじを」
俺にお冷を引っかけられたジジイは、おしぼりで顔を拭いながらそう答えた。
「何があらすじだ。こんな話、今までしたことなかったろ」
「だから、この世界ができるまでのあらすじを」
「遡りすぎだろ! そしてあんたの過去篇かよ!」
人をコントに付き合わせやがって。何が新しいキャラを出すのがしんどいから当時の同僚役をやってくれだよ。アニメや漫画じゃないんだから、一言喋るだけのモブキャラなんて大した手間じゃないだろうが。
「いや、これから世界のすべてを話そうっていうときにさ。その前に、ちゃんとした神様だっていうことを話しておかないといけないと思って。キミ、いまいち俺のこと信用してないよね」
「むしろこれで完全に失墜したわ。神様って皆こんなくたびれてんの? うだつの上がらないサラリーマンみたいな日々を送ってるの?」
「そうだよ」と軽率に肯定するジジイ。
「主にその世界に住む人間の、御意見や御要望および問い合わせに対応しているよ。現代世界モノが一番忙しくて神員もそこに集中してるんだが、いかんせん人類の進歩が頭打ちになって夢も希望もない連中の相手をするもんだから、病んでしまう神が多くてねえ。あ、もう疲れちゃったなって思ったら、ファンタジー世界に逃げ込んで第二のフワフワな神生を送るのが最近のトレンドなんだ」
ファンタジー世界って、サラリーマンが脱サラして農業を始める感覚で開拓されてたのかよ。しかも田舎でスローライフと洒落こみましょうかねなんてナメきったスタイルで。鉄腕ダッシュすら見てないレベルの。いや、それならまだいい。ヘタすりゃ異世界転生して第二のフワフワな人生を送ろうっていうすることがまったく定まっていないのと同レベルじゃないか。
俺が絶句している間も、神のジジイは自分語りを続けた。
「そんなこんなで、俺は『魔王の居酒屋』の世界を創世したんだけど……」
「何の話だよ!?」
ちょっと待てや。
全然知らない話が出てきたんですが。
魔王の居酒屋って……何だ!?
「ただ待つだけの日々に退屈した魔王が、趣味で始めた居酒屋で、せっかく来てくれた勇者と一杯やってから決戦をするっていう話」
馴れ合いも甚だしい世界観だな。
「最後は魔王が飲食代として勇者の命を頂いて、次の客を待つっていう一話完結の人情話モノ」
「どこが人情!?」
命ぼったくられるとかとんだヤクザ経営じゃねえか!
「訪れる勇者が、みんな不幸な事情を抱えていてね。身の上話を聞いているうちに、そんなんじゃ魔王を倒したってこれから生きていくのも辛いだろう、と思って楽にしてやるのさ。人情だよな」
「辛くても生きていく道を説けよ! 介錯してやるのは人情じゃねえ、任侠だよ!」
何がファンタジー世界でフワフワだよ。現代世界の無情さを思いっきり引きずってるじゃないか。あんた流行に乗っただけで本当はファンタジーにまるで興味ないんじゃないの。
「その世界は……まあ、うまくいかなかった」
「たりめーだ馬鹿野郎」
毒づいたが、それに反論はなかった。それどころか神妙な顔つきをしている。ちょっと予想外の反応に、俺も気遣いをせずにはいられなかった。
「……何かあったのか」
「俺は飲み食いするのは好きだったが、酒に詳しくもなければ料理もできなかったんだ」
ジジイの頭に壺のおかわりをくれてやった。一度割っても貼り合わせれば何度も使える、さすが本来価格35億と5千万のスグレモノ。
「うまくいかなくて当然だろ! 下準備何もしてねーだろうが!」
「一話完結ならいけると思ったんだよねー。でも調子に乗って続けるうちに、ボロが出てきちゃってさー」
おい……これ神様の話でいいんだよな。作家の話じゃないよな!?
「で、失敗した『魔王の居酒屋』の反省を糧に、今の世界を創世したんだ。変に奇をてらわずに、最初に目指していた、勇者と魔王がいる、シンプルな世界を」
「……」
「グラブってる片手間でやれるぐらいの……」
俺はジジイの頭をひっ掴んでメッセージウインドウに叩きつけた。
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┃つうこんのいちげき!┃
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「結局まともに作ってないんじゃねーか。何がグラブるだ」
「いや、グラブってるだけじゃないよ。グランドオ――」
もう一回叩きつけた。ウインドウってなかなかヒビが入らねーな。
まったく、貴重な時間を無駄にした。
何があらすじだ、世界創世記だ。この世界がいかにテキトーに作られたかなんて知りたくなかったわ。
ジジイから渡された呪文をウインドウに打ち込み、起動を確認。顔をめりこませているジジイの尻を蹴飛ばして先に送り込んだ。神を天界から降ろしたらどうなるかそういえば聞いてなかったが、こんなボケジジイがいなくなったところで何も変わりはしないだろう。せめて下界では役に立てよと、俺もウインドウに飛び込んだ。
ところで、謎ってなんだっけ。
*
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┃これまでのあらすじ┃
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せっかく異世界にやって来たというのに、何一ついい思いをすることなく心臓発作でポックリ逝ってしまった俺は、神を名乗るジジイによって「やり直し」の力を与えられた。しかしその力を行使するための「呪文」を見逃してしまい、それでも諦めがつかなかった俺はデタラメな呪文を入力。奇跡的に発動に成功する。そのランダムタイムマシンのような使い方に味をしめた俺は、何度目かの行使で、俺と出会う前のパーティメンバー・アルメリアが何故か俺を知っているようだと疑問を抱く。そのことを神のジジイに問い質すと、ジジイが渡したのは、「やり直し」のための呪文だった――。
*
お、なんだこれ。
すごく簡潔じゃん。やればできるじゃないか、俺。
あのボケジジイとは出来が違うんだよ。俺が神やった方がうまくいくんじゃないのこの世界。
どうだジジイ。聞いているのかジジイ。
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┃へんじがない ただのしかばねのようだ┃
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……。
その辺で調達した棺桶に、ジジイをぶちこんで引きずりながら歩く。街並みを見て、すぐに気づいた。ここは俺とアルメリアが拠点にしていた街だ。俺の足は自然と、ある場所へと向かっていく。
――異世界なんてあるわけねえだろ旦那。死んだように寝ろ。
毎晩通っていた、マスターの酒場。なにもかもみな懐かしい……今すぐに駆けつけ三杯をキメたいところだったが、マスターの目の前、カウンターに座っている客がそれを阻んだ。
――俺のアイデンティティを守ってくれてありがとうマスター。覚めない眠りにつけ。
俺じゃないか。
物陰から見ているだけでも、自分のことを見間違えるはずがない。何故だ。俺はここにいるのに。
答えて欲しいときに限って、ジジイは何も言ってくれない。これじゃ何のために連れてきたんだかわからない。半分は腹いせだからそっちの方は達成してるんだが。
というか、この会話。これは俺が心臓発作で死ぬ直前にマスターと交わしていた与太話だ。ジジイが俺に渡した呪文は、俺が最初に手に入れるはずだった呪文だったのか。やっぱり保管してたんじゃないか、あるならとっとと出せよ。
しかし……それをわざわざ俺に使うように促したということは、やはりこの時点に謎を解く鍵があり、ここでの「やり直し」が重要になるということに違いない。だがやり直すって、いったい何を。
――ひのきの棒とすりこぎ棒なんか持って何してるんですか。
聞こえてきた声にハッとする。アルメリアだ。俺は更に物陰の奥深くに隠れた。俺の感覚で最後に会ったのが、壺のことでめちゃくちゃ叱られた件だったから顔を合わせ辛いが故の行動。向こうは知らないだろうが……、……。
待てよ。
俺がモノリスと「やり直し」の力を得てから、他の人間と明らかに違っている点がある。それは「記憶」
だ。壺のとき、俺は「やり直し」をする前の失敗した記憶も、した後の失敗した記憶も、両方を所持していた。結局両方失敗している苦い記憶だが。
壺のとき出くわしたアルメリアは、俺と出会う前のはずなのに、俺のことを記憶していた。
それは、アルメリアも「やり直し」を行っているからだとしたら?
――とにかく! 明日、遅刻しないでくださいね。
――そんなに言うなら起こしてくれりゃあいいだろ。
俺があれこれ考えている間に、もう一人の俺とアルメリアの話は進んでいた。記憶通りなら、もうそろそろアルメリアは宿へ帰る。まだ飲み続ける俺を残して。これはチャンスだ。彼女が一人になったタイミングで、追いかけてきた体を装って声をかけよう。
「……はぁー。わかりましたよ、そうしてあげます」
……うん?
「ほら、宿まで行きますよ」
……あ、あれ?
記憶と違う。俺はアルメリアを見送って、飲み続けて、一人で宿に帰ってひっそりと死んだはず。なのに何でアルメリアに寄り添われることになってるんだ。いや、俺の目の前で起こっていることが、さっきの疑問への回答なのかもしれない。俺は何もしていないのに、自分の記憶と違うことが起こっている。つまり俺は、プレイヤーによる「やり直し」をまさに目撃しているのでは。
*
アルメリアに支えられて、夜の街をほろ酔い気分で歩く俺。
ジジイの棺桶を引きずって、その二人を出歯亀している俺。
……同じ俺だというのに、どこで差がついた。慢心、環境の差か。
「ほら、しっかり歩いてください」
「お前がしっかりしてるから、俺ァこんぐらいでいいんだよ」
「はいはい。わざとふらつかないでください」
しかしこうして傍から見ると、俺ってマジでダメな男だな。アルメリアに迷惑しかかけてない。こんなことになるまで考えてもみなかったことだが、どうしてアルメリアはこんなダメ男といつまでも組んでいるんだろう。ある日、書置きを残して消えられてもおかしくないと思う。
俺が冒険者の理想と現実のギャップの狭間で辞めようか続けようか決めあぐねている一方、やる気に満ちているように見えたアルメリア。まさかそれも、俺にやる気がなさすぎるから、ちょうどいいバランスをとるつもりでやっていた空元気だったのではないだろうか。
なんだか俺に殺意が湧いてきた。俺だけど。
「……なあ、アルメリア」
テメー俺を差し置いて何勝手に口きいてんだ俺の分際で。
「俺な……冒険者、やめようかと思ってる」
ふざけんなコノヤロー俺が俺の承諾なしに勝手に俺の意向を決めるなよ。
「お前も、なりたくてなったわけじゃないんだろ。だったら……」
もう許さん俺と言えどもいや俺だからこそ俺は俺の手で叩っ斬る!
「それもいいですね」
得物に手をかけ、走り出そうとしていた足が止まった。
アルメリアが、弱音に同調している。こんなことは、今までになかった。もう一度隠れて聞き耳を立てる。
「マジかよ。じゃあ……どこに行く?」
「ちょっと旅行がてら魔王城まで」
「全然辞める気ねーだろ! ここでボケるのかお前!?」
「あなたがそんなにしっかり将来のことを考えるから、私はいいかげんな方に回りました」
「別にしっかりしてねえよ! 典型的な後先考えずに仕事やめるバカの言動だよ!」
俺――今、アルメリアとがなり合っている方の俺が、くしゃりと髪を触った。何を考えているのかは、簡単にわかった。俺のことは俺が一番知っている、当然だよな。
「お前、いったいどうしたら俺に愛想尽かすんだ」
「そんなこと考えてたんですか」
はぁー、と嘆息するアルメリア。隠れて見ている俺も同じ気分だ。
前に、ジジイに詰め寄られたときに、俺はアルメリアについて「あいつとは何でもない」と答えた。それは本心であり、本心ではない。何でもない相手の将来を気にして、ずるずる続いている関係を相手の方から見切りをつけるように仕向けるなんて面倒なことを考えるくらいには、大事に思っている。
「簡単ですよそんなの。一言、『あんたとはもうやっとられんわ』と言ってくれれば」
「あんたとはもうやっとられんわ」
「そんな……ひどい……」
「オイィィィ! 無限ループにはまらせようとするな!」
そして、アルコールの回った頭でいくら考えてもやり込められないことも、シラフの今はよくわかる。
「出会ったときのゴブリン退治から、何も進歩しない人ですね」
「……どういう意味だよ」
「いい歳して、皆には黙って一人で危ない橋を渡るのがカッコイイって思ってるんでしょう」
胸が痛んだ。
「今のレベルじゃ、それをしようとしてすぐ死んじゃうことなんて日の目を見るより明らかですよ。だから私は、あなたが人間性を改めない限り、あるいは、そんな心配がなくなるまで、傍を離れられません」
「それって、具体的には……?」
「そうですね……」と、アルメリアは悪戯っぽい表情をする。
「魔王くらい倒してみたらマシになるんじゃないですか。あるいは、魔王を倒して平和になった世界なら、無茶して死んじゃうこともないんじゃないかと思いますよ」
何て女だ。結局は自分の意見を通す選択肢しか示さない。捕まったのが最後と諦めて、最後まで付き合うしかない。アルメリアというのは、そういう芯の強い奴なのだ。
きっと俺も俺に同感することだろう。
生きてさえいたなら。
俺は、地べたに倒れ込んで事切れていた。脈なんか確認しなくても、俺にはわかっていた。なぜ、なんて説明はできない。ただ、そろそろ、俺が宿屋で寝ながら心臓発作を起こしていた時間だったからだ。
アルメリアは、眠るように死んでいる俺を見下ろし、
「また、死んでしまうんですね」
そう呟いた。
白々しいようだが、俺はその言質がとれるのを待っていた。物陰から姿を現す、彼女にしてみれば死んだはずの「俺」。アルメリアは一瞬、驚いたように目を大きくしたが、すぐに納得したように落ち着きを取り戻した。この分なら、いろいろ説明や確認をすっ飛ばしても大丈夫だろう。
俺は問うた。
「アルメリア……」
やり直したいのは、俺の死か。
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┃ つ づ く ┃
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謎解きしてるようでまったくしていない回。